Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2747d94fee15a8cf5039e8515fd2e6eb44fdae13
<死んだ出稼ぎ労働者たち...祖国に残された妻は、夫の代わりに借金を背負い、社会で居場所を失う>
異例の秋冬開催となった2022年サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会。その決勝戦は世界中の2人に1人が観戦したとされる。だがシルミタ・パシは見なかった。 【動画】日雇い労働者の生活環境──部屋には無数のハエ・ゴキブリ 夫のラムサガルがカタールへ向かったのは2年前のことだ。ネパール西部の貧しい農村地帯では、若くて元気な男にふさわしい働き口はめったにない。だからW杯のスタジアム建設現場で働くことにし、出国前には妻に2つの約束をした。帰ってきたら干し草と泥で固めた昔ながらの家を建て替える、そして子供2人を良い学校に行かせると。 ところが夫は半年ほど前、棺に納められて帰国した。英紙ガーディアンによれば、W杯の開催が決まった10年12月以降、カタール国内で炎天下に長時間労働を強いられて死亡し、死亡時の状況が明らかにされていない南アジア出身の出稼ぎ労働者は推定で6500人もいる。 たいていの場合、死亡証明書の死因欄には自然死、原因不明、心停止、呼吸停止などと記されている。だが専門家に言わせると、心停止や呼吸停止は結果であり、遺族が知りたいのはその原因だ。 32歳だったラムサガルの死因は心臓麻痺とされていた。いざ自宅に遺体が運ばれてきたとき、シルミタはとても信じられなかった。「夫はまだ若く、すごく元気だった」と彼女は言う。亡夫の遺した5000ドル以上の借金は、彼女が引き継いで返すしかない。 今回のカタール大会では、その運営に関して人権団体やLGBTQの人たちによる抗議が目立ち、近年まれに見る物議を醸した。それでもFIFA(国際サッカー連盟)によればテレビなどによる視聴者数は史上最多で、次はオリンピックだとカタール政府は息巻いている。その一方で、夫に先立たれたシルミタのような女性は人生を狂わされ、途方に暮れている。 ネパールやバングラデシュ、インドなど、南アジア諸国の夫を亡くした女性は、社会学で言う「三重苦」にあえいでいる。生前は夫も分担していた育児と家事を1人でこなしながら、一家の大黒柱として稼がなければならない。しかも寡婦ということが社会的な恥とされ、誰にも助けてもらえず、夫の親族からは白い目で見られる。寡婦が移民なら、配偶者の公的な死亡証明書を入手するのも一苦労だ。 それだけではない。最大の頭痛の種は借金だ。国外へ出稼ぎに行く男性の多くは、渡航費用などで多額の資金を高利貸しから借りている。夫が死ねば、その債務は妻に引き継がれる。結果、今度のW杯では南アジア全体で何千人もの女性が巨額の債務を負う身となった。 「手の打ちようがない」とシルミタは言う。「働いて、食べ物を手に入れ、子供たちを育てるだけでも大変なのに」
補償金は「FIFAに払わせろ」
<公的な補償はわずか> ネパールでは、出稼ぎ労働者が死ぬと遺族に約5000ドルの補償が出る。ただし人権団体などによると、これくらいでは渡航に際して生じた借金を返すのがやっとだ。 どこの国も予算は限られている。バングラデシュでは政府が約6000ドルを支給する。インドの場合、出稼ぎ労働者の多いケララ州などには同等の補償制度がある。ネパールの場合は、労働者自身が出国前に約30ドルを払って死亡保険に加入する仕組みだ。 国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチは労働組合や支援団体を巻き込んで、#PayUpFIFA(FIFAに払わせろ)のキャンペーンを展開している。FIFAとカタール政府に対し、搾取され障害を負った労働者や遺族への補償として総額4億4000万ドルの拠出を求める運動だ。 カタール政府の公式見解では、W杯関連で死亡した労働者は400~500人。ただし国内の出稼ぎ労働者は200万人(就労人口の約95%)もいるから、決して異常に多くはないという。 しかし支援者に言わせると、出稼ぎ労働者の大半は若くて元気な男たちであり、しかもカタール政府の発表には「死因不明」とされる数千人分が含まれていない。 「医療体制が万全であれば、死因不明は1%未満のはず」だと、アムネスティで出稼ぎ労働者の実態を調査しているエラ・ナイトは言う。「バングラデシュから得た資料によると、カタールでの死亡者の7割には死因の説明がない」 このキャンペーンが掲げる4億4000万ドルという金額は、W杯の賞金総額と一致する。ちなみにFIFAは対話の継続に応じるとしているが、カタール政府は「ただの宣伝」と一笑に付している。 大会が始まってからも、FIFAの設けた練習会場でフィリピン人労働者1人が修理作業中に転落死する事故があった。このときはコメントが出たが、およそ活動家たちの期待に沿うものではなかった。大会組織委員会のナセル・アル・ハテルCEOは言ったものだ。「人が死ぬのは自然なこと。仕事中でも、寝ている間でも同じだ」 #PayUpFIFAに参加する団体「エクィデム」のインド担当ディレクター、ナマラタ・ラジュによれば、支援を集める上で大きな障害になっているのは、カタール政府もFIFAも、世界中のほとんどの国と金銭上のつながりがあることだ。 「これは良心の危機だ」とラジュは言う。「世界的な労働問題だ。どうしてこんなひどい労働市場が今の時代に存在できるのか? どの国も、どの企業も、現代の奴隷制を当たり前のように受け入れるのか? 世界中のサッカーファンが自分自身に問うべき問題だ。こんなふうに成立した大会を見て平気なのか?」
死亡補償金さえ得られない
<義理の親に支配されて> シルミタ・パシはネパールの公教育制度を信用せず、カタールで働く夫ラムサガルの収入を当てにして、2人の子供を私立校に入学させていた。だが4月に始まる新しい学年の学費はもう払えない。子供たちは学校をやめざるを得ないと、シルミタは言う。 研究者によれば、カタールで夫を亡くした多くの女性が経済的に困窮しており、その弱みに付け込む高利貸しの餌食になっている。ローザンヌ大学(スイス)でネパール人出稼ぎ労働者の家族を研究しているレク・ナス・パウデルによると、小口融資の高利貸しは女性たちに、夫が国外で死亡したら全てを失ってしまうからと言って、夫からの仕送りを自社と関係の深い小規模農場などのプロジェクトに投資するよう促している、という。 「出稼ぎ労働者の死や負傷への恐怖が恐喝の道具として利用されている」とパウデルは言う。「約束された豊かな暮らしをもたらすどころか、仕送りの金が怪しげな事業に投資され、うまくいかないことが多いため、さらに負債を抱え込む。これがまた新たな出稼ぎの引き金になる」 夫を失うということは、大切な味方を失うことでもある。南アジアの女性、特に湾岸諸国への出稼ぎ労働者の妻のような貧しい女性は、たいてい夫の家族と暮らしている。夫が死ねば、土地や資産、そして死亡補償金をめぐって義理の親との争いが起きるが、嫁にはほとんど力がない。 「ほとんどの寡婦は、夫の両親の意向に従わない限り、夫の遺産に関する権利を一切認められない」。カタールに渡って食品配達員として働いていた夫を失ったサンジュ・ジャイスワルはそう言った。「これが現実なの」 ネパール国家人権委員会のモーマ・アンサリ元委員によれば、問題がとりわけ深刻なのはインドと国境を接する南部のマデシ州だ。面積は最小だが人口は国内で最も多く、総人口およそ3040万人のうち約610万人が暮らす。 この地域の出稼ぎ労働者の寡婦の多くは、国境の向こうのインドの出身だ。アンサリによると、彼女たちは国籍や婚姻の事実を証明する書類を持たないことが多い。義理の親が嫁に対する影響力を維持するために、こうした書類の登録をわざと避けているからだという。 「法的な書類ができたら、嫁は金や財産を握って逃げ出すに決まっていると、義理の親は思っている」とアンサリは言う。「嫁は完全な家族の一員になれない」わけで、そのような状況だと「死亡補償金が妻の手に渡ることもあり得ない」と彼女は言う。
残された「年利36%」の多額負債
<妻が背負う多額の負債> マデシ州に住む寡婦でインド出身のルビ・カトゥンは、ネパール人男性と13年前から結婚していたにもかかわらず、いまだにネパール国籍を取得していない。彼女の夫はいつも国外で働いていて、法的な手続きをする時間もなかった。2年前、夫(当時30歳)はカタールで腎臓病を発症し、帰国後に死亡している。 「夫の死後、私は首都カトマンズに行き、政府の外国人雇用委員会に補償を求めた」とカトゥンは言う。「でも私には国籍がないから、補償は一銭も出ないと言われた」 何の収穫もなかったが、カトマンズへの旅には5万ルピー(約384ドル)もかかった。2人の子供を育てながらホテルの清掃員として働くカトゥンにとって、月収の6倍以上に当たる金額だ。 #PayUpFIFAキャンペーンの掲げる4億4000万ドルはシンボリックな金額だが、その一部でも出れば、借金まみれの寡婦の生活をかなりの程度まで助けることができるはずだ。 シルミタの場合、夫はもともと、カタールでの仕事を斡旋する仲介人に払うために約1400ドルを借りていた。だが最初の仕事はうまくいかず、次の仕事を探すために借金を重ねた。 しかも利息は年利36%。気が付けば借金は5000ドル以上に膨らんでいた。他人の農場で日雇いで働き、1日3~4ドル程度の収入しかないシルミタに、そんな借金を返せるわけがない。 「夫は地元の貸金業者から借りていた」と彼女は言う。「利息はどんどん増えていく。貸金業者は何度も家にやって来て、金を返せという。でも、食べ物を手に入れることさえままならないのに、どうやったら返せる? なのに誰も助けてくれない」 From Foreign Policy Magazine
マヘル・サッタル(報道NPO「フラー・プロジェクト」シニアエディター)、バードラ・シャルマ(ネパールのジャーナリスト)
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