Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/fb16c33ab4aced6cd4d5e2fec1eb8b3f0c2f3ee6
変異株対策で強まる「隔離措置」
シンガポール政府は5月7日、水際対策を強化し、国外からの帰国者や渡航者に対する隔離を、これまでの原則2週間から3週間に延長した。さらに同日、11日から7月5日までは一部の例外を除き、日本を含めた「ハイリスク国・地域」からの外国人の入国を認めないと発表した。 【写真】西浦博 教授が緊急報告、「第4波」が“これまでと違う”「4つ」の理由 シンガポールの隔離は原則として政府が割り当てるホテルの部屋から1歩も外に出られない強制隔離だ。従わなければ実刑や罰金を科される。対策の強化の背景は、これだけ厳しい隔離を2週間課しても、新型コロナウイルスの変異株が入りこみ、感染者が増えているからだ。とくに最近、懸念されているのがインドで見つかった変異株だ。 シンガポールが「ハイリスク国・地域」に指定したのは、中国、香港、マカオ、台湾、オーストラリア、ニュージーランド、ブルネイ以外のすべての国と地域だ。外国人への依存度が高い建設や港湾、工場の労働者、メイドなどの家事労働者以外のすべての職種の外国人やその家族が対象になる。 日本政府も10日から水際対策を強化した。変異株の流行が深刻なインドや隣国のパキスタン、ネパールからのすべての入国者及び帰国者について、シンガポールの「隔離」に相当する、検疫所が確保する宿泊施設での待機期間が3日間から6日間に延びた(入国後14日間の残りの期間は自宅などでの待機)。そして14日からはさらに厳しくし、上記3国に過去14日の間に滞在した外国人は、在留資格を持っていても入国を拒否する。 しかし、「変異株の流行国・地域」に指定したほかの33の国や地域については、従来通り、検疫所が確保する宿泊施設での待機期間は3日間のままだ。 世界保健機関(WHO)によると11日現在、すでに44カ国でインド変異株が見つかっている。日本は、今の水際対策で大丈夫なのだろうか。 昨秋から今年4月下旬まで、シンガポールの1日の新型コロナウイルス感染者は国外からの帰国者や渡航者を除けば一桁台、ゼロの日もある、といった状態だった。ところが4月中旬以降、少しずつ感染者が増え始め、とくに4月下旬に国内初の病院クラスター(集団感染)が発生して以降、1日の新規感染者数が10人台になる日もある。 筆者は3月中旬、夫の仕事の都合でシンガポールに入国し、政府の指定ホテルにて法律で課されている2週間の義務的な隔離生活を送った後、さらに夫の職場の規則により追加でもう1週間、自宅での隔離生活を送った。計3週間の隔離だったとは言え、自宅での隔離中は食料品など生活必需品の買い物に行くことはできたので、同じ3週間の隔離でも義務的な隔離生活とは自由度がかなり異なる。 シンガポールの義務的な隔離は、PCR検査を受ける時以外は一歩もホテルの部屋の外には出られない。訪問客も認められず、一緒に旅行している、同室の家族以外とは誰とも接触できない。違反した場合、初犯は最長6カ月の実刑や最大1万SGドル(約80万円)の罰金、再犯は最長1年の実刑や最大2万SGドルの罰金が科される。外国人の場合、実刑を終えた後に国外追放になり、再入国できなくなる。 隔離中は毎日、スマートフォンのアプリで、保健省に体温や体調を報告することが義務付けられている。また、保健省からは原則として毎日、電話があり、居場所や、体調の確認がある。ビデオ映像でホテルの部屋を映すよう指示された人もいる。筆者の場合は電話のみだった。
“妻の部屋へ行って”実刑・罰金
シンガポールの入国管理局のプレスリリースや地元紙によると、今年2月、英国人男性(52)が、2週間の実刑と1000SGドル(約8万円)の罰金刑を言い渡された。 昨年9月、「ザ リッツ カールトン ミレニア シンガポール」で隔離中にマスクを付けずに部屋を出て、同じホテルの別の部屋にいた、当時はまだ婚約者だったシンガポール人の妻(39)に会いに行ったからだ。妻は国内にいたので隔離はしておらず、男性から連絡を受け、同じホテルに部屋を取った。 隔離ホテルのカードキーは1回しか使用できないように設定されているため、男性は部屋から閉め出されないよう、ドアに物をはさんで半開きの状態で外に出て、非常階段を13階分上り、妻の部屋がある27階に行った。非常階段側からはホテルの廊下への扉が開けられないため、妻に開けてもらい、その部屋で9時間一緒に過ごした。その後、自室に戻ろうとした際、警備員に見つかってとがめられた。 隔離中に部屋を出ただけでなく、廊下や階段でマスクを付けていなかったことも感染症法に違反しており、警備員ら他の人を感染リスクにさらしたとして実刑と罰金を科された。妻も、男性のほう助の罪で1週間の実刑を言い渡された。 今年3月には、永住権を持つ米国籍の男性(38)がやはり感染症法違反で起訴された。昨年9~10月にかけての「フェアモント シンガポール」での強制隔離中に2回、外に出たからだ。 1回目は到着当日、国内にいる妻が車で迎えに来て、ホテルの周辺に駐車した車の中で1時間40分、一緒に過ごした。2回目はその翌日、やはり妻が車で迎えに来て、ホテルの周辺や近所の駐車場で約5時間一緒に過ごしたという。
シンガポールの「隔離生活」のリアル
上記の英国人男性や米国籍の男性の隔離ホテルはどちらも五つ星の高級ホテルだが、隔離ホテルがすべて高級ホテルというわけではない。 シンガポールでの隔離生活経験者のSNS上への投稿を見ると、ゴキブリが出たりトイレが詰まったりといった劣悪な環境のホテルも少数ながらあるようだ。そこまでひどくなくても、狭いビジネスホテルのような部屋を割り当てられた人もいる。例外的に窓が開けられたり、バルコニーがついていたりする部屋もあるが、多くは窓が開けられない。 自由に外に出られ、しかも滞在期間が短いならさほど気にならないだろうが、14泊15日間、計300時間以上、1室に居続ける場合、部屋の広さや窓の開閉といった差により、閉塞感は大きく変わってくる。それが3週間に延びればなおさらだ。 部屋の備品もピンキリだ。シンガポールのホテルには通常は小さな冷蔵庫とお湯を沸かす電気ポットが備え付けられているが、SNSへの投稿で、電気ポットが無いホテルもあるとわかった。 義務的な隔離生活中は、外に出なくていいようホテルから1日3食が提供される。その食事内容も千差万別だ。例外的にホテルのレストランで作った食事を提供しているところもあるようだが、大半は、外注のケータリング店が作ったお弁当が提供される。SNS上では、高級ホテルの食事が必ずしも好評とは限らないようだ。 どのホテルも、ベジタリアンとノンベジタリアンの選択肢がある。筆者の場合、毎食3種類の選択肢があり、1週間単位で同じメニューの繰り返しだった。選択肢が多くてありがたかったが、到着した日のうちにホテルの指示するサイトで14泊分約40食をすべて選ばなくてはならなかった。筆者の夫は6食分の予約を終えた段階で断念し、残りの食事はすべて1番上を選んでいた。 ところで、隔離生活を送るホテルは、原則としてシンガポール政府が割り当てる。その一方、隔離期間中の14泊15日(今後は21泊22日)の宿泊費と食事代は帰国者・渡航者の自己負担で、成人が1人2000SGドル(約16万円、今後は3000SGドル)と均一だ。どんなホテルや食事でも負担する費用は同じなので、帰国者・渡航者の間でホテルの割り当ては「lottery(宝くじ)」と呼ばれている。 到着した日の隔離ホテルの空室状況などで決まるとみられているが、実際には、どのようにホテルが割り振られるのかは不明だ。同じ便で到着した乗客は、同じホテルを割り振られることが多いようだ。 フェイスブックには、約2万人が参加する、シンガポールにおける隔離生活の情報を共有する「Singapore Hotel Quarantine Information & Experience」というグループがある。筆者はシンガポール渡航前からこのグループに参加し、経験者たちの投稿を熟読した。狭い部屋で、備品の乏しいホテルを割り当てられても不自由なく隔離生活を送れるよう、夫婦2人でスーツケース4つ分の荷物を携えてシンガポールに渡航した。 隔離中の仕事に必要な電子機器類や文具はもちろんのこと、上記のグループへの投稿でお薦めされていた、味噌、醤油、チューブ入りの生姜といった、自分たちになじみのある調味料や、インスタント食品、コーヒーや紅茶、日本茶も持参した。 また、弁当の容器から食べるより食器に移し替えて食べた方が美味しく感じるというアドバイスが投稿されていたため、簡易食器や箸も持参した。加えて、ナイフやまな板、ラップやビニール袋、食器洗剤や食器洗い用のスポンジ、もし幸運にもバスタブのある部屋になった場合に備えてバスタブ用のスポンジも持参した。 ただし、隔離生活を始めた後に、わざわざ日本から持参しなくても、到着後に入手できたものがかなりあることがわかった。シンガポールの宅配サービスが非常に便利だからだ。国土の主要部分が東京23区内と同じ面積の小国であるために、即日配達の宅配サービスが多数あるのだ。デリバリーに対応しているレストランや軽食店、カフェも山のようにある。 筆者たちの隔離ホテルは居心地もサービスもよく、配られるケータリング店のお弁当も決して悪くはなかった。ただ、どうしても日本的な味が食べたくなり、宅配で豆腐やキュウリを買い、持参した調味料でもろきゅうや冷ややっこを食べた。 ホテル隔離中も、宅配や、家族や知人からの差し入れなど、外からは自由にものを受け取ることができる一方、隔離している側から外の人には何も渡せない。ホテルの職員との接触は、宿泊の手続きをした時と、ホテルの敷地内でPCR検査を受けた時のみだった。 筆者の場合、部屋の外に台が置いてあり、食事はその上に配られた。ゴミは、袋をきっちり閉じて部屋の外に出しておけば回収してもらえた。タオル類は4日に1度、シーツなどは1週間に1度、きれいなものが袋に入れて配られた。洗ってほしいタオルなどはその袋に入れ、口を閉じてドアの外に置くよう指示された。 シンガポールでは隔離生活を送っている人が常時1万人以上いるので、隔離生活者用のレンタルビジネスも活発だ。エクササイズ用の自転車やランニングマシンから電子レンジ(ホテルによっては部屋での電子レンジ使用を禁じているところもある)、冷蔵庫、冷凍庫、プリンター、掃除機、ジューサーまで様々なものを借りることができる。 ところで、病気や幼い子どもがいるなど特別な事情がある場合、例外的に隔離ホテルについて入国前に希望を出すことができる。ただし、すべて認められるわけではないようだ。また、一定の金額を払えば、ホテルのスウィートルームも予約できる。
日本の「隔離」はこのままで大丈夫?
日本でも変異株対策で何度かにわたり水際対策が強化されてきた。しかし、今月14日から強化された水際対策でも、インドなど3カ国に過去14日の間にいた外国人の入国は原則として拒否するが、日本人は、検疫所が確保する宿泊施設での待機(隔離)が3日間から6日間に延びただけで、それ以外の33の「変異株の流行国・地域」については、従来通り3日間のままだ。 その後は、14日経過するまで、自宅や自分で予約したホテルなどで、待機(自主隔離)するよう求められる。指定国以外から入国する場合は、14日間の待機(自主隔離)があるだけだ。 6日間の宿泊施設での費用は日本政府が負担し、1日3食が提供される。この国確保の施設での“隔離生活”を送った知人のケースでは、コーヒーやお茶のティーバッグが1日3袋までと制限され、飲酒も禁じられていたという。 日本政府は、すべての入国者に、待機の期間中、スマートフォンに、スカイプなどビデオ映像つきの会話ができるアプリや居場所が確認できるアプリなどのダウンロードを義務付けている。 また、14日間の自宅などでの待機、公共の交通機関を使わない、といった内容の「誓約書」の提出も求めている。厚生労働省の委託を受けた「入国者健康確認センター」の職員が、ビデオ映像やアプリで居場所を確認するという。 しかし、スマホの電源を切ったり、待機場所にスマホを置きっぱなしにしたりする人は出ないのだろうか。また、いわゆる自主隔離の期間中は食事や日用品の提供がないため、独り暮らしの場合など、自分で生活必需品を買いに行かざるを得ない状況に陥る人もいるはずだ。 変異株の流行している国から入国した筆者の知人は、自主隔離中は自分で予約したホテルで過ごしていたが、食事は最寄りのコンビニで買っていたそうだ。 共同通信社*1などによると、日本国内では、14日間の期間中で、1日1回の位置確認が必要な人は平均約2万4000人いるそうだが、そのうち、毎日200人~300人が誓約場所での待機が確認できないという。このため、厚生労働省は、3日以上連絡が取れない場合、民間警備会社による待機場所の見回りなども検討しているそうだ。 しかし、そのような手間暇を考えれば、所在地が確実に確認できるように、政府の指定するホテルで、自己負担で隔離生活を送ってもらう方法も検討する価値があるのではないだろうか。シンガポールのように厳しい隔離政策をとってもまだ変異株のすり抜けが起きている現状への考慮が必要だ。日本国内で英国株はすでにまん延してしまったが、インド株はまだ少ない。ひょっとしたら今ならまだ間に合うかもしれない。 ---------- 【註】 *1 https://english.kyodonews.net/news/2021/05/7e132ca7447a-up-to-300-people-per-day-breaking-self-quarantine-pledge-in-japan.html ----------
大岩 ゆり(科学ジャーナリスト・翻訳家)
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