Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/344452382b50f3f333dfc0a75ad2fbf2a229651d?page=2
2022年、写真家・石川直樹は異なる6つの8000m峰に登った。連続して6つの高峰に向かうのは、極めて異例のことである。その体験を分かち合う展覧会が、表参道のGYRE GALLERYで開催中だ。本人へのインタビューを交えながら、そのみどころを紹介する 【写真】今月見るべきアート展一覧
石川直樹写真展『Dhaulagiri / Kangchenjunga / Manaslu』|GYRE GALLERY
世界には標高8000mを超える山が14座ある。2022年、写真家・石川直樹は、そのうち6座の登頂に挑んだ。4月にダウラギリ(8167m)、5月にカンチェンチェンガ(8586m)、7月にK2(8611m)とブロードピーク(8051m)、8月にナンガパルパット(8126m)、そして9月にマナスル(8163m)。ナンガパルパットは雪崩のため撤退を余儀なくされたが、ほかの5つの山は登頂に成功した。
標高8000mを超える高所では、海抜0m地点と比べ空気中の酸素濃度が3分の1まで低下し、生命活動が大きく制限される。いわゆる「デスゾーン」である。死が隣り合わせにあるそういった極限の地に、1年間で6回も足を踏み入れるのは、肉体的にも容易ではない。石川曰く「いままでは8000m以上の山に登るのは、せいぜい1年に1度くらいでした。身体への負荷も大きく、費用もかさむので。ただこの2年間、パンデミックによりなかなか海外に遠征することできなかったので、その反動もあって、今年、僕も含めて多くの登山者が山へ飛び出して行きました。2022年にテント泊をした日数は結局100日くらいになったかな」 4月から9月まで連続して山に挑んだのは、他にも理由がある。「4月にダウラギリに登る前、はじめて低酸素室でトレーニングを行いました。人工的な環境で身体を低酸素状態に慣らすのでそこまで効果を期待していなかったのですが、予想以上に高所順応が進んだ。それもあって、通常だと一カ月くらいかけてゆっくりと身体を順応させながら登頂するところ、ダウラギリは10日間で登ることができました。一度順応すると、連続して登ったほうが、じつは楽なんです。僕も45歳になりましたし、さらに歳を重ねると、連続して登るような無茶な遠征は難しくなる。登れるうちにと思って、今シーズンは目いっぱい登りました」 表参道のGYRE GALLERYでは、石川が挑んだ6つの山のうち、ネパールにある3つの山(ダウラギリ、カンチェンチェンガ、マナスル)にフォーカスした個展を開催。1月13日からは、渋谷・MIYASHITA PARK内のSAI GALLERYで、パキスタンにある残りの3つの山(K2、ブロードピーク、ナンガパルパット)で撮影した写真によるエキシビションも始まる。 下記は、石川へのインタビューを抜粋・編集したものだ。
――現在、GYRE GALLERYでは、2022年に登頂に成功した山のうち、ダウラギリ、カンチェンチェンガ、マナスルの3つにフォーカスした展示が行われています。まずその内容について教えてください。 「今回は、GYRE GALLERYの3つの展示室を使い、それぞれ1部屋ごとにひとつの山の写真を展示しています。ネガフィルムを装填した中判カメラを使って自分は撮影しているので、そのコンタクトシート(何が写っているかを確認するためにネガフィルム全体を印画紙に焼き付けたもの)やベースキャンプに至る現地のマップも会場に掲示しています。 山々の写真――それは、見る人によってはすべて同じ雪山に見えるかもしれませんが、それぞれに個性があって当然全部異なっています。たとえば、最初の部屋で紹介しているダウラギリは、『ムスタン王国』(2008年までネパールの自治王国として存続。1992年まで外国人の立ち入りが禁じられていた)への入り口にある山。エベレストなどと同じネパールとチベットの狭間にある地ですが、独自の文化、風習が残っています。僕の写真は、いわゆる山岳写真とは少し異なり、山の麓から頂上にいたるまでの過程を撮影するもの。自分の足取りのすべてですね。チベットの文化圏だったり、シェルパ(高所に暮らす山岳民族)の生活風景だったり。そういったところから、人間の活動が大きく制限される“デスゾーン”や山頂まで、あらゆる場所で撮影します。今回も同じです」
――次のカンチェンジュンガの展示室では、アニメーションを加えたビデオ映像も公開しています。今回の一連の遠征でこの山が最も苦労したとも聞きました。 「展示している映像にも映っていますが、一度頂上を間違えて、8500メートル近くまで登ってしまったんです。『頂上に着いたぞ、やったー!』と思って振り返ったら、後方にさらに30~40メートルほど高い部分が見えた。今回登った6つの山は、すべてネパールのヒマラヤ山脈上に位置するのですが、なかでもカンチェンジュンガの頂上付近は鉛筆の先のようなかたちをしているわけではなく、ノコギリの刃のようにいくつものピークがギザギザに立っている。だから一番高いところがわかりにくいんです。食料やストーブの燃料なども事前に計算してサミットプッシュの際に必要最低限なものを持っていくので、頂を間違えたからと言ってすぐに登り直せるものではなく、結局、絶望感に苛まれながらも一度下山し、その後、街で休養をとったうえで、再度チャレンジすることにしました。カンチェンジェンは8500mを超える山で、そこをほとんど2往復した感じです……」 ――その山の一番高い地点に立つことは、言うまでもなく、非常に大切なことですね。 「そのことを強く考えたのが、もうひとつの部屋で紹介しているマナスルに向かったときでした。マナスルは、世界に14ある8000m峰のなかで、唯一日本隊が初登頂した山です。1956年、日本山岳会の今西さんとギャルツェン・ノルブが世界で初めてその頂に立ちました。2012年、僕自身も一度“登頂”していますが、正確に言えば、本当の頂上の7~8mほど手前の“ニセ頂上”にしか行っていません。というのも、そこから“本当の頂上”までは、稜線上の雪が崩れやすく、滑落してしまう可能性が高かった。だからこの何十年もの間、多くの登山者たちは7~8m手前の、標高差にしてわずか1mほど低いポイントを、マナスルの頂上、としてきたんです。 昨年あたりから、“本当に一番高い場所に登らなければ登頂とは言えないのではないか”といった声が世界中で大きくなって、僕自身も登り直したくなってしまった。今回は、悪天候が続いて、大荒れのシーズンだったのですが、でもようやく“本当の頂上”にたどり着くことができました。この最後のパートがあるかないかで、マナスルに対する印象がだいぶ変わってきます。展示室にある、ネパールの国旗が写っている雪稜の写真は、その本当の頂上で撮影したものです」
――2年ぶりの8000m級の山は、それまでと何か違いはありましたか? たとえば、パンデミックで経済がストップしたことで、都市の上空の空気が綺麗になったといったニュースもありましたが。 「マナスルでは10年前と比べて氷河がだいぶ後退していました。また、パキスタンでは洪水で国土の3分の1が水浸しになって国際的なニュースになった。ナンガパルバットに登れなかったのも、パキスタン全土で雨が降り続いて、山岳地帯においても雨で雪崩が誘発されたことが原因です。温暖化というより異常気象ですよね。ただ、標高8000m前後は、常に風雪にさらされた厳しい場所ですから、そこで環境の変化を感じることはほとんどありません。毎日、一瞬一瞬、生きている実感のようなものが自分の中に湧き上がってきて、何度行っても新鮮な気持ちになります。同じ山に登っても、いつも新しい体験をしているな、と」 ――1月13日からは、渋谷のSAI GALLERYでも、6つの山のうちパキスタンにある3つにフォーカスした展示も始まります。 「GYRE GALLERYのある表参道から、SAI GALLERYのある渋谷まで続く明治通り沿いのTHE NORTH FACEの2店舗でも、ヒマラヤの写真を展示します。周囲の環境を気にも留めず、スマートフォンを見ながら歩くことができるような都会の真ん中で、その対極にあるヒマラヤの写真が点々と展示されることが面白いですよね。ヒマラヤのような世界が渋谷や表参道と地続きにあるということを、写真を通じて少しでも思い起こすきっかけになったら、嬉しいなあと思います」 石川直樹写真展『Dhaulagiri / Kangchenjunga / Manaslu』 会期:~2月26日(日) 会場:GYRE GALLERY 住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F 開館時間:11:00~20:00 休館日:2月20日(月) 電話:0570-05-6990 ナビダイヤル (11:00~18:00) 公式サイトはこちら ※SAI GALLERYでは、1月13日(金)から2月5日(日)まで石川さんのソロエキシビション『K2 / BroadPeak / Nanga Parbat』を開催。こちらでは、パキスタンのK2、ブロードピーク、ナンガパルバットの3つの山にフォーカスした展示を行う。公式サイトはこちら また、THE NORTH FACEのショップ(THE NORTH FACE BACKMAGIC、THE NORTH FACE MOUNTAIN、THE NORTH FACE ALTER、THE NORTH FACE SPHERE)では、1月13日(金)から2月5日(日)までストア内で写真の展示、関連書籍やコラボレーショングッズの販売のほか、トークショーや写真学校などのイベントも開催。 BY MASANOBU MATSUMOTO
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