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入管の収容施設には、長期にわたる拘束で体調を崩している外国人収容者が少なくない。心身の不調を訴えても、まず詐病を疑う入管の対応によって適切な医療を受けられず、病状を悪化させている。 【画像】ネパール男性が描いた介護施設の様子 長崎県の大村入国管理センター(大村入管)に収容されていたネパール人男性Aさんもこの例に当たる。2019年の春、フリータイムの運動中、ケガをした彼は、外部の病院で左大腿骨頭壊死症と診断された。それにもかかわらず、適切な医療を受けられず、1年間、寝たきりの状態が続いている。 収容当初からAさんに面会してきた長崎インターナショナル教会の柚之原寛史牧師は、普通に歩くことができたAさんが寝たきりになるまでの経緯を知る支援者の一人だ。 彼はどのような状況に置かれているのか。弁護団や支援者とともに、Aさんの在留資格を求めて奔走している柚之原さんに聞いた。(取材・文/塚田恭子) ●松葉杖から車椅子、そして寝たきりに Aさんは2019年8月、外部の病院で左大腿骨頭壊死症と診断された。だが、その後も治療を受けることができず、松葉杖から車椅子、そして寝たきりとなった。2021年12月には面会にもストレッチャーで現れるほど、状態が悪化してしまった。 2022年1月、長崎出身の国会議員や支援者らが大村入管に申し入れをおこない、「大村に第二のウィシュマさんになりかねない収容者がいる」などと報道されたあと、大村入管はリハビリをおこなうとして、1月29日にAさんを大村市内の老人介護施設に移した。 「コロナ禍、感染リスクを避けるためという理由で、私たち支援者はAさんに面会できなくなりましたが、4月15日にはネット署名も合わせて2万5000人分の署名を法務省に提出し、彼の在留特別許可(在特)を求める再審情願をしました」(柚之原さん) ●長崎市内の総合病院で2週間、検査入院した 施設に移ったAさんは、入管から貸与された携帯電話で、弁護士や柚之原さんをはじめ、許可された一部の人とだけ連絡をとることができた。この10カ月余り、彼はどのような状況にいたのか。 Aさんは今年5月10日から2週間、長崎市内の総合病院に検査入院している。以下は、柚之原さんがAさんから電話で聞いた話だ。 5月13日 ・2人の整形外科医は大腿骨頭壊死症の手術は可能だと言った。X医師は、手術をするなら9月頃、患部に金属を入れる手術となる。術後、金属がずれると痛みが生じることもあり、その場合、緊急に対応する必要があると、具体的な話をしてくれた。 ・入管職員は「もし手術をしても、あなたは帰国しなければならない」と言い、ものすごいプレッシャーを感じた。 ・これは昨日、検査をした後の話で、病院は手術を決めたようだ。 5月17日 ・理由はわからないけれど、整形外科医が手術をする方向です、と言わなくなった。 ・入院から今日まで1週間で3回、荷物検査をされた。歩けないし、ものなど取らないのに、なぜ泥棒扱いされるのか。病院の人からも犯罪者に見られているのではないかとプレッシャーを感じる。嫌がらせにしか思えない。 ・病室にいるとき、廊下で入管職員が病院関係者に『国は絶対、裁判に負けない』というような話をしているのが聞こえた。 柚之原さんによると、大村入管では、3カ月に一度、収容者の荷物検査がおこなわれているという。だが、職員は1週間でAさんの荷物を3度も検査している。 「過剰なのは荷物検査だけではありません。これはAさんに限りませんが、収容者は外部の病院に行く際、手錠をされて、複数の職員が同行します。こうした状況に物々しさを感じる病院関係者やほかの患者が自分たちに向ける視線に、多くの人が傷ついています。 このように直接、厳しいことを口にしなくても、しぐさや目つきで収容者にプレッシャーをかける人はいます。いずれにしても、病院内で入管職員が裁判の行方を病院関係者に話すのは、おかしなことではないでしょうか」 ●「整形外科医と会わせてもらえないことが悔しかった」 5月19日から24日までの電話内容は次のような内容だった。 5月19日 ・内科の医師から「膀胱は回復傾向にある。尿道につけている管を外すことができそう」と言われる。嬉しかった。 5月20日 ・おしっこの管は取ることができた。嬉しい。 ・今日はMRIの検査があった。少し身体を傾けただけで、股関節と背骨がすごく痛かった。 5月23日 ・内科のいちばん上のZ医師から退院前の説明があった。「手術はしない。手術をしたらもっと大変になる。今、手術して金属を入れても、10年後に入れても同じだから、10年後にやったほうがいい」と言われた。Z医師もX医師も、初めは手術すると言ってくれていたのでショックだった。なぜ手術をしなくなったのかと聞くと、「ノーコメント」と言われた。 ・手術をしたらよくなるといった整形外科医と話したいというと、「彼は1週間いない」と言われた。 結局、整形外科医と話すことができないまま、5月24日にAさんは介護施設に戻った。 5月24日 ・2週間の入院・検査はきつかったけど、がんばった。みなさんのおかげで施設に戻ることができて、感謝している。 ・僕は壊死した部分の痛みがなくなれば、松葉杖で歩けるようになると思う。整形外科医は「手術はできる」と言ったのに、内科医は「できない」という。整形外科医と会わせてもらえないことがとても悔しかった。 ●入管と医師のあいだでやりとりされるブラックコンタクト Aさんの2週間の入院中、検査状況や医師とのやりとりについて、2日に一度、Aさんと電話で聞き取って状況を確認していた柚之原さんはこう話す。 「Aさんへのていねいな説明からも、当初、整形外科医も内科医も、手術をする方向で考えていたことがわかります。ところが、内科医が『入管の医師に電話で確認します』といったあと、病院側の態度は変わりました。 これは入管の医師が、手術をするという病院の決定を覆したということです。入管と入管の医師さらには外部の病院、この三者の間にブラックコンタクトがあったことは明らかです」 入管職員と入管内の医師、そして外部病院の医師。三者の間には収容者や支援者に決して開示されないやりとりがある。この闇の中のやりとりを、柚之原さんはブラックコンタクトと表現する。 「入管内でも外部の病院でも、診察の前後には、かならず職員が医師に話をしますが、その内容は本人に知らされません。医師の判断が覆されたのは、入管というブラックボックスの中で、ブラックコンタクトがおこなわれているからです。 Aさんの場合、入管の医師は20代、50代、70代、そして今は50代の医師が診ていますが、4人中3人が、『帰国すべきだ』と言っています。70代の医師は『この手術を80歳の人が受ければ、9カ月から1年後に亡くなる人が多い。あなたも死ぬかもしれない』と伝えています。Aさんだけでなく多くの収容者が、こうした不適切な発言をされています。 医師は患者にこうした恐怖心を植えつける発言をするべきではありませんが、外部の病院や入管の医師は入管側から『彼らはいつ送還されるかわからない人』だと念を押されています。そのため、医師たちには、国が強制送還を命じている人を積極的に診療しても仕方ない、というバイアスがかかるのではないでしょうか」 一度は管を外せたように、排尿障害については検査入院時には改善傾向にあった。だが、その後、積極的な治療がなかったために症状が悪化。8月の時点で、Aさんは医師から一生、尿道カテーテルを挿入したままになるという宣告を受けてしまう。 「それまでは調子を見ながら管を出したり入れたりして、薬で調整していたものの、8月18日に尿道カテーテルを挿入した際、Aさんは外部の病院の医師から『一生(管を)外せない状況になるだろう』と言われました。彼にとって屈辱的なことだったと思います」 ●手術とリハビリ費用は数千万円が見込まれている 柚之原さんは8月、入管庁から、Aさんの在特(在留特別許可)の検討に入っていると連絡を受けた。9月中旬には在特が出て、福岡の病院に移ることができるだろう、という段階で問題となったのが医療費だった。 「私たちはAさんに、在特の中でも定住者ビザが出ることを望んでいました。ところが直前になって、彼の在留資格は医療限定の特定活動(医療特活)らしいとわかったんです。 定住者ビザが出れば、生活保護が受けられますが、医療特活では国民健康保険(国保)になるため、医療費は3割負担になってしまう、当初はそう考えていたんです。 Aさんの場合、整形外科の手術は複数回になり、手術の前後に半年から1年ほどのリハビリが必要です。このため手術とリハビリ費用は、大袈裟ではなく数千万円が見込まれます。 病院の入退院を繰り返す長期スパンの治療をしても、一生、障がいを抱える可能性もあります。支援者が寄付を呼びかけて、1回の手術費用は集められたとしても、それ以上のことは私たちの手に余ります。 病院からも、定住者ビザが出なければ、受け入れは難しいと言われ、この話は流れてしまいました」 ●監視カメラで排泄まで撮影されていた 在留資格を得て退院、治療に入るという話が流れたあと、Aさんは11月中旬、長崎市内のペインクリニックで診療を受けている。 「本人が診療日を知らせてくれたので、私は遠くからでもいいからとにかくAさんの様子をこの目で見ようと、当日、介護施設の駐車場で待っていました。 駐車場では2台の車で入管職員が待機していたのですが、そのとき彼らが車中のパソコンのモニターで、Aさんの部屋に設置したカメラで彼を監視していること、映像だけでなく音声もとられていることがわかりました。 寝たきりのAさんは、カメラで自分が排泄しているところも撮影されていると知り、大変なプレッシャーを受けています。常に誰かが見ているかもしれないとなれば、出るものも出ません。入管はこうしたことを女性や子どもにもするのでしょうか。自分に置き換えて考えれば、その精神的苦痛を想像できるでしょう。 これは国連が言う『心理的虐待』『精神的な拷問』に当たる極めて重要な問題なので、私は厚生労働省に2度、文書で通報しました」 だが、柚之原さんの通報に対して、厚生労働省から現在まで返事はないという。 こうした状況を知り、柚之原さんはAさんに自身の状況をスケッチするよう依頼した。 「私はAさんにボードやスケッチブック、ペンを差し入れして、ゆっくりでいいから室内の空間を描いてくださいと頼みました。彼は寝たままの体勢なので、時間はかかりましたが、ていねいに絵を描いてくれたことで、室内の状況が明らかになりました」 柚之原さんだけでなく、多くの支援者は、収容者に記録の大切さを伝えている。密室の中で、職員が自分にどんな態度を取り、何を言い、何をしたか、あるいはしなかったか。記録は、彼らにとって、自分を守るために不可欠なのだ。 ●10カ月ぶりの面会、人間らしい言葉のやりとりに喜び 老人介護施設に移って以降、Aさんは誰とも会うことができなかった。「入管内でおこなわれている礼拝に参加したい。支援者と面会したい」。彼の希望を聞いた柚之原さんは要望書を提出。入管が許可したことで、11月29日、10カ月ぶりの礼拝参加と面会が実現した。 「礼拝は宗教を問わず、誰にでも参加してもらっています。Aさんはストレッチャーに載ったまま、介護タクシーで大村入管まで連れられてきて、参加しました。その後、入管職員が『面会もしますか?』と声をかけてくれて、5分ほどAさんと話すことができました。 顔は土気色で、足は半分ほどにやせ細り、白くなり、左足は動かず、尿道カテーテルをつけた、寝たきりの状態でしたが、対面で、人間らしい言葉のやりとりをできたことをとても喜んでいました」 弁護団と、柚之原さんをはじめとする教会関係者を中心としたグループは、定期的な支援者会議を続けた。 「今後の支援については、定住者ビザが出る・出ない、2つのパターンで検討しました。これまでの経緯から、定住者ビザは難しいだろうけれど、医療特活でも受け入れてくれる病院が見つかったのだから、『在特カードを待とう』というのがグループのみなさんのスタンスでした。 でも、長期的な治療になることは間違いなく、Aさんに今後も障がいが続く可能性なども考えると、定住者ビザか、医療特活かで、医療費はまるで違います。Aさんも、これ以上、支援者に負担をかけたくないと、定住者ビザを望んでいました」 ●在留資格「医療特活」では、国民健康保険は出ないと言われ・・・ 12月22日、Aさんに在留特別許可が下りた。入管庁が出したのは、支援者が期待していた定住者ビザではなく、医療特活だった。介護施設から大村入管に移送されたAさんは、在留カードを得たのち、福岡県内の病院へと向かったが、このとき思わぬことが判明した。 「支援者がAさんの国民健康保険(国保)を申請するため、すぐに自治体に行きましたが、担当者から『国保は出せません』と言われました。在留資格が出たとはいえ、国保が下りなければ、医療費が全額かかる仮放免と変わりません。 これまで入管庁の担当者とは、十数回、電話で話し合う機会があり、信頼を寄せていた部分もありましたが、ふたを開けると、この医療特活では国保も取れないことがわかったのです。完全に騙された、という思いです。3割どころか、10割の負担をどうすればいいのか。体が震えます」 現状では向こう3カ月間、福岡の病院がAさんを受け入れてくれることになっている。まずは座位が取れるように、そのあと徐々に筋肉をつけて立つこと、歩くことができるようにリハビリに取り組む。手術を検討できるのは、そのあとのことだが、それ以前に、今、在留資格の問題が支援者に重くのしかかっている。 「予想していたとはいえ、定住者ビザがおりず、そればかりか国保も取得できない中で、長期にわたる経済支援をどうするか。私たち支援者は教会をはじめ各団体でカンパを募り始めています。クラウドファンディングも立ち上げる予定で、メディアを通じて広く支援を呼びかけていきます」 支援者に丸投げされた今、Aさんへの医療支援、経済支援は不可欠といえる。だが同時に、医療放置の末、元気だった1人の人間の健康と尊厳を奪った入管の責任を問い、制度が変わらなければ、入管によって心身の健康を奪われる人は今後もあとを絶たないだろう。 現在、Aさんは国賠訴訟を提起している。次回の裁判は、2023年1月30日16時から、長崎地裁で開かれる。 【プロフィール】ゆのはら・ひろし/1968年千葉県生まれ。長崎インターナショナル教会牧師。2005年から大村入管の収容者への面会活動を始め、現在も週に1回、収容者と面会を続け、難民支援・入管問題に取り組んでいる。佐賀県太良町在住。
弁護士ドットコムニュース編集部
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