Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/1980a63d2b42636a7fa8f2f1032417058817b2e2
臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、ワクチン接種の対応に出遅れ、ちぐはぐさも目立つ政府の新型コロナウイルス対策について。
* * * 「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される」。5月11日に掲載された宝島社の新聞広告は衝撃的だった。 朝日、読売、日本経済新聞の朝刊の全面広告には、戦時下にタケヤリ訓練を行う少女たちの真ん中に、日の丸のように真っ赤なウイルスが置かれている。賛否両論はあるだろうが、これを見ていると、日本は日の出国というよりウイルスに翻弄されている国に思えてくる。 高齢者がワクチン接種を予約しようにも電話はつながらず、全国各地の予約システムはダウン、窓口は長蛇の列だ。PCR検査数は他国と比較してあまりに少なく、未だに本当の感染者数も分からないまま。悲鳴を上げている飲食店は時短営業に加えて酒類の提供も禁止され、一方で公園などには路上飲みの対策として進入禁止のフェンスが設置された。さらに、イベントや興業は開催も集客も可能なのに、鑑賞するだけの映画館は営業自粛。なんだかちぐはぐなことばかりだ。 それでも政府は国民に対し、ここまで自粛してきたのだからもう少し我慢してくれとお願いばかり続ける。やってきたことを無駄にするなと言わんばかりだ。国民の側にもあるだろう「ここまでやってきたのだから、もう少し辛抱すれば」という「サンク・コスト」の心理的傾向を利用する。だが今のままでは、政府の言う通り我慢をしていても、一向に救われる日も明るい未来も見えてこない。“政治に殺される”、日を追うごとにその思いが強くなる。 12日夜、菅義偉首相が記者団の前で述べた言葉からもそう感じた。東京、大阪など4都府県に発出していた緊急事態宣言は今月末まで延長され、愛知県と福岡県にも発令されたことを受け、首相は暗い表情のまま、こう言った。 「延長は大変心苦しい思いでありますけど、ゴールデンウィークが終わった今、一番大事な時期でありますので、国民の皆さんのご協力をお願い申し上げます」 “一番大事な時期”とは、何に対してなのかと考えれば言わずもがな、東京オリンピックの開催だろう。緊急事態宣言では中途半端な対策ばかり、政府の覚悟も本気度も見えてこないのだから、そう思いたくもなる。
ある世論調査では、東京オリンピック中止という意見が半数以上を占め、海外メディアからも中止を求める声が上がり始めた。インドやネパール、パキスタンからの外国人の入国は停止され、オリンピックを開催したとしても、派遣する選手すら決まっていない国もあると聞くから、実際問題、どれくらいの国が参加できるかすら分からないのではないだろうか。 それでも首相は東京オリンピック開催を口にする。多額の税金と労力、時間を投入し準備してきた東京オリンピックだ。中止すれば無駄になるだけでなく、経済的損失は無観客開催時の倍近くの4兆円を越えるという試算もある。ここにも「ここまでやってきたのだから」という心理が働く。「サンクコスト・バイアス」だ。費やした労力やお金は戻ってこないのに、取り返したくなる傾向が人にはある。開催したい理由は人それぞれだし、それだけでないことは分かる。だが、開催を強行しようとする人の心にはそんな気持ちが潜んでいるだろう。 中止の決定を巡り、権限を持つIOC(国際オリンピック委員会)と政府、東京五輪組織委員会の我慢比べになっているとも言われている。開催国としての権利を返上すれば何千億円単位の違約金や賠償金が請求される可能性があるというが、中止の決断をしたなら、そこを交渉するのが政治の役割だろう。 緊急事態宣言を出しながら、オリンピック開催への準備は進める。そんな政府への不信不安は大きくなっていくばかりだ。人の心が政治、政府から離れていくという心理的コストの増加こそ、今の政府がいち早く留めなければならない“支出”だろう。 安全安心な平和の祭典となるのなら、私だって東京で日本の選手が活躍するところを見てみたい。だが、国内の重症者数が連日最多を記録している今、リスクを冒してまで行うことなのか。自身が感染した経験があるテニスの錦織圭選手も言っている。「死人が出てまで行われることではない」と。
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