Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/4854ffa64ea4d14f116a7413f035a59a2b41491c
隆起と沈下のつながりをひもとき、地震リスクの理解も深める研究
地球の時計を早送りできたら、地表が盛んにうごめく様子が見えるだろう。大陸が地球上を駆けめぐり、海が広がったり狭まったりし、新しい山々が空に向かって盛り上がっていくのがわかるはずだ。 ギャラリー:ネパール大地震、現場の写真20点 山は隆起するだけではない。プレートどうしの衝突による圧力が限界に達して地震が発生するたびに、沈下もする。米カリフォルニア工科大学の地球物理学者ルカ・ダル・ジリオ氏は、この周期的な現象を、不規則な呼吸で上下する巨大怪獣の胸に例える。 この周期的な現象を作り出す力は非常に複雑で、それが最もよく表れている場所が、2400kmにわたって険しい山々が連なるヒマラヤ山脈だ。ダル・ジリオ氏らは、3月2日付けで学術誌「Nature Reviews」に発表した総説論文で、ヒマラヤの地質に関する200以上の過去の研究成果をまとめ、百万年から秒単位まで時間的スケールが異なるその複雑なメカニズムの一端と、残された多くの研究課題を明らかにした。 今回の論文では、それぞれの現象が将来の地震の発生に及ぼす影響を検証している。ヒマラヤ山脈の「呼吸」のメカニズムを解明することは、周辺に住む数億人の命にかかわる地震のリスクを理解する上でも非常に重要だ。また、同様の地質学的「呼吸」は世界中で記録されている。そのため今回の研究は、地球上にある多くの山脈の形成プロセスを理解し、そうした山脈が引き起こすおそれのあるリスクを把握するカギとなる。 論文の共著者で、シンガポールの南洋理工大学の構造地質学者ジュディス・ハバード氏は、ヒマラヤ山脈の巨大さと地質学的な複雑さは、自然の実験室として最適だと話す。「地球が私たちのために実験をしてくれているようなものです」
巨大山脈の呼吸
地球の表面を覆うプレートは常に動いており、プレートどうしが互いに遠ざかったり衝突したりすることで、地形が変わる。ヒマラヤ山脈は、そうした地殻変動がつくり出した劇的な一例だ。その第一幕は、今から約5000万年前にインドプレートがユーラシアプレートに衝突したときに始まった。 どちらのプレートも厚くて浮力の大きい大陸プレートであったため、両者が圧縮されてインドプレートがユーラシアプレートの下に潜り込むと、地形にしわが寄って地殻が厚くなり、雄大な峰々が立ち上がった。 現在もインドは毎年約5cmずつ北上している。しかし、ユーラシア大陸の下をスムーズに進むことはできないため、インドが北上するにつれて、ユーラシアプレート側はこぶ状に膨らんでいく。このとき山々は、長く息を吸い込む胸のように、徐々に高くなっていく。やがて圧力が限界に達すると、陸塊は震えて短く息を吐く、あるいは「咳」をする。これが地震だ。 2015年にヒマラヤでマグニチュード7.8の大地震が発生し、一部の場所が60cmも沈下したのは、この周期が目に見える形で示されたものと言える。 一つの山脈の中でも、息の吐き出し方やその強さは場所によって異なる。激しく咳き込む場所もあれば、しゃっくりを連発する場所もあるとハバード氏は言う。 それに「同じ場所であっても、時によって異なる動き方をすることがあります」と、米モンタナ大学の地球物理学者レベッカ・ベンディック氏は言う。「そうなる理由はわかっていません」。なお、氏は今回の論文には関与していない。 こうした複雑さを理解するためには、プレート運動という非常にゆっくりした動きから、地震による瞬間的な変化まで、時間のスケールが大きく異なる現象を結びつけて考えなければならない。もちろん、それは簡単なことではない。それぞれの現象を理解するためには異なる測定方法が必要であり、異なる専門分野の地質学者が必要になるからだ(ハバード氏によると、専門分野が違うと、同じ用語を別の意味で使うことがあるため、地質学者どうしの協力にも難しさがあるという)。
時を越える方法
百万年から秒という、時間スケールのギャップを埋める主な方法のひとつは、2つのプレートに挟まれて壊れた部分「破砕帯」の形を見ることだ。約2400kmにおよぶヒマラヤの断層には、いくつかのねじれや曲がりがある。これらは、山々を隆起させ始めた衝突の名残であり、長い歳月の間にゆっくりと変化しつつ、現在の地震発生に影響を及ぼしている。 今回の総説には、2015年の地震でずれた断層の周りに屈曲部があるという発見を報告したハバード氏らの論文が引用されている。この構造が断裂の範囲を制限したことで、地震の規模が抑えられた可能性があるという。 ヒマラヤ山脈には、この他にも長い年月をかけて形成された構造があって、表面付近の地震波が伝わる範囲を制限しているのかもしれないとダル・ジリオ氏は言う。今回の総説論文は、幅広い情報を集めることが、山脈の成長と地震のリスクに関する理解を深め、コンピューターモデルの構築に役立つことを示している。 「どのような種類の地震が起こり、どのような被害をもたらす可能性があるかを予測できるようになることが最終目標です」とハバード氏は話す。そのためには多くの調査が必要だが、「大地は(実際の動物のように)息を吐いたり咳をしたりするわけではないので、非常に難しい調査になります」 時間スケールのギャップを埋めるために、過去の地震の痕跡を調べている研究者もいる。また、断層の曲がりくねりや地表付近の堆積物の厚さなどを、より詳しく解明しようとする研究者もいる。これらの構造は、将来の地震の場所や強さに影響を及ぼしうる。だが、インド工科大学カンプール校の大学院生シャシャンク・ナラヤン氏は、この調査の難しさをよく知っている。 ナラヤン氏は、ヒマラヤの断層の構造を明らかにするため、ソナー探査に似た方法で、中央ヒマラヤの長さ1.5kmほどの断面を調べたことがある。地下深いところの様子を調べるのには、地震波が利用されることが多い。地震波が伝わる速度や散乱から、地下の岩石の種類や構造を知ることができるからだ。ナラヤン氏のチームは、重いおもりで地面をたたいて振動を作り出し、ジオフォンと呼ばれる地震計を使って離れた場所でこの振動を「聞く」ことにより、地下の構造を調べた。 だがヒマラヤ山脈の多くの場所は、このような調査に向いていないとナラヤン氏は言う。例えば、氏らが調査を行った地点のすぐ西の山々は、起伏が激しすぎて「1つもセンサーを置けません」と氏は話す。
ヒマラヤ山脈はどう変わるのか
山脈が「呼吸」を繰り返すうちに、山脈自体も変化し、さらに状況は複雑になる。山が隆起する際に蓄積した圧力は岩石を永久的に変形させ、その変形は次の地震の後まで残る。山脈が「咳」をするたびにすべての圧力が解放されていたら、今も残っている山などないとハバード氏は言う。 また、インドプレートがユーラシアプレートの下に潜り込んで北上を続けるうちに、ヒマラヤ以外の地形も変化していく。例えば、活断層は、地表に出られる経路を見つけてはとびとびに移動し、徐々に南下していく。 さらには、「ある時点でいまのネパールは消滅するでしょう」とベンディック氏は言う。インドプレートが何万年もかけて進んでいくうちに、南側の国境線がどんどん北上し、ネパールをゆっくりと押し潰していくからだ。「非常に長い時間スケールでは、絶対に変わらないものなどありません」 まだはっきりしない点が残っているとはいえ、膨大な種類のデータをまとめ、さまざまな測定値を造山プロセスに結びつけた今回の総説論文に感銘を受けたとベンディック氏は話す。 「どれか1つの要素ではなく、あらゆる要素が連携してこの世界を形成し、人間社会が直面するリスクを作り出していることの重要性を実感させてくれる研究だと思います」
文=MAYA WEI-HAAS/訳=三枝小夜子
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