Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/57ef57487a0416a2bc95a41a44449bc914f47b54
いよいよ、4年に1度のサッカーの祭典、FIFAワールドカップ(W杯)・カタール大会が11月20日に開幕する。カタールの首都ドーハといえば、1993年のW杯最終予選「ドーハの悲劇」で日本人にはなじみ深い。あれから30年近くが経つというのに、当時の試合を今でも覚えている人は多いだろう。だが、ドーハの街並みや、そこに暮らす人々の姿はなかなか思い浮かばないのではないだろうか。ネットの情報では「世界一退屈な国」などと書かれることもあるが、実際はどうなのか。知られざるカタールの実像について、知多市カタール友好交流会(愛知県)の仁藤(にとう)裕二会長に聞いた。 【写真】カタールってどんな国? オイルマネーと伝統が交差する街並みはこちら(計11枚)
* * * 「礼儀正しくて、非常に親日的ですね」 カタール人とは、どんな人たちなのか? 仁藤さんに尋ねると、真っ先にそう返ってきた。 「かつて砂漠の遊牧民(ベドウィン)であった彼らの家族のきずなは深く、旅人にやさしい、というのが私の一番の印象です」と言い、カタールの思い出を語った。 仁藤さんは石油企業・出光興産の元社員で、同社の製油所がある愛知県知多市に住んでいる。現在70歳の仁藤さんは会社員時代、経済産業省の外郭団体で産油国からの研修生受け入れ事業を担当し、カタール人研修生と友情を育んだ。 一方、知多市は「2005年日本国際博覧会(略称:愛知万博)」が開催された際、公式参加国とペアとなる「フレンドシップ事業」を通じてカタールとのきずなを深め、07年に「知多市カタール友好交流会」が設立された。その会長が仁藤さんというわけだ。 冷房完備の競技場を新設 カタールは中東・ペルシャ湾に突き出た小さな半島の国である。 「昔はカタールに行くのにUAE(アラブ首長国連邦)のドバイなどを経由しましたが、今はカタール航空の直行便で約12時間です。夏の気温は50度近くなるので、会のメンバーはいつも2月ごろカタールを訪れます。日本の春くらいの気候で過ごしやすい。ちなみに、雨はほとんど降りません」 国土のほとんどが平たんな砂漠で、一番高いところでも標高約100メートルしかない。面積は秋田県ほどだが、原油と天然ガスを豊富に産出する。
日本とカタールは、それらエネルギー面での結びつきが強い。カタール産原油は総輸入量の9.1%を占め(22年9月)、UAE、サウジアラビアに次ぐ第3位である。液化天然ガス(LNG)は12.1%(21年)で、オーストラリア、マレーシアに次ぐ量を輸入している。 カタールは原油とLNGの輸出によって飛躍的な経済成長を遂げてきた。 「旧市街地の周囲には斬新なデザインの高層ビルがどんどん建っています。特に近年はW杯開催を目指して、建設ラッシュという感じです。冷房設備のあるサッカー競技場を七つも新設しました。地下鉄『ドーハメトロ』も開業しました」 潤沢なオイルマネーは生活にも浸透している。医療費は無料で、社会保障も充実している。 一方、懸念もあるようだ。 「15年ほど前、カタール石油の人事担当者と会ったとき、『金持ちになりすぎると、若者が働かない』と、心配する雰囲気が感じられました。そんなこともあって、教育にはかなり力を入れています」 優秀な人材を育成するため、アメリカのカーネギーメロン大学やジョージタウン大学といった世界的に著名な大学を10校以上も誘致し、しかも、授業料は政府の全額補助が受けられる。 「幼稚園から大学まで無料です」 そう仁藤さんは言うと、一拍おき、こう続けた。「カタール人は、ね」。 “王国”だが独裁的ではない 実はカタールの人口約280万人(20年)のうち、約9割が外国人労働者だ。ドーハ中心部にそびえる高層ビルやサッカー競技場は、彼らの力によって建てられたものだ。 「インド、フィリピン、ネパール、パキスタン、バングラデシュ……こういった国から出稼ぎに大勢来ています」 だが、W杯の開幕を目前に控え、その外国人労働者に対する人権問題も耳目を集めている。大会出場国からも待遇改善を求める動きが相次ぎ、デンマークの選手たちは抗議の一環として家族を伴わずに大会に参加することを発表している。W杯開催が、今後こういった側面に変化をもたらすことになるのかも注目される。 外国人とカタール人は服装が違うので、遠目にもすぐにわかるという。カタール人男性は「トーブ」と呼ばれる白い民族衣装に身を包み、女性は対照的に「アバーヤ」という黒い衣装を着る。 ちなみに、車は日本車が人気で、街中でよく見かけるそうだが、「日本車は外国人労働者用が多く、私の友人はポルシェでした」。
さまざまな国からの人々で成り立つカタール。治安はどうか? 「不安を感じることはまったくありません。夜、街を歩いても大丈夫です」 そんなカタールは、首長が全権を掌握する君主制の国でもある。現在、1980年生まれのタミーム首長がこの国を治めている。 「タミーム首長は元首ですが、『国王』という言い方はしなくて、『首長』と言う。一方、サウジアラビアではサルマン氏を『国王』と呼ぶ。その違いは、アラブ世界ではサウジアラビアが本家であることに由来するようです」 カタールは71年に英国から独立してからも、代々、首長家であるサーニ家が首長を出してきた。ある意味、「独裁体制」のようにも見えるが、「雰囲気的にはそんな感じは全然ありません。まったく民主的です」。 そう言って、仁藤さんが挙げたのは衛星テレビ局「アルジャジーラ」の存在だ。 ドーハに本社を置くアルジャジーラは96年にカタール政府などが出資して設立された。その報道は一定の公平性を保ってきた。そのため、「中東のCNN」とも呼ばれる。 さらに仁藤さんは、こう説明する。 「国営のカタール石油に勤める人のほとんどがアメリカやヨーロッパの大学で学んでいます。民主的な国がいかなるものか、よく知っています。彼らと付き合っていて、独裁的な雰囲気を覚えることはありません」 砂漠は特別な場所 カタールで暮らす一般の人々の雰囲気を肌で感じられるのが、「スーク」と呼ばれる市場だ。ドーハの旧市街地にある「スークワキーフ」はカタール最大の市場で、石畳と土塀に囲まれた通路はまるで迷路のよう。 「観光客だけでなく、地元のカタール人も買い物や食事を楽しみにやってきます。衣料雑貨や日用品だけでなく、金や宝石を販売している店もある。一方、新市街地には外国資本のスーパーマーケットがたくさんあります。スケート場を併設している店もある。移動は地下鉄やバス、タクシーを利用できますが、ドーハ市街地は徒歩でも十分に楽しめます」 カタールで一番人気のある観光は砂漠ツアーで、四輪駆動車で砂漠を縦横無尽に駆け巡る。仁藤さんによると、砂漠は観光客だけでなく、カタール人にとっても特別な場所らしい。
「カタールを訪れた際、友人に頼んで砂漠クルーズに連れて行ってもらいました。会のメンバーが友人の仲間の車に分乗して砂漠を走り、キャンプを楽しみました。彼らにとっても昔の遊牧民に戻ったような感じで心地よさそうでした」 観光用のラクダもいる。カタールのラクダはヒトコブラクダだが、うまく乗れるのか? 「ラクダ引きがうまくやってくれますから大丈夫です。鳥取砂丘でラクダに乗るのと同じですよ」 食事については「カタール料理」というものはなく、近隣の国と同様に「アラビア料理」を食べることが多いという。 「主食は細長い米と、『ホブス』と呼ばれる薄いパンです。このパンにひよこ豆のペースト『ホンモス』などをつけて食べます」 一方、イスラム教の国なので、不浄とされている豚肉とその加工品は口にしない。「豚の素材でだしをとるラーメンもダメです」。 ただ、それ以外の肉は普通に食べられているそうで、「インドカレーの店もあちこちにあります」。魚料理も楽しめる。「ただ、味つけはスパイスを利かせたものが多いです」。 アラビアンコーヒーの味 変わった食べ物としてはナツメヤシの実「デーツ」がある。 「大きさは親指くらいで、干し柿のような食感と濃厚な甘みがあります。最近、日本でも売られていますが、アメリカ産などで、カタール産のデーツを見ることはほとんどないですね」 デーツは作物がほとんど育たない砂漠でとれる貴重な果実で、昔から日常的に食べられている、いわばカタール人にとってのソウルフードだ。 コーヒーは、本場の「アラビアンコーヒー」である。 「コーヒー豆にカルダモンやサフランなどの香辛料を入れて煮立て、それを小さなカップで飲みます。コーヒーというよりも、カルダモンの香りが強い飲み物です」 イスラム教の戒律によって、街中ではアルコール飲料は販売されていない。「でも、ホテルでは外国人向けに普通に注文できます」。 ネット上では、カタール全体やドーハのことを「世界一退屈な国」や「退屈な街」などと書いているものもあるが、述べてきたように多種多様な魅力にあふれている。そして、そこに暮らす人々のほとんどが外国人という実に不思議な街でもある。そんなことを思い浮かべながら現地のサッカー中継を見ると、さらに面白みが増すだろう。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)
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