Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/fc2bfea801161f10a6f860c1db4b33d91977500c
中東で初めて開催されたサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会の11月20日の開幕式で、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長は「フットボールは世界をつなぐ」と声高に訴えた。閉幕までの約1カ月、スローガンのように多くの場面で使われた言葉は世界のサッカーファンにどれほど響いたのだろうか。 カタールは外国人労働者や性的少数者の人権問題などを理由に欧米からの批判にさらされ、大会期間中はピッチの内外で欧米とアラブ諸国がそれぞれの「正しさ」を主張した。イスラム教やアラブの文化が尊重されていないとの地元の不満も浮き彫りになった。価値観の隔たりは埋まらず、4年後に米国、カナダ、メキシコの3カ国で共催される大会に向けわだかまりが残った。(共同通信=日出間翔平) ▽30兆円の都市開発、高層ビルが立ち並ぶドーハ カタールはペルシャ湾岸に突き出た半島に位置し、国土の大半に砂漠が広がる。W杯開催が2010年に決まると、天然ガスや石油の資源収入を元手に総額2290億ドル(約30兆円)以上とされる巨額投資で都市開発を進めた。今大会で使われた競技場、8会場のうち7会場が新設された。
世界各地から集まったサポーターは、近代的な高層ビルが立ち並ぶ首都ドーハの発展ぶりに驚きを口にしていた。中東には紛争やテロのイメージがついて回るが、日本代表戦を観戦するため松山市から訪れた医師森実和樹さん(56)は「実際に来てみると印象はずいぶんと違い、安全だと感じる」と笑顔だった。 人口約290万人の小国に、大会期間中140万人以上が訪れたとされる。欧州諸国で観戦ボイコットがあったにもかかわらず、試合のチケットは約300万枚が売れた。大会組織委員会の広報担当ファトマ・ヌアイミ氏は地元市民がアラブ以外の訪問者に伝統衣装の着方を教える場面をよく目にしたといい「文化交流も盛んだった」と胸を張った。 ▽厳然としてある経済格差「家族を養うため自分の意思で来た」 人口が少ないカタールは、労働力の大半を外国人に依存する。急ピッチで進んだインフラ整備や競技場建設に従事した多数の人が死亡した疑いがあると報道され、外国人労働者の待遇を巡る非難が欧米を中心に強まった。2019年に作業員寮で突然倒れて亡くなったネパール人男性の妻ニルマラさん(32)は取材に対し、同じように夫を亡くした知人がいると語り「多くの人が死んだ場所でのW杯は祝えない」と首を振った。祭典ムードとはかけ離れた言葉だった。
だがカタールは、批判を受けた後も大会の観客誘導や警備要員の確保で、外国人労働者の雇用を拡大したもようだ。あるスリランカ人の男性は大会前後の2カ月限定で警備員として雇われた。報道を通じ、過酷な労働環境であることを知った上で「家族を養うため自分の意思で来た」と話した。地元で電気工として働いていたが、その約5倍の月収1600リヤル(約6万円)が約束されていた。 世界の経済格差は厳然としている。カタールを批判する側は、貧困国から収入を求めて人が集まる構造的な背景に目を背けていないだろうか。開幕後、W杯関連施設でフィリピン人作業員が労災事故で死亡したことが判明しても、組織委のハテル最高経営責任者(CEO)は「死は人生の一部だ」と一蹴した。付きまとう批判への不快感がにじんでいた。 ▽ホスト国の譲歩、同性カップルの宿泊は不問に カタール大会は、国際人権団体などから自国の不都合な事情を競技で覆い隠す「スポーツウォッシング」と批判されてきた。大会招致が決まってからは、イスラム教国での性的少数者の権利向上や、出稼ぎ労働者の待遇改善を求める活動が欧米を中心に展開された。
ドイツやイングランドなど欧州7チームの主将は試合で、差別撲滅を訴える「One Love」と書かれた腕章を着用しようとしたが、FIFAにイエローカードなど競技上の制裁を科すと警告されて断念した。政治的な主張を持ち込むことを禁じる規則が理由とみられる。ドイツ代表の選手は試合前の写真撮影で、そろって口をふさぐポーズをし意見を封じられたと抗議した。 一方でイスラム教を重んじる保守的な社会で知られるカタールが、譲歩を示す場面もあった。 例えば、W杯期間中、同性カップルのホテル宿泊は不問となった。カタールは法律で同性愛行為を禁じ、普段であれば宿泊は違法とみなされる。性の多様性を象徴する虹色の旗を掲げれば通常は当局に取り締まられる。サポーターが競技場で旗を没収されるケースもあったが、最終的に会場への持ち込みは可能と発表された。 五輪に次ぐ大規模な国際イベントの成功を優先し、国内外のバランスに腐心しながら大会運営に当たる様子が見て取れた。
▽スポーツと政治を巡り異なる受け止め ドーハの街は多国籍のファンで連日にぎわい、中東初開催を祝うアラブ諸国の人も多かった。欧米の批判について意見を聞くと、大半が「スポーツに政治を持ち込むのは間違っている」と話した。「人権問題は政治ではない」(ドイツのサッカー連盟)という立場とは異なる受け止めだ。 街中や競技場ではパレスチナの旗を掲げ、アラブ諸国の連帯を示そうとする姿が目立った。旗に身を包み歩いていたオマーン出身の女性イマンさん(30)は、今回のW杯を「アラブが抱える問題を発信する機会」と捉えた。だが自国のものではない旗を掲げる行為は一部の欧米ファンには「政治的なメッセージ」と見えたようだ。 アフリカ勢で初めてベスト4に入ったモロッコの最大都市カサブランカで取材すると、代表チームを称賛し英雄視する雰囲気が広がっていた。アラブの市民は欧州の強豪国を次々と破るモロッコ代表の姿に留飲を下げた。通訳の女性ヌハイラさん(25)はスポーツと政治は「不可分なところもあると認める必要がある」と話した。
▽欧州の主要チームはオイルマネーが支援 カタールに向けられた批判は、同じ湾岸アラブ諸国にも「欧米側の主張の押し付け」と映った。欧米が多様性を強調する半面、「中東やイスラム教は尊重されていない」との思いが根底にある。そう説明したサウジアラビアの男子大学生アリさん(21)は、生まれ育った環境を「突然変えろと言われても、できそうにない」と率直だった。 サッカーのスター選手が多数在籍する欧州の主要チームの運営は、スポンサーとなっている湾岸諸国企業の潤沢なオイルマネーの上に成立する側面もある。カタールの首都ドーハを訪れたアラブのファンからは、カタールを批判する一方で資金支援を受ける「二重基準」に憤り、ポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)を振りかざしているとの反発をよく聞いた。 次のW杯は2026年。米国、カナダ、メキシコで開催される。レバノン人エンジニアの男性ロイさん(28)は「アラブ人やアフリカ人への差別は一切ない、素晴らしい大会になるのだろう。待ち切れない」と皮肉った。答え合わせは4年後にやってくる。
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