Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/153b8e8bcb8f1a38f927ab6cacbb43e96fbc074c
自分の思いを言葉で伝えることは難しい。SNSなどで人と簡単につながることができるようになった分、もどかしさを感じる機会も増えた。言葉とともに歩んできたフリーアナウンサー・堀井美香さんが語る、「力のある言葉」とは。2022年12月12日号の記事を紹介する。 【写真】長男の私立小受験などについて語った堀井美香さん
* * * 27年間勤めたTBSを今年3月に退社し、フリーアナウンサーとして活躍する堀井美香さん(50)。ナレーションの名手として知られる「読みのプロ」である堀井さんの人生を動かした言葉は「読みの間(ま)は人生で埋めなさい」だという。 このメッセージはTBSの新人研修で、先輩アナウンサーの宇野淑子(よしこ)さんから授かった。最初はピンとこなかったが、年を重ねるごとに実感がわいてきたという。 「同じ文章を読んでも、その人ごとに違いが出るものだなあというのが、最近ようやくわかってきました」 例えば、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を朗読すると、堀井さんと農作業に従事してきた人、教師だった人で、その場に流れる空気や時間は全く異なる。語調や息づかい、言葉と言葉をつなぐ間、行間を読む力も、その人の世界観が全て反映される。だから、と堀井さんはこう続ける。 「トークも読みも文章も、言葉は全て、その人の何十年かの人生が集約されるものなんだと思います」 ■忘れられない音色 堀井さんには、その手本ともいえる人物の記憶がある。秋田県男鹿市で育った幼少期。母親が病気になり、一時、漁業をしている叔父の家に預けられた。漁を終えて近所の角打(かくう)ちの店に呑みに出た叔父を迎えに行くのが堀井さんの務めだった。その帰り道、ほろ酔いの叔父が店内に飾ってあった詩の一節を朗々と復唱していたのが、まさに「人生で埋められた」読みの間や言葉の艶と重なった。 「誰のどういう詩だったかは思い出せないんですが、叔父が発していた言葉の音色は今も忘れられません。普段から決して上手な語りができる人ではなかった叔父が、路地を歩く帰り道、誰もまねできない魅力ある語り手になっていました」
局アナとして番組アシスタントも務めてきた堀井さん。中でも印象深いのは、TBSラジオで2020年6月まで放送された「久米宏 ラジオなんですけど」での久米さんとの掛け合いだ。 「久米さんは安直な言葉で語らない人ですから、一体何を指しているのか、本当は何を言いたいんだろう、と聴きながら考えさせられる番組だったと思います。最後の放送のエンディングで久米さんは『よくついてきてくれました。僕はクセがある人間なんでね。聞く人もクセがあったと思いますが』とおっしゃいました。久米さんの癖についてこられた、自分の頭で考えられるリスナーが支えてくださった番組だったと思います」 アナウンサーはニュースを客観的に伝えるのがベースだ。それでも、伝えるスキルが身につけばつくほど、「自分で何かを伝えたい」という葛藤が生じるという。 「ニュース原稿の中の一言や、言葉と言葉の間の空け方で、視聴者にも気づかれないぐらい、ほんの少し色をつけたい、という欲望が出てくるんです」 忘れ難いニュース原稿がある。東京都渋谷区円山町で東京電力に勤務する女性が殺害された事件で、ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんが逮捕されたときのことだ。 「この人が犯人かもしれない、と思いながら原稿を読んでしまった記憶があります。今もすごく悔やんでいるんです」 一貫して無実を訴えたマイナリさんは、15年の拘束期間を経て、12年に再審請求が認められ無罪になった。 ■菅前首相は「間の名手」 とはいえ日常生活では、伝えたいことがうまく伝わらないことのほうが多い。「力のある言葉」は何が違うのか。 まずはイメージすることが大切だと堀井さんは言う。例えば、「高い山」と言うときは、頭の中でどれくらいの高さかイメージしてから口に出してみる。さらに一段踏み込んで、相手の言葉や文章の裏に隠された奥深い感情についても考えてみる。本当にその人が言いたいことは、言葉では言い表せていないことが多いからだ。その上で、「相手の側に立っている」と感じさせる話し方をするのが最も重要と堀井さんは唱える。 「思ったことをすぐに口にするのではなく、相手はどう受け止めるだろう、と頭の中でいったん反芻(はんすう)してから言葉にすると、より伝わると思います。その意味でもやっぱり、『間』は大切なんです」
堀井さんは最近、「間の名手」に会ったという。なんとあの菅義偉前首相だ。 「先日、ある場所で司会をさせていただいた際、生で菅さんのお話を1時間通して聞く機会があったんです。今までメディアを通して見ていた、菅さんのイメージが変わりました」 菅さんの間の取り方はプロの堀井さんをも唸らせた。 「間の取り方が普通の息づかいの間じゃない。間が長くて待ち切れなくなる、ちょうどそこで、また話し出すというのが何回も続くんです。最初はこの間、独特だなと思ったんですけど、最後には魅了されていました。同じ秋田出身で、話の音色やテンポの波長が合ったことも理由かもしれません」 聴衆が聞いて理解したところで次に進む。自分の間で勝手に話を進めない、ということだ。 「間って長くていいなって思います。その間に相手も考えるし、時間を共有したいと思えるようになる。すごく静かな何もない時間って、会話の中でとても重要だと思います」 ■生き方に軸のある人 堀井さんにとって言葉は「育てるものでありたい」という。 「言葉によって言葉を深く考えさせられる。そうやって育てていけるものだといいなと」 今の座右の銘は「諸行無常」。これはフリーランスになってからの心境を反映している。 「変化していくのも苦じゃないし、いつでも好きなように方向転換できて、ふらっと消えることもできる。会社員時代とは違う、そんな歩き方を楽しんでいます」 12月2日に三浦綾子原作の「母 小林多喜二と母セキ」の朗読会が都内で開かれる。堀井さんは小林多喜二の母セキさんの語りを、出身地の秋田県の方言で初めて披露する。 「セキさんって文字も書けないおばあちゃんで、難しいことは何一つ言わないけど、全部見抜いている人なんです。この力さえみんなに備わっていれば世界はもっとうまく回ったはず、と思えるぐらい。言葉って、かっこつけようとしなくても、軸をもって生きてきた人が簡単な言葉で話せば、ちゃんと伝わるんだなと思います」 (編集部・渡辺豪) ※AERA 2022年12月12日号
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