Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/0da53417075a0b244f0db1b8ed375b1f49789266
賛否渦巻く「代理出産」について、先ごろ自民党の部会が条件付きで認める案をまとめた。が、“女性の選択肢の拡大”といった美辞麗句とは裏腹に、その実態は危険に満ちている。「代理出産を問い直す会」の代表である東京電機大学の柳原良江教授が警鐘を鳴らす。 【写真を見る】タレント・向井亜紀は、夫婦で用意した受精卵で代理出産を依頼 ***
今年8月末、自民党のプロジェクトチームが代理出産容認案をまとめたと報じられました。 これに先立ち2020年末には、議員立法により、 〈生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律〉 が成立しています。これは人工授精などの親子関係に関する法律であり、代理出産に関してはこの時“2年をめどに是非を検討する”という流れになっていました。 今回の案は、まず生殖医療に関して発展させた法律を作り、さらに代理出産についても、国内で臨床研究の準備が進む「子宮移植」が実用化するまでの時限措置としながら、人工授精などと同じく道を開く形で容認する具体的な道筋を描いたものといえます。 こうした動きと並行し、最近は影響力を持つ一部の女性タレントやモデルが「女性の選択肢が増える」などと、SNSなどで賛意を表明するケースが目立っています。ですが、はたして本当に“喜ばしい拡大”なのでしょうか。世界中で行われてきた代理出産の実情を知る立場としては、このたびの容認案に異を唱えざるを得ません。
古典的な代理出産は20世紀半ばまで存在
そもそも代理出産とは、依頼のもとに妊娠・出産し、生まれた子を依頼者に引き渡す行為で、昔ながらの「古典的代理出産」、つまり性行為による契約妊娠と、最近議論されている「近代的代理出産」とに大別されます。この近代的代理出産には、人工授精を用いて代理母の卵子で妊娠する「人工授精型」と、依頼者あるいは第三者の卵子を用いる「体外受精型」の二つがあり、よく耳にする“代理懐胎”とは一般的に後者を指すものです。 歴史をひもとけば古典的代理出産は、日本を含め東アジアでは「子産み契約」として20世紀半ばまで存在していました。日本では近代においても妾契約が一種の代理出産の役割を果たし、中国では清の時代にそうした出産に関する裁判の記録が残っていて、以降も事例が報告されています。
「不妊カップルへの福音」というフレーズ
そして、いま焦点が当たっている近代的代理出産。これは1976年に米国ミシガン州の弁護士によって“発明”された契約です。元々は商行為として、つまり新たなサービスとして世に出たわけですが、人身売買ではないかという批判もあり、法に抵触しないよう、さまざまな工夫が施されました。まず、この行為が「人助け」であるという大義名分が喧伝され、また無償だと人が集まらないため、ボランティアという形をとりつつ低額の報酬で代理母を募ったのです。 このサービスが全米に広がったのは、米国初の代理母とされるエリザベス・ケインと彼女の医師らによるキャンペーンの力が大きかった。彼女らは当時、人気テレビ番組や雑誌に妊娠中の姿で登場し、「科学技術の恩恵」「不妊カップルへの福音」「女性の助け合い」といったフレーズで代理出産をたたえ、おかげで「女性の選択」にもとづく近代的契約としての代理出産という認識が普及しました。現在まで、代理出産はこのイメージで捉えられていると思います。
代理出産が再び人気に
近代的代理出産においてはまず、人工授精型が先に開発されてきました。中でも有名なのは86年の「ベビーM事件」。これは新生児と遺伝的につながった代理母が、依頼人の女性に子の引き渡しを拒んだことによる親権裁判です。2年後に下された判決では、代理出産契約は「社会にはお金で買えないものもある」との文言とともに「無効」とされ、代理母が実母とされました。この事件をきっかけに米国で反対運動が盛んになったこともあり、代理出産はいったん下火となります。 それが再び脚光を浴びることになったきっかけは、90年の「ジョンソン対カルバート事件」です。この頃から、代理母とは遺伝的につながらない体外受精型が応用されるようになりますが、当時は一般に、依頼者カップル・夫婦の胚が用いられていました。この事件では、代理母となったジョンソンさんという看護師が子の親権を主張して依頼者のカルバート夫妻を訴え、判決では依頼者側に親権が認められました。依頼者側は遺伝的に子とつながっており、子を持つ意志を持っていたというのが理由です。これ以降、体外受精を用いる形で代理出産が再び人気となっていきます。
明らかな「権力差」が
現在、世界ではさまざまな形の代理出産が行われています。母体にとって比較的安全な人工授精型も復活し、オンラインでの依頼も普及しました。精子・卵子をネットで選んで代理母を依頼し、生まれた子だけ引き取りに行くといったシステムもあります。ちなみにあっせん業者が取り扱う精子・卵子では日本人のドナーのものも「出品」されています。それとともに依頼者の側も多様化し、独身の男女をはじめ男性同士のカップル、あるいは不妊症とは無縁の夫婦が第2子を望んで、また高齢者同士のカップルも増えています。実際に私は、高齢カップル以外のケースで、日本人による事例を確認しています。 代理出産が普及すると、元々の前提は形骸化します。女性同士の「助け合い」という言葉のもとで始まったはずなのに、現状では豊かな男性のために貧困女性が、あるいは豊かな高齢女性のために若い貧困女性が体を貸すといった、明らかな「権力差」が見てとれます。それでもなお、今も名目上は「人助けのボランティア」であることを前提に行われているのです。
リベラルほど批判できない
もうひとつ代理出産が招いた事態に、保守派の強化が挙げられます。元来は新しくてリベラルな方法と見なされていましたが、実態は伝統的な家族の再生産につながる上、近年は胚擁護派(プロライフ)、つまり中絶反対派が代理出産を擁護するようになっています。特に米国で顕著なのですが、彼らは父母の遺伝子が結合した受精卵に人格を見出しており、子として産むべきだと考えているのです。 なぜ米国で代理出産が盛んなのかといえば、文化的に批判しづらい面があるからです。まず依頼者側の弁護士、医師、あっせん業者らが、代理母になることを「女性の選択」と主張してきた経緯がある。米国では中絶権が政治的な論点となっており、その根底には“女性は妊娠に関して自分の体のあり方を選択できるはずだ”という考えがあります。だから代理母になるという選択は、女性が妊娠に関して自ら理性的に決定できることの証しとみなされるのです。換言すれば、代理出産を否定することは女性の選択を否定し、中絶権も批判することになりかねない。米国では、リベラルな勢力ほど代理出産を批判できない状況にあるのです。
「生殖アウトソーシング」
米国の商業化された代理出産の影響で生まれたのが「生殖アウトソーシング」です。先進国に住む依頼者がインドをはじめとする発展途上国の女性に産んでもらうという形態で、2000年代から普及しました。もっとも、後述するようにこの「代理出産業」の発展によって市場ではさまざまな問題が生じ、やがて法整備がなされていきます。結果、主要なアウトソーシング先が外国人の代理出産利用を禁じていくのです。 まず15年にインド、タイで、翌年にはネパール、カンボジアでも同じ措置がとられ、18年にはイスラエルでも外国人の利用が禁止されました。それ以前にインドでは、12年にゲイカップルの利用が禁じられています。これに伴い、アウトソーシング先も変化していきます。元々盛んだったインドやタイで規制されたことから、ロシアや東欧に市場は移っていきました。現在は南米やアフリカでも、新たに市場が開拓されつつあります。
代理母の報酬は3万~5万ドル
米国内でも、例えばニューヨーク州では20年3月に独身や同性カップルを含む商業代理出産が合法化されました。同州は先の「ベビーM事件」が起きたニュージャージー州に隣接し、元々反対派も多い地域である一方、富裕層やゲイカップルも多く、すでに代理出産で産まれた子が多数いるという背景があります。この法案は長らくフェミニストらの反対に遭っていたのですが、ゲイ男性団体のロビー活動もあり、一昨年に成立をみました。それでもやはり「裕福な男性たちを利するものだ」という批判は浴びています。 米国では代理母と同程度の報酬が担当医師にも支払われ、そこに弁護士、あっせん業者への支払いも加わり、費用がかさみます。コロナ禍以前だと、依頼者が支払う総額はおよそ15万~20万ドルが“相場”となっていました。代理母の報酬も上昇しており、現在は約3万~5万ドル以上です。 こうした代理出産を日本人が国内の有名あっせん業者を通じて米国の代理母に頼んだ場合、コロナ禍以前で1億円ほどが必要でした。参考までにロシア人やウクライナ人の代理母では、それぞれ5千万円、2千万円程度だったといいます。
国内での状況は?
ここで国内の状況に目を転じてみます。まず1991年、東京に「代理出産情報センター」が開設されたことで、米国人女性の身体を用いた商業代理出産が始まりました。それでも当時は「代理出産は女性の人権侵害である」として、日本のフェミニストらは批判してきたのです。 そうした論調は、2000年代に入って変化していきます。00年、長野の「諏訪マタニティークリニック」の根津八紘医師によって、姉妹間での無償代理出産が実施されました。また同じ年、タレントの向井亜紀さんが広汎子宮全摘手術を受け、03年には夫婦で用意した受精卵を用いて米国ネバダ州の女性を代理母として双子の男児を得ます。対して厚労省の審議会と日本産科婦人科学会は03年、そろって「代理出産を認めない」という立場を表明したものの、世間では容認ムードが強まっていき、現在まで法整備には至っていません。 しかし根津医師はその後03年には、姉妹間での代理出産を休止すると公表、続いて14年には母娘間の実施も取りやめています。現在、国内で家族間の無償代理出産を公に行っている医療機関はありません。日本人が時折メディアに取り上げられるケースは、基本的に外国人の身体を用いた商業代理出産です。
「マンジ事件」「赤ちゃん工場事件」
邦人男性が「生殖アウトソーシング」の当事者となったケースでよく知られるのが、08年の「マンジ事件」です。日本人の妻を持つ男性医師がネパール人女性の卵子を用いてインド人の代理母に子を産ませました。ところが出産直前に男性が離婚した影響で、暫定的に「マンジ」の名で呼ばれたこの女児は、インドの法律によって父親が日本に連れ帰ることができず、国際的な話題となりました。実はこれが、インドで外国人利用が制限されるきっかけとなったのです。 それから14年の「赤ちゃん工場事件」。20代の独身邦人男性が、莫大な資力に物を言わせてさまざまな人種の卵子とタイ人の代理母を用い、19人の子を得ていた案件です。インターポールの捜査が入り、こちらも世界中で報じられましたが、少なくとも法律上は問題がなく、裁判を経て男性は13人の親権を得ています。こちらもやはり、タイが外国人による代理出産を禁ずる契機となったのでした。
日本人が「依頼者」から「供給者」へ
このように、日本人はもっぱら外国人の代理母を用いてきましたが、最近はその構造も変化し、依頼者から「供給者」になりつつあります。国内での代理出産において、中国人富裕層から依頼された日本人女性が代理母になっているとの実態が、すでに16年には報じられています。 一般的な妊娠出産によるリスクに加え、代理母には第三者の卵子に由来する胚による妊娠のリスクが生じます。胚が無事に着床するよう高用量の薬剤が投与されるため、副作用がひどく、大量出血も起きやすい。早産や低出生体重児のリスクも増え、さらには多くの依頼者が望んでいることから、実質的に帝王切開が強制となり得ます。また一度に2人をもうけられるので、多胎妊娠を望む人が多い。これらに伴うリスクも存在します。
新たな貧困ビジネス
そんな中、実際に日本で合法化された場合は「無償かつ条件付き」となると思われます。この条件とは“生まれつき子宮がない人”を意味しますが、一方でそれは個人の属性に応じて生殖を許可することから、該当しない人にとっては差別的ではないかという批判が生じ、“条件”の対象は次第に拡大されていくことでしょう。 また、仮に親族に代理出産を依頼しても、前述した「諏訪マタニティークリニック」の例から問題が生じることは実証されています。となると結果的に第三者に依頼せざるを得なくなり、無償を掲げながらも産業として普及していくことが想定されます。それはすなわち、新たな貧困ビジネスとなって日本が「生殖アウトソーシング」先となることを意味します。 というのも、すでに無償代理出産が合法である国で、こういった事態が生じているからです。
経費のはずが実質的に“報酬”に
例えば英国は、商業化を防ぎつつ必要経費のみ代理母に支払われるという体裁をとっていますが、この経費が徐々にかさみ、実質的には代理母の“報酬”になっている。19年の相場の中央値は、約200万円とされています。さらに無償で厳しい条件付きながら、ひとたび代理出産が可能になると、その需要が社会で喚起され、条件に合致しない人たちが外国の商業代理出産を用いるようになる。こういう現象が現在、英国で起きているのです。 EU加盟国ではギリシャのみ無償に限って代理出産が合法ですが、現地のインバウンド産業と化しています。外国人依頼者のためギリシャ人女性が代理母となっており、支払われる必要経費は2万ユーロ(290万円)ほどです。米国は先述の通りハイエンド市場で、代理母も昨今の為替相場に従えば円換算にして440万円以上を手にできます。ウクライナだとおよそ250万円。一方、日本の非正規雇用女性の平均年収は20年の民間給与実態調査では153.2万円であり、代理出産が貧困ビジネスとなり得る危険が大いにあることがお分かりいただけると思います。妊娠経験のある貧困女性として真っ先に挙げられるのはシングルマザーです。あるいは貧困世帯で夫から頼まれ、妻が代理母を不承不承引き受けるといったケースも生じるでしょう。
代理出産でうまみを得る人間が推進
インドでは前述の通り、外国人の利用が禁じられていますが、その反面、家族からの圧力、とりわけ義理の兄弟のために代理母になる事例が多く報告されるようになりました。まさしく日本のフェミニストらが80年代から00年代前半にかけて主張していた「女性の権利侵害」が生じているわけです。 代理出産とは基本的に、それによってうまみを得る弁護士や医師、あっせん業者らが推進しているものです。これに巷のインフルエンサーなどは「弁護士や医師が言うのだから正しいのだろう」と、深く考えずに賛同しているように思えてなりません。「人類への福音」といった空疎な文言に踊らされ、フェミニストからリベラルまで入り乱れる“女性同士の戦い”といった現象に矮小化されることなく、誰もが身近な問題と認識してほしいものです。 柳原良江(やなぎはらよしえ) 東京電機大学理工学部教授。2003年早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門は生命倫理学。主な業績に『こわれた絆──代理母は語る』(監訳)など。 「週刊新潮」2022年12月29日号 掲載
新潮社
0 件のコメント:
コメントを投稿