Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2dcfaaa2b21f93b6ef68e2a6dd9a9fe587f40752
厚生労働省によると、日本国内で働く外国人労働者は2022年10月時点で182万人超と増加傾向が続いている。人材不足が深刻化する高度IT分野においても、国内だけでは希望する人材確保が難しくなり、国外に対象を広げる動きが出てきている。 日本でエンジニアとして活躍中の2人(提供:リクルートスタッフィング情報サービス) 参考:「外国人雇用状況」の届け出状況まとめ(令和4年10月末現在。提供:厚生労働省) 本連載はこれまで、100人を超えるグローバルな活躍をしているエンジニアにお話を伺ってきた。連載36回以降は主に日本で働くエンジニアたちに焦点を当て、ニュージーランド、ウクライナ、ポーランド、ウズベキスタン、ミャンマー、エルサルバドルなど、33カ国の方々に登場いただいた。 取材を通じて見て取れるのは、ネパール出身のビプルさん、ベトナム出身のダーさんのように、ODA(政府開発援助)などの日本の支援制度を使って日本に留学したり、来日のきっかけをつかんだりしたエンジニアが多いことだ。またインド出身のマユールさん、ミャンマー出身のスさんのように、日本で活躍するエンジニアの育成を目的に民間企業が実施しているカリキュラムを通じて来日したエンジニアも多い。 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回は番外編として、リクルートスタッフィング情報サービスに登場していただく。 同社は2019年からネパールの最高学府であるトリブバン大学(Tribhuvan University Institute of Engineering、以下IOE)でコンピュータサイエンスを学ぶ学生を対象に奨学金付きの日本語教育やビジネスマナー研修を実施し、卒業後は同社で採用する「日本就労プログラム」を現地で実施してきた。2023年2月から1期生の就業が始まった同社に、ネパールで人材育成事業を行う目的や今後の展望などを伺った。 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広と、@IT自分戦略研究所でエンジニアの自律的なキャリア構築支援に携わる@IT編集部の鈴木麻紀。
「派遣すること」ではなく「エンジニアを生み出す」ことが目的
阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) いつもは出身地を伺うのですが、今回は企業ということで、事業内容を教えていただけますか。 リクルートスタッフィング情報サービス 執行役員 岩佐知紀氏(以降、岩佐氏) リクルートスタッフィング情報サービスは、ITに特化している人材派遣会社です。一般的な「登録型派遣」とは異なる「常用型派遣」という形式のため、ほぼ全ての派遣社員が無期雇用契約の正社員です。 派遣社員のほとんどはIT未経験からスタートします。入社時にはPCの電源の入れ方すら分からない人もいますが、入社後に、社内研修や派遣先での業務を通じて、エンジニアになっていきます。それと併せて、リクルートスタッフィング情報サービスが作成したオンライン研修などを使い、IT系の資格取得も進めます。そして、資格を取得したり現場での経験を積んだりして成長した後は、より高いスキルが必要な別の派遣先に配置する、といった積極的なジョブローテションを繰り返しながら、キャリアップを図ります。 阿部川 なるほど、エンジニアを育成する事業なのですね。 岩佐氏 そうですね、われわれの仕事は何かと問われたら、「エンジニアを集めて派遣するビジネス」ではなく「エンジニアを生み出す仕事」と答えます。 阿部川 岩佐さんのバックグラウンドを教えていただけますか。 岩佐氏 前職はダイレクトマーケティングのコンサルティング会社で、国内の多様な産業の通販の立ち上げを支援したり、ベトナムやタイに海外進出する企業のお手伝いをしたりしていました。オフィスがベトナムのハノイにあって、ダナンやホーチミンなどにもよく行き来していました。2014年にリクルートスタッフィングに入社し、2022年からリクルートスタッフィング情報サービスに出向しています。
アジア地域での人材獲得競争は既に始まっている
阿部川 リクルートスタッフィング情報サービスが、ネパールでエンジニアの育成と採用を始めたのは、どういう理由からなのでしょうか。 岩佐氏 その理由を説明するには、ビジネス環境の変化について触れる必要があります。 われわれが未経験のエンジニア育成を始めたのは20年前ですが、当時は「未経験者からエンジニアへ」というスキームは珍しかったと思います。なぜならエンジニアの素養のある人たちがたくさん世の中にいましたから。しかし現状は多くのIT企業が乱立している状況で、SIer(システムインテグレーター)などの開発を請け負う企業であってもITの未経験者を採用して育てています。 IT業界にチャレンジする機会は誰にでも平等にありますが、高度IT人材として活躍できる人は希少です。また、そもそも日本では毎年、人口減少が進んでいます。 エンジニアが不足すると、日本のIT業界はどんどん遅れ、各国の競争から取り残されてしまう。このまま未経験の若手を育成するだけでは、エンジニア不足の解消は難しいと考えました。 阿部川 さまざまな国の中で、なぜネパールという国を選んだのでしょうか。 岩佐氏 ネパール人の国民性と、エンジニアが置かれている環境が影響しています。アジア地域での人材獲得競争は既に始まっていて、ベトナムやタイではエンジニアの登用が進んでおり、高度なスキルを持つ人の中には米国や中国で働いている人もいます。私もベトナムにいたころ、そうした変化を感じていました。 その点ネパールは、IT大国であるインドと隣接しているためか高度なITを学ぶ学生は多いのですが、農林業や漁業の仕事が多く、エンジニアとして活躍できる仕事が少ないという課題がありました。エンジニアとして教育を受けても、エンジニアとして働ける場所が非常に限られている状況だったのです。 加えて、ネパールで高度なITを学ぶ彼らの多くは「日本でエンジニアとしてキャリアを積み、将来、ネパールの経済を発展させたい」という気持ちを持っていました。そういったバックグラウンドが、ネパールに注目した理由です。 阿部川 どういった育成プログラムになっているのですか。 岩佐氏 主に日本で働くために必要な日本語やビジネスマナーなどを学ぶプログラムです。現地に講師を招き、大学の単位として本プログラムを組み込みます。卒業後は来日し、リクルートスタッフィング情報サービスに入社して働く、というスキームです。在学中に技術面についてのトレーニングは特にありません。IOEは、日本でいえば東京工業大学と同レベルの技術系最高学府で、もともと学生の技術スキルが高いためです。 阿部川 大学と提携して単位に組み込んで、講師まで派遣したんですね。 岩佐氏 はい。いわば「海外でコミュニティーを作る礎となる人材」の育成ですので、ネパール側もとても力を入れています。 阿部川 IT未経験の若者はプログラムの対象ではないのですか? 岩佐氏 そこは次のステップだと考えています。プログラムを終えた初期のメンバーが日本で活躍し、コミュニティーが構築され、「ネパール人と日本人が一緒に働く」というスキームができれば、そこから例えばオフショアという形でネパールに仕事を発注することは可能だと思います。いきなりネパールで日本の仕事するのは「言語の壁」一つ取っても難しいと思っています。 まずは初期メンバーが日本の企業できちんと仕事をして信頼を得ることが重要です。ベトナムの発展と同じようなスキームを進めている例はあるので、ネパールもそれに向かって、まず第一歩を踏み出したところです。
コロナ禍でもできることはある
阿部川 しかしそこに、予期せぬ事態――コロナ禍がやってきます。プログラムにはどのような影響がありましたか。 岩佐氏 影響はたくさんありました。2019年から3年生と4年生を対象に日本語などの教育を始めて、2020年には1期生がプログラムを全て終了したのですが、いざ来日というタイミングでコロナ禍になったので、ネパールでの渡航ビザの許可がすぐに下りなかったのです。 それで、来日を諦めた学生もいました。理由はそれぞれ違うと思います。仕事を始められないので金銭的に待てない人もいたでしょうし、その状況下で国外に出ることを家族が許さない人もいたでしょう。リクルートスタッフィング情報サービスがかけた教育費用は無駄になってしまいますが、彼らが国内にとどまると決めたのであれば、それを優先せざるを得ないと思いました。 ただ、その中でも踏ん張ったメンバーはいました。2022年の12月から2人が来日しています。不動産を借りる手続きなどもリクルートスタッフィング情報サービスで手配しました。 阿部川 コロナ禍に巻き込まれなかったら何人ぐらい来日する予定だったのですか。 岩佐氏 20人程度受け入れる予定でした。 阿部川 では2024年以降は、それくらいの人数のエンジニアが順次来日する予定なのですか。 岩佐氏 いいえ。すぐ受け入れを再開するのではなく、今来日している2人に注力したいと考えています。日本で働いてもらった結果を見て、どういう派遣先にフィットするのか、どこに問題があるのかなどを見極めます。日本企業にとって外国人の受け入れの難易度は高く、さまざまな業界の中でもIT業界は自由なようで規律が厳しい部分があり、解決すべき課題も多いと実感しています。 阿部川 コロナ禍があって物理的にいろいろできなかった。だからこそ将来のためのレビュー期間ということで、2人の先陣隊にいろいろ挑戦していただいて、どういうふうにやっていくといいか探っていく、そして次の方々に対応するということですね。
優秀な人材に「日本語マスト」を求めるのはどうなの?
@IT編集部 鈴木(以下、鈴木) 給与について教えてください。ネパールの年収は日本と比べてどのくらいなのでしょうか。 岩佐氏 この育成プログラムを始めた当時は日本の10分の1くらいでしょうか。今なら7分の1くらいになっていると思います。 鈴木 そうすると、もしかしてネパールからやってきたエンジニアの皆さんには日本の7分の1しか給料を払ってないんですか。 岩佐氏 いやいや、そんなことはありません(苦笑)。日本の法律で最低賃金が決まっていますので、ネパールの年収が日本の7分の1だからといって給料も7分の1ということはありません。リクルートスタッフィング情報サービスは、ネパール出身のエンジニアにも日本人のエンジニアと同じ給料を支払っています。 鈴木 すると彼らは、親戚中で「あの子は海外に行って7倍も稼いでいる」と注目されることになるんですね。先ほどのお話から、経済の発展はこれからという国、かつエンジニアが強いところとしてネパールに目を付けたのがすごいなと思っています。ベトナムやミャンマーに注目する企業はありますが、そこでネパール。しかもトリブバン大学という、ベトナムでいえばハノイ工科大学(ベトナムでも有数の工科大学)クラスですよね。そういう技術的に高度な学生を採用できるのはすごいことだと思います。ただ気になるのは、それほど優秀な学生を採用するに当たって「日本語が使えること」を必須(以降、日本語マスト)にしていることです。 人手が足りなくて海外の人に助けてもらうのだから、受け入れる側も日本語マストにしなくてもいいんじゃないでしょうか。ネパールもあっという間にいろいろな国に目を付けられると思うので、米国や中国が手を出したら、英語を話せる学生たちは全部そっちに取られてしまうのではないかと。今、日本は欧米に比べて決して強いわけではありません。そんな状況で日本語にこだわっていたら、そのうち人材争奪合戦も負けてしまうのではないかと思うんです。 岩佐氏 おっしゃる通りだと思います。例えばインドのエンジニアは英語が堪能で、TOEICなら900点を超えるレベルです。日本人がそうしているからという理由だけでネパール人に日本語を強要する必要はないと個人的には思っています。ただ、日本の企業での日常コミュニケーションは日本語が第一言語です。エンジニアの仕事は1人で完結するものではなく、日常のやりとりや業務上のコミュニケーションを取るためには、どうしても日本語が必要です。 日本語マストはおかしいと分かってはいるし、指摘されたら「そりゃ、そうですね」と皆さんおっしゃいます。しかし、私の感覚では9割以上の企業で「日本語が話せないと受け入れられない」という状況です。 鈴木 将来的にさまざまな国の方々が日本にたくさん来てくれるようになったら、「日本語マスト」と「日本語問わず」で成約率に違いが出て、企業側の意識も変わるといった可能性はあるのでしょうか。 岩佐氏 何ともいえませんが、少なくとも現状ではなかなか難しいと思います。日本語不要にすると企業のやり方を変えなくてはいけないので。ただ、先ほどの話とも関連するのですが、ネパール人の学生全てに日本語を教える必要はないと思っています。 日本に興味があって住んでみたい、日本の文化の中で働いてみたいという人であれば、日本語を勉強して日本でしっかり仕事をできるようになれればいいと思います。そして、その人たちからオフショアという形でネパールに仕事を振れるようになれば、ネパールの人材は日本語ができなくても問題ありませんよね。 ネパールの人たちは、もっと日本で仕事を獲得するチャンスを得ていきたいと考えています。だから、一定の人数は日本でコミュニティーを作り、日本のいろいろな企業で活躍して“ネパールの信頼残高”を高めることで価値を作るのだろうと思っています。そのためにもわれわれは、今、日本にいるネパールのエンジニアたちに一生懸命、仕事を届けます。 鈴木 最初の2人が先鋭隊として日本で土壌を作るんですね。将来的にオフショアという形でビジネスをネパールに返す予定とのことですが、先陣のエンジニアたちも将来的にネパールに戻ることはあるのでしょうか。 岩佐氏 はい、本人たちが希望すればネパールに戻れます。ただ現状は日本にいる方が圧倒的に“稼げる”のです。本人たちに「お給料は何に使っているの?」と聞くと、「半分以上を実家に送っている」と答えます。ネパールではそのお金で一家、親戚含めて食べていけるので、「この使命はもう果たさなくてもやり尽くした」と思えるようになってから帰国を考えるのではないかと思います。 鈴木 当初は10分の1だった経済格差が、現在は7分の1になっているという話でした。もしかしたら数年後には3分の1ぐらいに狭まって、そのうち同等ぐらいになるかもしれませんね。そうしたら、ネパールの方が日本で働くメリットはそんなになくなってしまうのではないでしょうか。 岩佐氏 その通りだと思います。ベトナムはまさにそのような状況です。 鈴木 ベトナムでは現在、英語を話す都会出身の人はみんな米国や欧米に行ってしまって、日本に来てくれるのは田舎出身の英語を話せない人だけだという話を聞いたことがあります。ここ数年で、その国間の力関係や状況が変わるかもしれませんね。
人材ビジネスのあるべき姿とは
鈴木 ビジネスについて教えてください。特定派遣制度が廃止されて以来、多くのSIerや開発会社がSES(システムエンジニアリングサービス)を始めました。SESも派遣も、心の持ちようで悪にも正義にもなれるビジネスだと私は思います。リクルートスタッフィング情報サービスは、エンジニアを生み出す仕事をされているとの話でしたが、世の中には「頭数を送り込めばいいや」みたいなSESがまあまあいると聞いています。人材ビジネスは、今度どうあるべきだと思いますか。 岩佐氏 われわれは“0”の状態(未経験)のエンジニアの卵を見いだし、教育や実務経験で成長させて“10”や“20”にします。その後は、本人の意志を大切にしたいと思っています。実務経験を積んだ派遣先企業との相性が良いのであればそこの正社員になってもいいし、エンジニア以外の仕事にチャレンジするのもいいでしょう。事業運営に興味があるのであれば、リクルートスタッフィング情報サービスのメンバーとしてマネジメントに携わる道もあります。リクルートスタッフィング情報サービスは、本人たちがなりたい姿に対してアドバイスできるパートナーでありたいと考えています。 派遣業や多重請負などのIT業界の習慣は、これからもあるのだろうと思っています。その業界構造の中で、われわれは「われわれのあるべき姿」に向かって進みます。今後は、そこに共感してくれる人たちをどれだけ作れるのかがポイントになるでしょう。本当に世の中から支持される働き方や仕事のシステムを提供できる会社が世の中から支持を受けていく、それが業界全体を良くすることだと考えています。
Go’s thinking aloud インタビューを終えて
何かの申請書類に記載するときなどわざわざ断る必要がなくても「派遣社員」「契約社員」と区別して書くことがある。だが、むしろ「登録型」か「常用型」かの違いの方が大切だと思う。その真意が派遣することではなく、エンジニアを育て、生み出し、スキルを伸ばすことにあるからだ。しかし、そこまで誠実に取り組んでいる企業は、私の知る限り少ない。 今回のリクルートスタッフィング情報サービスの取り組みを聞いて、これこそが真の意味のジョブ型雇用対応だと感じたし、新しいスキルセットの習得に効果的な仕組みだとも思う。エンジニアやプログラマーなどの人材不足に対応するだけではなく、各国の産業基盤を作る手伝いにもなり、日本そのものの海外への情報発信にもつながるだろう。 ビジネスマナーや日本文化、日本語などのトレーニングは、広く捉えれば教育事業だ。卒業生の活躍で大学が評価されるには30年はかかると聞いたことがあるが、ここから巣立った人材は確実に数年で評価がはっきりし、世界で活躍する機会が増える。言葉の壁で拘泥(こうでい)している場合ではない。 阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa) アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 訪問教授 インタビュアー、作家、翻訳家 コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行う他、作家、翻訳家としても活躍中。 編集部から 「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍するエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCEOやCTOなど、ぜひご一報ください。取材の確約はいたしかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。 ご連絡はこちらまで @IT自分戦略研究所 Facebook/@IT自分戦略研究所 X(旧Twitter)/電子メール
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