Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/932f42dc62ed777bdd3f810503b473beaf538b97
24時間営業、年中無休、メニューは300種類。「大宮ナポリタン」発祥の地として知られ、50年以上もの間、埼玉の人たちに愛される喫茶店がある。その名は「伯爵邸」。NHKドキュメント72時間「なぜか大宮 喫茶店は待っている」で取り上げられたこともある。 【写真】この記事の写真を見る(10枚) にぎわう繁華街の裏に位置する店が妙に繁盛している理由をさぐるべく、オーナーの宮城正和さんに話をうかがうと、朝ドラ「ちむどんどん」の舞台である山原(やんばる)の出身だという。その沖縄文化を取り入れた営業スタイルと、時代を先取りしたパイオニア精神が見えてきた。(全2回の1回目/ 後編 に続く) ◆ ◆ ◆
ファミレスでもないのに24時間営業
埼玉県最大のターミナル駅がある大宮の喫茶店「伯爵邸」。「24時間営業」の札が窓辺に置かれている。ファミレスでもないのに24時間営業の喫茶店は珍しい。 ドアを開けると、昭和にタイムスリップしたかのような懐かしくレトロな空間が。天井はステンドグラス風、広々としたソファ席に、壁にはモナリザなどの西洋絵画がかけられている。しかし、重厚感のある都内の昭和レトロの喫茶店とはどこか雰囲気が違う。 アンティークの彫像に混じって大きなダルマが置かれていたり、高価そうな陶器のサルの首にメニューのビラを無造作にかけていたり。うまくいえないが、田舎の実家のようなごちゃごちゃ感があって妙にほっとする。 ところが、入り口の棚に置かれたガラス瓶を目にして思わず飛び上がった。胴体が直径5センチくらいある巨大なヘビがトグロを巻いて口をガッ!と開いていたからだ。ウェイターさんが笑って「それ、ハブです」と教えてくれたが、居酒屋の店先ならともかく喫茶店にハブ酒とはなんとも珍しい組み合わせだ。
「大宮ナポリタン」を注文して驚愕
案内された奥の席でメニューを開く。パスタにサンドイッチ、パフェといった喫茶店らしいメニューに続いて、和食に中華、沖縄料理に……タイ料理? さらにページをめくるとウイグル、ネパール、インドと、世界の料理が次々と登場する。喫茶店にしてはずいぶん料理の種類が多くないか? 飲み物もしかり。ビールやワイン、ウイスキーや日本酒のほか、泡盛にジン、ご当地ビールやオリジナルカクテルと、アルコールのメニューも大充実である(なぜかその時ハブ酒はなかった)。 何を注文するか悩んだが、「伯爵邸」初心者としては、店の看板メニューの「大宮ナポリタン」を頼んでみることにした。写真を見ると、カイワレ大根がパスタの上に乗っており、ニラも入っているらしい。ナポリタンには珍しい組み合わせだが、きっとこの辺りで採れる野菜なのだろう。そのほか、玉ねぎ、マッシュルーム、豚肉、そして……えっ、イカ!? なんで魚介? 大宮、海ないのに? 待つこと10分。運ばれてきた「大宮ナポリタン」を見て驚愕。通常の店の2倍はあろうかという盛りの良さに、もはやイカの謎が吹き飛ぶ。店の人に確認すると、これが普通の量なのだという。麺はモチモチ、具材もたっぷり、ニラの香りにイカの食感を楽しみつつ、カイワレの苦味もいいアクセントになる。食べきれるか心配であったが、穏やかな味付けで最後まで飽きることなくいただけた。
大宮の男女に愛される不思議な喫茶店
改めて店内を見渡すと、50席ほどの客席はほぼ満席である。若者がやや多いが、常連っぽい年配客や家族連れなど幅広い世代が店を埋めている。 ランチタイムを過ぎてもお客さんが途切れないため、早々に席を立ったが、これほど埼玉の男女に愛される不思議な喫茶店「伯爵邸」とは何であろうか。どうしてこんなにメニューが多くて、年中無休・24時間営業で、大宮を名乗るパスタにイカが入っていて、ハブ酒まで仕込んでいるのか? 後日、その謎を解き明かすべく、「伯爵邸」のオーナーに取材を申し込んだ。 「伯爵邸」のオーナーの名は、宮城正和さん。約束の時間を少し過ぎて、恰幅のいい年配の男性が現れた。常連客と思わしき家族連れと挨拶を交わしながら、我々の待つ奥の席まで来てくれた。 ――きょうはよろしくお願いします。宮城さんは大宮のご出身ですか? 宮城さん いいえ。出身は今、放送しているNHKの朝ドラ「ちむどんどん」の 舞台になっている山原(やんばる)です。沖縄の北部ですね。昭和24年生まれで、22歳の時から埼玉で暮らしています。「伯爵邸」を大宮に開店したのは24歳の時ですから……もう半世紀も経ちますね。 ――沖縄だったんですね。店の入り口にハブ酒が置いてあるわけが分かりました。 ええ。あれは、平成24年にすごい腕を持つ沖縄のハブ捕り名人に頼んで、2メートルの大きなハブをつかまえてもらったんです。だから、まだ10年しか経ってない。ハブ酒がおいしくなるには15年かかります。 ――なるほど。あと、数年経ったら、メニューに載るかもしれない? そうですね。その頃にはたぶん、おいしいハブ酒ができているでしょう。 ――お酒の種類も驚くほど多いのですが、今、すべてのメニューはどのくらいあるのでしょうか? 300種類です。 ――300! 喫茶店とは思えない、すごい数ですね。開店からだんだん増えていったのでしょうか? もともとオープン当初から200種類はありました。普通の喫茶店ではサンドイッチくらいしか出さないけれど、それでは他の店と差別化できない。そこで、沖縄にある洋食喫茶とアメリカのバーを合わせたような何でも食べられる店にしたかったんです。洋食だけじゃなくて、誰が来ても何でも食べられるように、当初から和食も中華も故郷の沖縄料理も加えました。
ゴーヤを出して「何だ、この料理は!」
――当時も……今もですが、喫茶店では珍しいですね。 だから、昔はよくお客さんから「ここは何屋さんですか?」と聞かれましたよ。特に沖縄料理は同じ日本でも食材が違うから、せっかくメニューに載せてもなかなか注文が来ない。昭和40年代、埼玉の人はゴーヤなんて知らないでしょ。でも、まれに注文してくれるお客さんがいる。でも勇気を出して頼んだら苦い。「何だ、この料理は!」って、文句を言う人もいました(笑)。 ――今でこそゴーヤチャンプルーは全国で知られていますが、当時はゴーヤという野菜自体が珍しかったんですね。 そうです。でも、私は自分の故郷の料理を広めたい一心で、そのお客さんに「1回、おいしくなくても、とりあえずあと3回、食べてみてくれ。それでも気に入らなかったら、お金は返すから」って。慣れさえすれば美味しいし、健康にもいい。そうやってコツコツと沖縄料理を広めていったんです。 ――半世紀前から「伯爵邸」は、ゴーヤチャンプルーの普及に一役、買っていたんですね。沖縄料理のほかに、世界各国の料理もありますが、どうしてメニューに加えたのでしょうか。 沖縄には「文化は海からやってくる」という思想があるのを知っていますか。中国や韓国、東南アジアなどと地理的に近く、昔から交流があった。そうした国々の文化を取り入れてアレンジして沖縄文化は発展していったんです。 ――なるほど。だから、いろいろな国や地域の料理を取り入れているんですね。 ええ、実は開店からちょうど10年経ったとき、フランスやイタリアの人を雇ったんです。というのも、この近くに英語教室があって、そこの先生たちがよく食べにきてくれていたので、それなら洋食ももっと充実させようと。でも本場の味のまま出すわけじゃない。日本の人も食べやすいよう、日本風にアレンジして出しています。
それからはインド、ネパール、中国、ウイグル自治区の人、何年か前はウクライナの人も働いていました。たくさん注文がくるわけじゃないけど、世代や国籍が違う人同士で来ても、何時に来ても、何か食べたいものがあるって、いいでしょう? ――そうですね。まだファミレスがどこにでもある時代ではなかったと思うのですが、24時間、年中無休にしたのも最初からですか? そうですよ。当時、都内でもファミレスはほとんどなくて、24時間営業は大宮ではうちが初めてだったんじゃないかな。最初にここの物件を見た時、周辺を歩いたら、すぐそばにスーパーやデパート、さらにキャバレーもあった。あと学生も多くて若い人がとても多かったんです。 それなら、24時間、誰か寄ってくれるだろうと。デパートに買い物に来るお客さんやそこで働く人たちがモーニングやランチを頼んでくれるだろうし、キャバレーがあるなら夕方の出勤前の同伴や閉店後の夜、遅い時間に寄ってくれるかもしれない。 当時の学生さんは今よりも元気があって、よく仲間と飲んで騒いでいました。だから夜はアルコールも売れるだろうと手頃な値段でお酒のメニューを充実させたんです。深夜になると、今度は終電を逃した学生やサラリーマンがコーヒー1杯で始発まで寝ていたし、卒業式近くになると論文書きで朝までねばる学生も多かったですね。
普通のお店の倍の量を出す理由
――お金のない学生にはありがたい存在ですが、経営的には大変ではないですか。 まあ、そうなんですけど(笑)。でも、お腹をすかせた学生や若いお客さんが来るから、うちはどれも盛りを多くしています。量が多いのは沖縄式のおもてなし文化なんです。だって、わざわざこの店まで足を運んでくれたんだから、おいしいものでお腹いっぱいにして帰ってほしいでしょ。だからジュースもお酒もグラスを大きくして、普通のお店の倍の量を出しています。混んでいる時もあるけど、ゆっくりしていってもらいたいから。 ――なぜ半世紀もお店が繁盛しているのかが分かってきました。食事の量だけでなく、お店の内装も豪華で長居したくなりますね。 そう、せっかく来てくれたなら、“伯爵”になったつもりでくつろいでほしい。それで店の名前は「伯爵邸」にしたんです。内装はとにかく豪華に、たくさん絵画を飾って。そして海外旅行に行った時に買い付けたものや国内のアンティーク屋で見つけたものを置きました。油絵は好きですね。小さい頃は絵描きになりたかったくらいだから。 ◆ 後編は、占領下の沖縄から15歳でひとり上京した「伯爵邸」オーナーの知られざる奮闘と経営哲学をお送りします。 写真=末永裕樹/文藝春秋 「埼玉の人はなぜか他県のものをありがたがる」沖縄出身オーナーが大宮で喫茶店を続ける理由〈ちむどんどん最終回〉 へ続く
白石 あづさ
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