Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/3f50028cd3e8a2724e77c7554bc1eff0721125c2
「奇跡の植物」との異名を持つ「モリンガ」をご存じだろうか。南アジアや東南アジアに生息しており、90種類以上の栄養素と9種類の必須アミノ酸などを含む栄養価の高い植物だ。日本や欧米では最近、スーパーフードとして注目され始めたが、生息地域での消費量は低い。モリンガの可能性に着目したのは2021年3月、東京理科大学工学部を卒業した「リケジョ」、本間有貴さん(22)だ。モリンガの地産地消を通して途上国の栄養問題を解決したいと、社会起業家としての道を選んだ。 「抹茶みたいな風味でおいしいんです」。本間さんが手のひらにのせて見せてくれた鮮やかな緑色の粉末は、モリンガの葉から作ったもの。油に馴染みやすく、「グリーンカレーにも良く合う」と笑う。 本間さんがモリンガのことを初めて知ったのは東京理科大2年生のとき。アルバイト先のパン屋の店頭でモリンガを使ったハーブティーを見かけた。「これは何ですか?」とバイト先の社員に質問すると、こんな答えが返ってきた。 「奇跡の木だよ」 気になって調べてみると、モリンガの原産国はインドやネパール、熱帯・亜熱帯地域で、植えてから1か月半程度と短いサイクルで収穫でき、手のかからない植物だと分かった。高栄養価の食物にもかかわらず、途上国で栽培されるモリンガは輸出向けに粉末やカプセル状に加工され、現地の食事に使われることは少ない。当時参加を予定していた学生向けビジネスコンテストに向けてアイデアを模索していた本間さんは直感的に「これなら途上国の栄養問題を解決できるかもしれない」とひらめいた。
■高校の同級生の死
そもそも工学部の学生が、なぜ途上国の栄養問題に興味を持ったのか。きっかけは、本間さんが高校2年生のときに経験した同級生の死にある。原因は大腸がん。とても仲が良かったわけではないが、「こんな年齢で人が亡くなるんだ、とすごくショックだった」と振り返る。 突き動かされるように決めた自分のライフミッションは「人の命を助けること」。その強い思いは、進路決定にも影響した。しかし、感受性が強いタイプゆえに、傷病に苦しむ様子などに過敏に反応してしまいそうで、医師には向きそうにない。東京理科大学工学部に進み、医療技術について勉強した。ただ、大学で学ぶうちに医療技術の革新には膨大な時間がかかると感じた。 もっとすぐに行動できることはないか。そう考えていたとき、たまたま理科大の先輩に誘われたのが、世界最大級の学生起業アイデアコンテストだ。「ハルトプライズ」がそれで、このコンテストでは国連が示すSDGs(Sustainable Development Goals)に関連したテーマが毎年設けられている。 初めて耳にする「ソーシャルビジネス」という概念、そして同時期にたまたま出合ったモリンガ。生息分布をみると栄養失調問題を抱える国・地域と重なる。モリンガの認知度が高まり、販売に回せない余分な葉などを現地の人たちが食べる習慣がつけば、途上国の栄養状態を改善できるかもしれない――。 東京理科大の友人らと団体「モアイング」を立ち上げ、2019年の4月にベトナムで開催されたハルトプライズの世界地域予選への出場を果たす。予選とはいえ、約20万組の応募の中から、約1%しか通過できない激戦だ。世界大会への出場は逃したが、ベトナムでの世界地域予選ではトップ9に入る結果を残した。
■カースト制度の壁でリスタート
ハルトプライズの世界地域予選前には、クラウドファンディングで集めた資金でネパールにも足を運んだ。わずか3泊5日の短い現地調査だったが、ネパールでは生まれて初めて、途上国の栄養状況を自分の目で見て、栄養失調の根本的な課題は、現地の人たちが栄養について知らないことだと気付いた。 「ネパールで栄養について質問しても、栄養という概念そのものになじみがない人がたくさんいた。モリンガの葉について聞いても、そんなものは食べない、と言われた」 本間さんが掲げる理想のビジネスモデルはこうだ。まず、モアイングが日本市場でモリンガを使った食品を販売し、十分な量のモリンガを買い取れる体制を構築することで、現地の人に「モリンガを育てればもうかる」と知ってもらう。育てやすい農作物であるモリンガは、途上国の農家がすでに持つ土地や農業スキルを生かせる。モリンガ農家が増えれば、余った葉や少し悪くなった部分を農家が消費する習慣が広がる。現地の食生活の中にモリンガが入り、栄養状況が改善していくはず。目指すのは、現地の生産者と買い手の両方がウィンウィンの関係でいられる、持続可能なビジネスだ。 近隣の大国、インドでもモリンガは栽培されており、多少の流通もあるが、なぜネパールだったのか。「(インドは)特に農村部ではカースト文化がまだ残っているのでは」との懸念がその理由だ。それにネパールでは「日本に対して友好的な印象を持つ人が多かった」という。 しかし、いざ生産体制を構築しようと準備を始めると、多くの障壁があった。英語が通じず、常時通訳に頼らざるを得なかったほか、現地でビジネスを始めるには一定数以上のネパール人従業員が必要であることなどもわかった。 そして言語や法制度よりも「ずっと高い壁だった」のは、インドで懸念していたカースト文化がネパールにも根強く残っていたことだ。カースト下位の人が作った食べ物をカースト上位の人が食べられなかったり、神聖な場所とされているキッチンに外国人が入れなかったり、様々な制約があった。「自分たちのビジョンをかなえるためにはもっと深い交流が必要。でも、費用も時間もかかる」と本間さん。ネパールでの生産を一旦、断念せざるをえなかった。
■プレーヤーの生活改善もセットで
そこで日本人経営者の多いカンボジアに目を移し、モリンガの生産・流通体制の構築を始めた。現地で食用コオロギ事業を営むECOLOGGIE(エコロギー)の葦苅晟矢(あしかり・せいや)代表や、プノンペンの障害者が働く工房などの協力を得て、今年1月にはカンボジア産のモリンガを使ったクッキーなどの試作商品を日本市場向けに自社の電子商取引(EC)サイトでテスト販売した。商品への反響は徐々にふくらみ、3月に始めた2回目のテスト販売ではモリンガ入りクッキー(8枚入り680円)が発売1週間で100袋ほど売れた。 まだ課題は多いが、ビジネスが軌道にのれば、ネパールでの生産も諦めていない。モアイング副代表で東京理科大学大学院1年生の、渡邊聖さん(24)は本間さんについて、「高校生のときの友人の死を常に意識しているのが分かる。だから彼女の話からは、いつも『人の命を助けたい』という情熱が伝わってくる」と語る。 本間さんらのビジョンは、ミドリムシを使った健康食品などを手掛け、東大発ベンチャーから上場企業へ成長したユーグレナに重なる。だが、重視するのは上場や売上高といった事業の規模感よりも、社会に与えるインパクト(影響)の大きさ。本間さんは「起業家ではなく『社会起業家』であることにこだわりたい」という。ネパールでの再チャレンジにこだわるのも「ビジネスではよく『ターゲットを考えろ』と言われるけれど、私はプレーヤーの生活も改善させたい」という考えからだ。
■ソーシャルビジネスで先行する英国へ留学予定
4月からはソーシャルビジネスを本格的に学ぶために、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科に進学した。東京理科大卒業時のSNS投稿で本間さんはこうつづった。 「『学畜』と称される理科大生の中でも、課外活動を存分にさせていただけるありがたい環境に私はいました」 この言葉からも起業と学業の両立はいかに大変だったかが想像できる。ハルトプライズの準備と試験期間が重なった際には徹夜を重ねた。ほぼ毎週あったリポート提出も思い出の1つで、時間がないあまり「電車の中でリポートのホチキス止めをしていました」と笑う。 大学院では、衛星データを使った途上国の栄養状況の把握に向けた研究を始めている。途上国では人の移動などのデータ取得が難しく、例えば水害などで収穫物が足りずに栄養失調が起きていても把握が難しい。衛星データを使って栄養失調につながるリスクが高い地域を洗い出せれば、より正確な栄養状況がわかるはずだと考えている。 さらに9月からは、ソーシャルビジネスで先行している英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスへ1年間の留学を予定している。モアイングの事業がソーシャルビジネスの「木」とすると、イギリス留学は「森を見るため」。日本よりもソーシャルビジネスの勃興が早かった欧州で学ぶことで「最新の情報や新しい視点を得たい」と話す。 モアイングの経営も、日本にいる渡邊さんと連携してイギリスからリモートで続ける予定だ。モアイングは「自分の思いをそのまま反映させているので、ずっと関わっていきたい」と話す。22歳の社会起業家は、「命を助ける」使命を胸に世界へ飛び出していく。 (ライター 菊池友美)
0 件のコメント:
コメントを投稿