人間A:「キミにないもののすべてをボクは持っているんだ」
人間B:「は!? 何言ってんの?」
人間A:「いや、でもね、ボクにないもののすべてをキミは持っている」
人間B:「あ、そ」
 好きな人に思いを打ち明けようとしても、これではうまくいかない。物事には順番があるからだ。
人間A:「ボクにないもののすべてを、キミは持っているんだ」
人間B:「え? そ、そうかな」
人間A:「ただね、キミにないもののすべてをボクは持っている」
人間B:「うん、そうかもね」
 一言目と二言目をひっくり返しただけで、だいぶ印象は変わる。人間関係とは、とても複雑なものである。
 もしこの会話が人間同士ではなく、モモ同士だったらもっと単純なはずだ。モモAにないものがモモBにあって、モモBにないものがモモAにある。どちらが先に会話のキッカケを作ろうと、モモ関係は良好。
あ、断っておくと“モモ”とは、ネパールでよく食べられている餃子ギョーザのことである。僕がカトマンズで出会ったモモたちは、蒸しているものが多く、アチャールと呼ばれるソースにつけて食べられていた。
 すべての材料をテーブルに広げ、スパイスにあたる部分を二つにわけてみる。Aの方に「にんにく・クミン・ターメリック」、Bの方は辛口にするために「しょうが・コリアンダー・レッドチリ」を使うことにした。
共通で使うものとして、き肉と玉ねぎを準備する。すべてをよく混ぜ合わせる。ねっとりとした形状になるまでしっかりこねれば包みやすくなる。餃子の皮のふちに水をぬって、真ん中にタネをのせ、端から包んでいく。包み方は自由にすればいい。ただ、モモAとモモBの形状を少しだけ変えておくと、食べるときにわかりやすい。
蒸し器を準備して、モモを並べ、蒸す。蒸し時間は、挽き肉に火が通ればいいのだから10分ほど。長すぎると皮がくたっとなって、破れてしまうこともある。クッキングシートをしいたほうがいいかもしれない。
蒸している10分間でソースを作ろう。材料を混ぜるだけだから、簡単。ミキサーがあれば、ガーッとまわしてしまえば30秒もかからないが、なければすり鉢を使ってもいいし、すべての材料を細かく切って、混ぜ合わせるだけでもいい。すべてのモモを蒸すためには、何回か蒸す必要が出てきそうだ。
シューシューと香り高い蒸気を上げる蒸し器を眺めながら考える。
完璧な人など世の中にはいないのだから、足りないものを補い合える人間関係というのは、ステキなはずである。そんな人にいつか巡り合ってみたいものだ。でも一方で、それだけじゃ物足りないとかつまらないとか、そんな気持ちもどこかに潜んでいる。
112」なんて当たり前じゃないか。「113」だったり「114」だったりを期待してしまう。それどころか、「11=★」になったりするミラクルが起きないだろうか、なんてことまで。
そう、僕は欲深い人間なのである。自覚があるから、モモを作るときにだってちゃんと“ミラクルの種”を忍ばせているのだ。
ホカホカに蒸しあがったモモはきれいな彩り。皮に包まれた中身が、うっすらと色づいて見える。ほんのりレモン色をしたものがモモA。香ばしく少しクセの強い味わいで、異国情緒を感じさせてくれる。ほんのりオレンジ色をしたものがモモB。こちらは爽やかな辛味が利いていて、後を引く味わい。どちらも肉汁のうま味が強く、食べ応えがある。
続いてソースにつけてそれぞれを食べる。爽やかで軽やかなソースが、パンチ力のあるモモの味わいを中和してくれる。ソースと合わせたほうが、明らかにバランスがいいのだ。
口の中でモグモグとしていると、やがて奇跡が起こる。どことなくカレーの味を感じ始めるからだ。そう、もう一度、テーブルにずらりと並べたときの材料を思い起こしてほしい。
実は、これ、すべてキーマカレーを作るときに使う材料を使っている。
モモAとモモBが補い合っているのではなく、元々ひとつの料理(カレー)だったものをABに分割して、それぞれ別の料理(モモ)に仕上げる設計にしたのだ。どちらにも使わなかった材料で、ソースを作ったことになる。結果、ABは相思相愛なだけでなく、より発展的な関係を築くことに成功した……と言えるのだろうか。
モモA:「ボクにないものをキミが持ち、キミにないものをボクが持っている」
モモB:「確かにその通りね」
モモA:「そればかりか、キミとボクを合わせると、全く別のものまで生まれてしまうんだ。ほら、モモなのにカレーを食べているような新感覚!」
モモB:「んー、でもそれは違うわ。だってソースがなかったら私たち、ただのモモよ」
人間関係も同じである。補い合い、かれ合うAとBが出会うためには、媒介となってくれるソースのような存在が必要になるのだろう。
◆モモ ~ネパール風蒸し餃子~
【材料】
 モモ共通用(各半量を使用)
  ・豚挽き肉        100g
  ・牛挽き肉        150g
  ・玉ねぎ(みじん切り)  1個(250g)
  ・塩           小さじ1/2
 モモA用
  ・にんにく(みじん切り) 1/2片
  ・クミンパウダー     小さじ1
  ・ターメリックパウダー  小さじ1/2
 モモB用
  ・しょうが(みじん切り) 1/2片
  ・コリアンダーパウダー  小さじ1
  ・レッドチリパウダー   小さじ1/2
 餃子の皮 36枚(共通)
 ソース用(共通)
  ・トマト         1個
  ・白すりゴマ       大さじ1
  ・レモン汁        1/2個分
  ・香菜          適量
  ・塩           小さじ1/2強
  ・ブラックペッパー 粗挽き  小さじ1/2
【作り方】
 モモ共通用の材料とA、Bの材料をそれぞれのボウルに入れてよくこねる。餃子の皮にのせて包んで蒸す。ソースの材料をすべて混ぜ合わせる。
水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家
 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。