Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/c236a1c5aab836a72effa17e560a3fd605d96664
銀座一丁目裏路地には、知る人ぞ知るビルがある。その名は奥野ビル。竣工は1932年(昭和7年)。東京大空襲とバブル経済の地価狂乱や再開発ブームを逃れた建物だ。手動式エレベーターが今なお稼働するこのビルの403号室に「スーツを愛する紳士淑女」のためのサロンがある。この連載ではその、仕立て屋のオーナー・大西慎哉が“おしゃれとスタイルの愉しみ”を紹介していく。 今回のテーマは夏のジャケットスタイルについて。
ホワイトスーツの勧め
猛暑日が続いていますね。 今年の夏は、ロンドンでも過去最高の40℃を超える日があったようです。冷涼な気候で、真夏でも25℃程度が続いているからこそ、スーツの文化が育まれた街でもあります。 ロンドンは 北緯51度30分に位置しています。日本最北端の宗谷岬が北緯45度30分なのでそれよりも気温は低いエリアです。それゆえに、湿気がある猛暑の夏はありませんでした。暖流と偏西風のおかげで札幌よりも寒くはないという過ごしやすい環境なのです。 ですから、ロンドンでは殆どクーラーが普及していません。日本以上に暑かったと思います。 日本でも、クールビズが周知されて、「こんな暑い時期にスーツなど着ていられない」という方は多いと思います。 「おしゃれはガマン」と申しますが、紳士たるもの、真夏に涼しい顔をしてスーツを着ようではありませんか! そんな時に何を着ればよいかといえば、「男は黙って白スーツ」です。 紳士がまだ存在していた戦前はもちろん、昭和40年代までは、紳士は白スーツにパナマ帽やカンカン帽(ボーターハット)で街に繰り出していました。当時は、企業の倶楽部や、グランドキャバレーなどの社交場がありましたから、おしゃれは人付き合いにとって欠かせないことだったのです。 「白のスーツなんて派手」とお思いでしょうが、映画監督・小津安二郎(1903―1963年)の映画などにもよく登場します。小津監督は紳士な装いでも知られており、英国製のパイプやシャツ、靴を愛用していた人物。美意識は作品にも透徹しています。今度、服装に注目して、小津作品を鑑賞してみてください。 さまざまな作品に白スーツが出てきますが、普通に着ていて派手には見えませんから。
ではなぜ、私たち現代人は白スーツ=派手だと思ってしまうのでしょうか。それは、花婿衣装やステージ衣装などに用いられる光沢がある白を想像してしまうからです。 白シャツは着るのに、ジャケットやトラウザーズになると「派手だ、キザだ」と思ってしまうのは、ここに原因があると考えます。 ではどうすればいいのか。それは、生地にマットなウールや麻素材を選ぶといいのです。これにより、清潔感のある涼しげな装いになります。 理想を言えばネクタイもして、涼しげな顔をして出かけましょう! 街では、白に茶色や黒を合わせてシックに。(色のつなぎにブルーのシャツを着ると他の色が浮きません) リゾートでは、ピンクやイエローのパステルカラーで。アロハシャツのような開襟のプリントシャツを着ると開放感がありますね。
昼のジャケットに抵抗のある方は、夜のレストランにジャケットを持って出かけましょう。お店の扱いが格段に変わりますので、ぜひお試しください。 とはいえ、スーツは暑いですけどね(笑)。あくまで「涼しそうな印象」を他人に与えるかです。 夏はいかに涼しそうな振る舞いをするかが、紳士にとってとても大切です。 『華麗なるギャッツビー』(1974年&2013年・米)という映画を観たことがある人も多いでしょう。映画では、マンハッタンのホテルの部屋でシャンパンを飲みながら皆でシリアスな口論をするシーンがあります。 あそこで、男性たちは淡い色のスリーピースを着ています。作品の舞台である1920年代はクーラーがありませんから、氷をたくさん運ばせた部屋で、玉のような汗をかいています。 それでも見るものが涼しく感じるのは、きりっとした立ち居振る舞いしぐさで、服装はあくまで付随するものなのだとわかります。暑くても暑さを感じさせない行動をすることが紳士の第一歩なのかもしれませんね。
シャツジャケットはいかがですか?
私のサロン『Sloane Ranger Tokyo』では、通常のジャケットは暑苦しくてかなわないという方の為にシャツジャケットを開発しました。 これは、1860年のオックスフォード大学のニューカレッジのボートクラブのクルー写真をアイデアにして、ストライプのシャツの生地で、シャツの仕立てでつくりました。 ボートクルーも私と同じように同じストライプ生地のシャツを着てジャケットを着ているのです。 派手なストライプも、シャツ生地だと涼しげで爽やかだと思いませんか。 現代なら、ポロシャツやTシャツの上にこのシャツジャケットを羽織っても良いですね。 ヨーロッパの年配の紳士はTシャツを決して人前で着ません。襟の無いシャツは下着であり、他人に見せるものではないのですね。 日本のゴルフ場や高級レストランにおいて、襟付きの服でないと入場できない場所が多いのは、そのためなのです。 といっても、日本ではTシャツは外着として周知され、ハリがある素材でシルエットが美しいものも登場しています。そこにさらりとジャケットを羽織ると、さらに紳士らしいお洒落が完成しますよ。 あくまで服装はTPPO(Time Place Person Occasion)、いつ、何処で、誰と、目的(機会)で、着分けるのがマナーです。 私は休日にカバンを持たないので、ジャケットは携帯や財布を入れるバッグ代わりなのです。 Tシャツ+ジャケットのリラックスした装いには、スニーカーを合わせたいですね。
サファリシャツ&グルカショーツ
冒頭でロンドンの夏が冷涼から猛暑になっていることをお話しました。 紳士の服装はスーツが中心でしたが、18世紀に植民地帝国を広げるにあたり、英国人が熱帯地域に進出するようになりました。長袖・長トラウザーズでは、今でいう熱中症になってしまう。そこで生まれたのが、大英帝国の植民地スタイルです。 その代表がサファリシャツ。『Sloane Ranger Tokyo』では、半袖のサファリシャツを作りました。裾をブルゾン風にして、裾部分にはウエストバンドをあしらっています。シャツに見えず、これ一枚で着ても良いアウター風に作っています。 ただし、意図的に着丈を短く作っていますので、少し前に流行した股上の浅いデニムやトラウザーズではお腹が見えてしまいます。大人はへそが隠れる正しい股上のトラウザーズを選んでください。 ちなみに、襟付きであっても、英国紳士にとっては「シャツは下着」。それゆえに、紳士は人前でシャツ1枚になってはいけないという暗黙のマナーがあります。 よってこのサファリシャツはマナーを守る為、外套にあたるアウター風に仕立てているのです。 ボトムスには、グルカトラウザーズがおすすめです。現在でもイギリス陸軍にはネパールのグルカ兵によるグルカ旅団があります。彼らが履いているトラウザーズがこの名の由来です。この、グルカショーツにグルカサンダルを合わせるとイギリスらしい雰囲気が出ます。 バミューダショーツは、1930年代中頃に、アメリカのアイビーリーガーが履きだして男性のショーツとして一般的になりました。 私は数年前、都心のレストランのガーデンパーティーに参加しました。紳士が集まるパーティではありましたが、その時に私はロケーションを考え、ジャケットを着て、この写真のグルカショーツにグルカサンダルを素足履きしました。 肌を出すのは紳士のマナー違反ですが、ロケーションを意図して、礼儀正しく振舞うことを前提にコーディネートを組み立てたのです。一部には「肌を露出して……」と眉を顰める方もいらっしゃったようですが、大多数が「涼しげで良いですね」「ジャケットのコーディネートは自由だとわかりました」と感想をいただいたのです。 装いのマナーというものは、集まる方や時代によって変化するものです。これにより、装いも楽しくなるのではないでしょうか。 (写真について) リゾートウエアとして人気のバミューダショーツも、このグルカショーツが英国領バミューダ諸島でも履かれており、1915年頃に膝丈細身のシルエットとしてアレンジして広まり、バミューダ諸島では公式の場でも着用できるそうです。(靴下の長さなどにルールあり)。
●大西 慎哉 1965年生まれ 大学卒業後、レナウンに入社し、「アクアスキュータム」など英国ブランドを担当。2007年から「ハケットロンドン」日本支社立ち上げに参画。2020年に退社後、 テーラーサロン「Sloane Ranger Tokyo」を立ち上げる。 アパレル業界歴30年のファッション通で、「おしゃれ番長」の異名をとる。 Sloane Ranger Tokyo オーダースーツの他、20世紀初頭から現代までのヴィンテージスーツや英国の軍服、トップブランドのヴィンテージアイテムも扱う。紳士服の博物館的な要素も。展示品は購入もでき、ファッションアドバイスも行う。 住所:東京都中央区銀座1丁目9-8 奥野ビル 403 03-6263-2230 ※完全予約制
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