Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f84bc930691110736f917d2963759ef425968a72
(姫田 小夏:ジャーナリスト) 5月26日、中国の習近平国家主席はネパールのビドヤ・デビ・バンダリ大統領と電話会談した。中国側が伝えたことは主に2つある。1つは、新型コロナウイルス感染症対策のためワクチン提供を含む緊急医療支援を提供したこと、もう1つは「一帯一路」構想の一環として進めるインフラ建設の“念押し”である。 【本記事の図】中国・西寧からネパールのカトマンズまでの経路 中国がネパールで進めるインフラ建設は、2020年以降、新型コロナの感染拡大で中断している。習主席がバンダリ大統領にわざわざ電話したのは、「ワクチンを提供したのだから、『一帯一路』のインフラ建設を忘れるな」というプレッシャーをかける目的があったとみられる。 ■ 鉄道で結ばれる北京とカトマンズ 「世界の屋根」と称されるヒマラヤ山脈は、無数の山脈が細かい皺(しわ)のように折り重なって連なっている。ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートが衝突して隆起したのがこのヒマラヤ山脈であり、中国とネパールの国境に沿って分厚い壁を形成している。中国は今この障壁を突き破り交通路を築こうとしている。 2006年7月、「青蔵(せいぞう)鉄道」(青海チベット鉄道)が開通した。中国青海省の省都・西寧と中国チベット自治区の首府ラサ間の全長約2000kmを結ぶ鉄道だ。運営するのは中国の青蔵鉄路公司である。
その後、青蔵鉄道はチベット自治区の第2の都市シガツェまで延伸。2014年にラサ~シガツェ間が開通した。 さらに中国は、ネパールとの国境の町キドン(吉隆)まで延伸する工事を進めている。青海省・西寧はすでに北京と高速鉄道で結ばれているので、「シガツェ~キドン」間の556キロが開通すれば、北京からキドンまで約4500キロを陸路で移動できるようになる。 次はネパール国内までの延伸だ。中国は、キドンと、ネパールの首都カトマンズを結ぶ鉄道建設を計画している。それが「一帯一路」の64のプロジェクトの1つである「中国~ネパール越境鉄道」だ。この計画は、2025年を達成年とする「国家中長期鉄道網計画」でも打ち出されており、中国がインド洋に出口を求めて南下する際の重要な布石となる。また中国にとって、ネパールにおける反中活動の抑え込みになるという狙いもある。 ■ 「一帯一路」に前向きなオリ政権 2017年5月、ネパールのオリ政権は政治的混乱のなか、野党の反対を押し切る形で「一帯一路」の協力に署名した。その前年の2016年に、オリ首相は訪中し「中国~ネパール越境鉄道」を含む「中国~ネパール越境運輸協議」への署名を行った。
キドンとカトマンズを結ぶ越境鉄道は、全長628キロになると言われている。中国のネット媒体「観察網」は、人民大学による総工費の推計を取り上げ、2000億元(約3.5兆円、約313億ドル)に達する見込みと伝えている。断層地帯を含む複雑な地形の山脈にトンネルを掘り橋を架けることになるため、高度な技術を要し、膨大なコストがかかるとみられる。 ちなみにネパールの名目GDPは3兆7568億ネパールルピー(約323億ドル、2019/2020年度、ネパール財務省)である。中国~ネパール越境鉄道の建設予算は一国のGDPにも等しい。報道によると、建設費はネパール側が3割、中国側が7割をもつ、という。 ■ 鉄道はネパールに何をもたらすのか これほどの巨額を投じるプロジェクトは、ネパールに何をもたらすのだろうか。 中国メディアの報道によると、中国~ネパール越境鉄道はもともとネパール側からの要請によって建設計画が進められたという(AFP通信)。ネパールとしては、インドの支配力を弱めたいという思惑があるようだ。 中国は「多くの観光客を送り込める」とネパール側に期待を持たせている。近年ネパールを訪れる中国人観光客は増加の一途をたどり、インド人観光客に次ぐ規模になった。 新型コロナウイルスが感染拡大するまで、ネパールは中国からのインバウンドに沸いていた。2018年にネパールを訪れた中国人観光客は15万3000人に上った。 中国はここ数年の間に、北京、上海、貴陽、長沙など複数の都市からカトマンズへ直行便を就航させている。ネパール側でも、中国の資金による新空港の建設が進んでいた。また陸路でネパールに入る観光客もおり、中国側の国境ゲートにはコンクリート製の立派な検問所が建てられている。ネパールの観光組織に勤務するアルジュンさん(仮名)によると、コロナ禍の前は、中国人観光客の多くはラスワガンディ(RaswaGandhi)とカーサ(Khasa)の2つの国境ゲートを通過してネパールに入国していたという。
近年、ネパールには大量の中国製品もなだれ込むようになった。ネパールは「食品、車、機械などさまざまな中国製品を輸入している」(同)という。 だが、ネパールから中国に輸出できる製品はほとんどない。中国税関の資料によれば、2019年の両国間の貿易総額は15億1606万ドル。中国からネパールへの輸出が14億8253万ドルなのに対し、ネパールから中国への輸入は3353万ドルにとどまっている。アルジュンさんは「ネパールの特産品ですら中国人が中国で作ってしまう。ネパールから輸出できる製品がどんどんなくなっているのが現状です」と頭を抱えている。 ■ プロジェクト再開を待ち望む中国 ネパール側が中国~ネパール越境鉄道を要望したのだとしても、鉄道開通の弊害はほかにもある。 鉄道が敷設されるエリアは希少動植物の宝庫だと言われており、自然環境が破壊される恐れがある。また現地メディア「ザ・ヒマラヤンタイムズ」は、「野生動物が漢方薬の材料として捕獲され、中国に密輸されるケースが増えている」と警鐘を鳴らす。 中国で新型コロナウイルスが蔓延し始めた2020年以降、「一帯一路」のインフラ計画は一時的に中断された。アルジュンさんは「中国の動きがストップし、その間ネパールはむしろ安全だった」と語る。 中国のネパールへの医療物資緊急支援からは、「一刻も早くインフラ建設プロジェクトを再開させたい」という思惑もにじむ。中国共産党は“親中派”のオリ首相が党首を務めるネパール共産党に強い影響力を持つ。ワクチン接種が普及し、通常の生活が戻れば、中国のプロジェクトは堰を切ったように再び動き出すだろう。
姫田 小夏
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