Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f4acc3569aaf9a8f80cd04a5b77e81d4458a8ed5
◇W杯アジア2次予選 日本5ー1キルギス(2021年6月15日 パナスタ) 日本代表はW杯アジア2次予選キルギス戦に5―1で大勝。アジア2次予選は8戦全勝で終えた。9月開幕予定のW杯アジア最終予選に向けて戦力の底上げを図った一戦で、大迫、南野ら主力不在の中で国際Aマッチ初先発のFWオナイウ阿道(25=横浜)が6分でハットトリックを達成。新エース候補に名乗りを上げた。F組のもう1試合はタジキスタンがミャンマーを4―0で下し、勝ち点13で2位とし、3位のキルギスは敗退が決まった。 オナイウが“半端ない”活躍を見せた。代表初先発で、初ゴールから6分でハットトリックを達成。「数字は出せたが、他の部分でもう少し攻撃の起点となる回数が増やせたら良かった」。満足しなかったが、異次元の記録を叩き出した。6分での3発は中山雅史(3分)に次ぎ原博実に並ぶ、歴代2位タイの早さ。代表初得点からのハットは史上4人目となった。 “ポスト大迫”に力強く名乗りを上げた。5月28日のW杯アジア2次予選ミャンマー戦で5得点した絶対的エースの大迫が負傷離脱し、追加招集。W杯最終予選に向けた新戦力発掘の一戦で、大爆発した。前半27分、自ら体を張って得たPKを左に決めると、同31分に川辺の右クロスを左膝で、同33分に小川の後方からのクロスを頭で押し込んだ。シュートは最多の8本。デビュー戦のセルビア戦(11日)で微妙なオフサイド判定による“幻のゴール”のうっぷんを晴らすようだった。 16年のリオデジャネイロ五輪ではメンバーから落選し、翌17年に浦和に移籍。そこからJ2山口、大分と1年ごとにレンタルでクラブを渡り歩いた。「それがなかったらここ(代表)にいないかもしれない」。さまざまな戦術の中でプレーしたことも功を奏し、FWとしての幅が広がった。 5クラブ目の横浜では、高い身体能力を生かし、難しいパスも枠内へ飛ばす勝負強さや献身的な守備にも磨きをかけた。日本人トップのJ110得点を挙げ19年11月以来、再び代表に戻ってきた。「ここに呼んでいただいたことに感謝しながら、ゴールを取れただけで終わらないで、次のステップにどんどん進んでいけるようにしたい」。彗星(すいせい)のごとく現れた新エース候補は貪欲に誓った。 ≪日本最速はゴン“3分3発”≫国際Aマッチ出場2試合目のFWオナイウが3得点。代表のハットトリックは通算23人目で37度目。初ゴールを含むハットはいずれもデビュー戦だった30年フィリピン戦の若林竹雄、10年イエメン戦の平山相太、19年香港戦の小川航基に次ぎ4人目。デビュー2戦以内で達成も4人目となる。1点目からわずか6分で達成は00年ブルネイ戦の中山雅史の3分に次ぎ、87年ネパール戦の原博実と並ぶ早さだった。 【データ】日本がW杯アジア2次予選を8戦全勝で終えた。最終予選の1つ前の予選を全勝で突破するのは、06年ドイツ大会1次予選(6戦全勝)以来2度目。予選免除の02年日韓大会を挟み、94年米国大会から7大会連続で最終予選に臨む。 ◇オナイウ 阿道(おないう・あど)1995年(平7)11月8日生まれ、埼玉県神川町出身の25歳。父はナイジェリア人、母は日本人。正智深谷高2年時に全国高校選手権大会に出場。14年にJ2千葉へ入団し、17年から浦和へ完全移籍。18年にJ2山口、19年に大分へ期限付き移籍。20年から横浜へ完全移籍し、今季10得点はリーグ3位。国際Aマッチ2試合3得点。1メートル80、75キロ。
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