Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2e43b6b7742132419c8761a1acdaaab806907ee7
“天空の診療所”に勤務する医師たち
9月10日、2022年の富士山の夏山シーズンが終了した。今年の富士山は、行動制限の無い中、多くの登山客で賑わいを見せたが、それにともなって、登山中に体調を崩したり、ケガをするなどのトラブルも増加した。 そんな登山者たちの健康と安全を守っていたのが、夏の間だけ富士山に開設される“天空の診療所”に勤務する医師たちだ。
山岳医療のスペシャリスト 国際山岳医、大城和恵さん
<診療の様子> 「吸うよりは、吐く方に力を入れた方がいいんですけどね。あと、お父さん、きょうはおしっことか出てます?」 標高3250mの富士宮口八合目、苦しそうな表情で山頂を目指す男性に声をかけたのは、「富士山衛生センター」に勤務する国際山岳医、大城和恵さんだ。 三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂を果たした際には、チームドクターとして活躍するなど、山岳医療のスペシャリストとして知られている。自身も大の山好きで、マッキンリーやマッターホルンなど、世界の名だたる名峰に登頂経験がある。
通常の診療所とは異なる標高3250mの「富士山衛生センター」
<国際山岳医 大城和恵さん> 「ちょっとしたことなんですよね、ご本人が気付かなったりすることもあるので。あれだけ飲んでいただけたら、結構、効果あると思うんですよね」 診察の結果、体内の酸素がやや不足し、脱水の症状が見られた男性は、大城さんのアドバイスで呼吸を整えて水分を補給をすると、15分後には体調が回復、軽く屈伸した後、明るい表情でツアー客の列に戻っていった。 通常は「富士山衛生センター」の施設内で徹底した新型コロナ対策をしたうえで患者と接しているが、この男性のように、登山の様子を見ながら声をかけ、急遽、診察を行うこともあるという。
「富士山衛生センター」で すごくいい機会をいただいている
普段は都市部にある病院に勤めている大城さんだが、2015年から夏山シーズンに合わせて富士宮八合目に開設される「富士山衛生センター」に勤務している。2022年の開設期間は7月22日から9月4日までの45日間で、何人かの医師が交代で勤務する中、大城さんは最も長い3分の1の期間を担当した。 <国際山岳医 大城和恵さん> 「普段、都市部の病院にいると高山病の人とかも見る機会もないですので、そういう意味では非常に勉強になるのと、こういうところで、何もない医療の機会がほとんどない様なところで、どういう風に診断したり、治療ができるかというのは、やはり非常に自分の医療スキルを問われてくるので、勉強にもなりますし、スキルアップになるので、すごくいい機会をいただいている」
酸素は薄く気温も低い中で患者を24時間体制で診療する過酷さ
この日、大城さんは「富士山衛生センター」に駐在して11日目を迎えていた。標高3250mにある「富士山衛生センター」には、当然ながら風呂もシャワーもない。酸素は薄く気温も低い中で、いつやってくるか分からない患者を24時間体制で診療する過酷な仕事だ。しかし、大城さんに疲れの色は見えず、山岳医としてのスキルを磨くには、山の上が一番だと笑顔でパワフルに語った。その一方で、駐在中は大好きなお酒が飲めないのが辛いと、意外な一面ものぞかせる。 <国際山岳医 大城和恵さん> 「ここ禁酒なの。お酒を飲まないことになっているんです、ここでは。なので、私が唯一、一年間を通してお酒を断つことができる唯一の期間とも言えて。私、赤ワインが一番好き。ちなみにボルドーが、ちょっとどっしりしたのが好きで(笑)」 趣味で登山する際は、赤ワインを携えて登り、山の上で飲むこともあるという。山好きは酒好きが多いと言うし、よく考えてみれば、意外でもなく、実に「山屋」らしい嗜みである。 そんな生粋の山好きにして、コロナ禍前は年間の3分の1は、山の上にいたこともあるというほど、山岳医療に熱意を燃やす大城さんだが、山岳医を目指すことになったきっかけも、やはり登山中のできごとだったという。
山岳医療への情熱を湧き立たせたヒマラヤでの経験
<国際山岳医 大城和恵さん> 「ネパール、ヒマラヤにトレッキングに行っていた時に、重症の高山病の人に出会いまして、私の持っている知識で対応をしまして、事なきは得たんですけど、やはり高山病の人って普段病院でも見ることがなかったので、もっときちっと勉強をしたいなと思いまして」 人の役に立ちたいとの想いで医者になり、様々な医療分野で経験を積んでいた大城さんだったが、ヒマラヤでの経験が山岳医療への情熱を湧き立たせた。 長野県出身で、もともと山が好きだったということも影響していたという。そんな大城さんにとって、「富士山衛生センター」のような、山岳診療所は、山好きの仲間と出会える特別な場所でもある。
医師と患者というよりは、お互いに山が好きだっていう仲間みたいな感じ
<国際山岳医 大城和恵さん> 「登山仲間みたいな雰囲気で、医師と患者というよりは、お互いに山が好きだっていう仲間みたいな感じがして、結構楽しいですね、診療が」 取材中、2人の患者が大城さんの元を訪れたが、初めは体調が悪く、険しい表情だった患者もいつの間にか笑顔になり、最後には明るい表情で診療所を去っていった。医療的なアドバイスだけでなく、大城さんの溢れるエネルギーに触れ、元気をもらっていたようにも見えた。その様子は、通常病院で見るような、医師と患者の関係とは、少し違ったものに映る。 もちろん、常にこうした和やかな雰囲気というわけではないだろう。高所の診療所では、命に関わるような切迫した状態の患者に接することも多い。救助隊が担架や重機で下山させざるを得ないような患者も多いし、治療が急がれる場合は、ヘリで搬送するケースもある。
できるだけ状態を悪くしないようにすること、そして自分の足で下りれるように支援することが山岳医の役目
<国際山岳医 大城和恵さん> 「病院までできるだけこう、悪くしないように、あとは登山者が自分の足で下りれるようなことを、支援してあげるという風に考えている」 しかし、診療所にある限られた医療器具で行うのは、あくまで応急的な処置だ。下山後に搬送される病院まで、できるだけ状態を悪くしないようにすること、そして、自分の足で下りれるように支援することが、山岳医の役目だという。 そんな、山岳医療のスペシャリストとして患者の診療に当たる大城さんだが、山でのトラブルを未然に防ぐことにも力を注いでいる。 <国際山岳医 大城和恵さん> 「山の中で具合が悪くなってしまうと、その場でよくするのは難しかったり、病院までも遠かったりしますし、具合悪い人のところにいつも医者がいるわけではないので、やはり皆さんが予防して山に登っていただけるというが一番大事だと思っている」 大城さんは、全国各地で、山や登山に関する講演会などを積極的に行っていて、登山に関する正しい知識や、登山中の身体のトラブルへの対処方法などを発信している。今年の夏には、こうした情報発信の一環として、富士山の上から、SNSを使った新たな取り組みも始めた。
新たにツイッターで山のコンディションや患者の状況を発信
<国際山岳医 大城和恵さん> 「どんな患者さんがここに来ているかっていうのを、みなさんにお伝えすると、どういうことがリスクなのかって、もっと具体的に分かるので、対策練りやすくなるんじゃないかなと思って。山で起きていることを、身近に感じていただけたらと思って」 8月中旬、「富士山衛生センター」のツイッターアカウントを開設、登山のリスクを理解してもらい、安全に登ってもらうため、その日の山のコンディションや患者の状況、そして緊急時の対処方法などを発信し続けた結果、「富士山衛生センター」が閉所した9月4日には、フォロワーの数は2600人を超えていた。ツイッターには不慣れで、勉強中だということだったが、新たな挑戦も確実に身を結んでいる。
少しおせっかいな山の上のお母さん
<国際山岳医 大城和恵さん> 「どっちかというと、私ここにいて、あんまり病気を見てるというよりは、登山の指導みたいなことの方が多くて、なんかお母さん的な感じみたいな(笑)」 病気やケガを診るだけが、自分の役目ではないと考える大城さん。少しおせっかいな山の上のお母さんは、より多くの人に安全に山に登ってもらえるように、そして山に登る喜び知ってもらえるように、きょうも活動を続けている。 取材日:2022年8月25日
静岡放送(SBS)
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