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天皇陛下の「水」を巡る活動は、世界でも注目されている。国際会議で講演を重ねてきた水の世界の「インフルエンサー」としての横顔に迫った。(編集委員・沖村豪)
供給や災害…国際会議で講演重ねる
天皇陛下は4月の「アジア・太平洋水サミット」のオンライン講演で、蛇や龍を神とあがめ、水との関わりを物語る信仰が世界に存在することに触れ、「人と水の深い関わりは、ゆるぎない共感と連帯の土台を形作る」と語られた。
「ハイテクの時代に人間と水の本来のつながりは忘れ去られがちだ。日本とアジア、西洋にも通じる歴史を描写した講演は、古来、循環をくり返してきた水の神聖さ、生命における多様な役割を再認識させる」
米学会誌「ウォーター・ポリシー」主筆ジェローム・デリ・プリスコリ博士は、目先の利害の先にある、より高い価値観を示す陛下の姿勢に感銘を受けていた。
陛下が水をテーマに講演した初の国際会議は、名誉総裁に就任された2003年の「世界水フォーラム」だった。自身の舟運研究と開催地・京都を結びつけた講演は、「世界の水会議に一石を投じた」という。旧建設省河川局長で会議の事務局長を務めた尾田栄章(ひであき)さんが解説してくれた。
当時の国際会議は「水=飲料水」という認識が主流だった。淀川の流量をライン川やテムズ川と比較し、「千年の都」を支えた淀川・琵琶湖の水運を解説した講演は、人や物を循環させる水の機能にもスポットを当て、幅広く水を見つめる機運を生んだ。陛下も世界の専門家と会い、供給や災害、環境、衛生など、水について多角的に考察される機会が増えたという。
平等と中立に深い理解
陛下は07年に国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁に就任された。政府には「戦勝国中心の組織に皇室が関与すべきか」「水を巡る利権争いに巻き込まれる」といった懸念もあった。就任を後押ししたのは、国連トップの強い意向だ。前年までの事務総長コフィ・アナン氏は「水問題の解決には政治や営利を超えた協調が必要だ」と考え、03年の水フォーラムを成功させた日本に協力を求めた。続く潘(パン)基文(ギムン)氏も同じ考えだったという。
国連の名誉総裁就任の翌月、陛下が「アジア・太平洋水サミット」で講演された内容は、従来の水運中心から一変した。ネパール訪問で目にした水くみを強いられる人々の写真を示し、その苦境を強調する一方、豪雨被害をもたらす温暖化の現状にも触れ、「足りない水」「多すぎる水」という表現で、水問題の多様性を意識した対処を国際社会に求められた。
陛下はその後、国連、スペイン、トルコ、仏などの会議で計10回講演された。世界の文学に見る水、気候変動の科学的分析など、新たな視点を加えた主題を自身で決め、数か月から1年かけて準備される。
陛下の原稿は、テーマに関わる省庁が万全のチェックをしているが、「平等性や中立性をよく理解されているので、問題が生じたことはない」と側近は説明する。世界に発信する上で重要な英訳作業について、陛下が「雅子が助言してくれます」と明かされたこともあるという。即位後も、陛下の講演を求める依頼が世界から届いている。
史料分析歴史研究で培う
天皇陛下は2012年の「世界水フォーラム」で、東日本大震災の津波映像と貞観(じょうがん)地震(869年)の古文書の記述を重ね、津波の歴史から学ぶことの意義を説かれた。陛下の講演の中核を成す史料の分析や活用は、長年の歴史研究で培われたものだ。
学習院大の史学科に進んだ陛下は、恩師安田元久教授から「史料からできるだけ多くを読みとる」という歴史学の基本を教え込まれた。卒業論文は中世の「兵庫北関(きたせき)入船(いりふね)納帳(のうちょう)」をひもといた「中世瀬戸内海水運の一考察」だった。
英留学では、オックスフォード大のピーター・マサイアス教授から「史料調査はTime consuming(時間を要する)と覚悟せよ」と助言された。各地の文書館を巡り、裁判や議会の記録、新聞記事も渉猟した陛下は、テムズ川の交通史を「The Thames as Highway」という本に著された。「新たな史料に出会う喜びと史料を整理して論点をまとめる苦労を経験した」と後に振り返られている。
現場主義 お言葉に説得力…広木謙三・政策研究大学院大教授
天皇陛下の水の活動で相談役を務める広木謙三・政策研究大学院大教授に聞いた。
――「真っすぐ」が陛下のスタイルだ。講演テーマにまつわる歴史やデータを一つ一つ調べ、導き出せたことのみを論じ、政治的に見られがちな問題を解きほぐされる。天皇が信仰の話をすると聞くと、一瞬ぎょっとするが、正面から誠実に論じることで、「水は連帯の土台」というメッセージにまで昇華された。
陛下の「現場主義」もお言葉に説得力を与えている。ブラジルでの講演では、前日に36年前に視察した荒れ地改良事業の現場を再訪された。完成済みの原稿に手を入れ、前日に撮影した画像を示しながら、「この地を豊かな農業地帯に変えようとするたゆまぬ努力に触れた」と述べられた。講演後の拍手は1分間も続いた。
マレーシアで地下排水施設を視察された時、現場職員は「こんな所に来るのか」と驚きつつも、「仕事に誇りを感じる」と喜んでいた。口先ではなく行動する陛下の後ろ姿は、解決が簡単ではない水問題に向き合う人々の励みになっている。(談)
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