Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/54226ea59e4dff0bc722bbbd21dc34c073636f40
国際化が進む中、年間約2000人の外国人が受診する福岡記念病院(福岡市早良区)。1階の受付を訪れた外国人に、国際医療担当室長でネパール人のタパ・アルジュンさん(34)は英語で「お国はどちらですか?」などと話しかけた。7か国語を駆使し、その人が最も話しやすい言語で症状を聞いていくアルジュンさんは「医療にも国際化が必要。福岡で困っている外国人の支えになれば」と語る。 【写真】タパ・アルジュンさんの趣味は玄界灘での船釣り
ネパールの中部に生まれ、雄大なヒマラヤ山脈を眺めて育った。開発途上の地域も多く、国際協力機構(JICA)が水道を通すなど援助していた。母親はそのスタッフを現地で案内したり、自宅で食事を振る舞ったりして支援。福岡出身の日本人スタッフも多く、自身も顔を合わせるうち日本や福岡に興味を持つようになった。語学好きもあり、日本語学校などで日本語だけでなく、英語やヒンディー語、ウルドゥー語も習得した。
「もっと現地で勉強したい」。2010年、語学留学生として福岡市に移住。油山など地元の山々と、知らない隣人にもあいさつする穏やかな市民の人柄に、「福岡はどこか故郷と似ていて、懐かしさを感じた」。
国際専門学校などで学ぶ中、日本語が苦手な同級生の外国人に頼まれ、携帯電話や住居の契約、受診などで通訳代わりに同行することが多かった。「言葉が壁になり、生活に必要なサービスを受けられない外国人がいる。役立ちたい」。こうした思いから、14年に同病院に就職した。
当時、多言語に対応した医療機関は少なかったという。診察などでの医療通訳に取り組みながら、外国人に対する非常時の避難誘導マニュアルなども作成。韓国語とベンガル語も学んだ。同病院は救急搬送も受け入れており、休日に呼び出されることもしばしば。心が休まらずホームシックになり、毎週母に国際電話をした。
そんな中、支えになったのは「仕事のやりがい」だ。
昨夏、40歳代のネパール人男性が脳梗塞で救急搬送された。出稼ぎの見習い料理人で日本語を話せず、財布には数百円のみ。快方に向かったが治療や帰国の費用はなかった。
アルジュンさんは診察やリハビリに付き添い、保険加入を進めながら、友人らと日本のネパール人にカンパを募集。数百人から100万円以上が集まった。搬送から約2か月後、男性は帰国を前に福岡空港で涙を流して何度も感謝を伝えた。男性の父母はネパールからのテレビ電話で「命の恩人だ」と泣いた。
同病院の万野貴司・副院長(52)は「仕事も速く頼りになり、人懐っこい人柄で患者さんにも親身に接してくれる。医療の国際化が求められる今、欠かせない人材だ」と評価する。
アルジュンさんを頼って県外から来院する外国人も増え、対応力を高めようと、次はスペイン語を学ぼうと考えている。国際医療の学会などで東京や大阪に出張することもあるが、「やっぱり福岡がいい」。第二の古里を、外国人ももっと幸せに暮らせる街に――。そう願い、ずっと福岡で働くつもりだ。(河津佑哉)
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