Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/99b6ae2ed379e61a6e7af7d6c9387a07e7da1416
世界中から集まった精鋭たちが、国の威信を背負って闘っている。晴れの舞台を建設したのは、劣悪な労働環境に身を置く外国人たちだった。彼らはどのように酷使され、命を落としていったのか。 【マンガ】外国人ドライバーが岡山県の道路で「日本やばい」と驚愕したワケ 前編記事『日本人が見落としているW杯の「深刻な闇」…カタールで起こっていた「衝撃の事態」』では、カタールワールドカップの裏で、過酷な労働により6500人もの労働者の命が失われたという事実について紹介した。本記事では、そのような悲劇が起こってしまった背景について詳しく見ていく。
現代の奴隷労働
この劣悪な労働環境の根底には、カタールの急激な経済成長がある。イスラム圏研究者の佐々木良昭氏が解説する。 「カタールは、イギリスから'71年に独立した新興国です。'90年代に本格的に天然ガスの生産と販売が軌道に乗り、急激に近代化を遂げた。その間、社会のインフラ整備や産業の発展を、ほぼ全て外国人に任せてきました。現在も総人口の9割が外国人で、カタール人は1割だけという状況です」 カタール国民は一人当たりのGDPが約6万2000ドル(日本は3万9000ドル)で、所得税なし、医療費、電気代、電話代が無料と手厚く守られている。首都・ドーハに煌びやかに輝く高層ビルも、最新鋭の設備を惜しみなく搭載したスタジアムも、この裕福なカタール国民が建設を担ったわけではない。 「あるフランスの研究者が、『カタール人はビデオゲームのような感覚で国を作っている』と話していました。実作業は外国人に任せきりで、自分の好きな場所に好きな建物を作れるのが当たり前だからです」(カタールでの在住経験を持つ立命館アジア太平洋大学教授の吉川卓郎氏)
雇用主が生殺与奪の権を握る制度
労働力を確保するため、カタールは長きにわたって「カファラ」という労働契約制度を実施してきた。これは、「スポンサー制度」とも呼ばれており、雇用主が保証人となって外国人労働者に職を提供し、ビザを発給するというものだ。 「スポンサーとなるカタール人が全ての生殺与奪の権を握っています。いくら現場が過酷でも、母国に帰ったり転職をしたりすることが許されないことも少なくないようです」(国学院大学教授の細井長氏) 悪名高きこの制度は国際的な批判を受けたため、カタール政府は'16年に廃止を発表し、'20年に転職、出国の自由を保障する新たな法律を制定した。 「余裕のある企業、雇い主はきちんと法律を守っていると思いますが、それが末端の労働者にまで行き届いているかについては疑問が残ります。また、カファラ制度の中で長く過ごしてきたカタール人たちは、労働者の保護や労災への真摯な取り組みの必要性を深く理解していない。政府の役人たちは、突然の国際的な批判の高まりに困惑しているはずです」(細井氏)
負債を抱えて働き続ける
問題はこれだけではない。労働者は出稼ぎによって家族を養うどころか、負債を抱えたまま労働を続けざるを得ないことすらあるようだ。 「カタールへ出稼ぎにくる南アジアやアフリカの人々は、本国よりも高い賃金を求めて競うようにカタールに渡ろうとします。その場合、ほぼ全員が違法ブローカー(斡旋業者)に金を払う。今度はそのブローカーがカタール人の雇用主に金を払ってやっと仕事を得ることができるのです。 中には悪徳な雇用主にパスポートを没収されたうえ、契約期間よりも早く仕事の打ち切りを伝えられて求めていた賃金が得られない労働者も少なくない。こうした人々は金も帰国の手段もないので、ビザの期限が切れても留まるしかなく、レイバーキャンプでひっそりと暮らしているようです」(ジャーナリストの安田純平氏) 低賃金で働く人々が、自費で新たに斡旋料を払えるはずもない。行き着く先は、さらに低賃金で過酷なアンダーグラウンドの労働市場だ。 「ネパールやバングラデシュの労働者は、渡航時に3000~4000ドル(約41万~54万円)の斡旋料を支払っていました。渡航費も含めると、彼らからすれば途方もない金額になります。もちろん全て借金で、返済するまで働くのをやめることは許されません。しかも、当初の契約とは違う労働を強いられたり、賃金の未払いが続いたりするケースもある。これは現代の奴隷労働です」(カタールの移民労働者を取材したピート・パティソン氏)
北朝鮮からの労働者も
末端の労働者の賃金が月給で4万円だとすれば、借金を返済するために10ヵ月以上の労働をしなければならない計算になる。一刻も早く完済し、本国へ送金するために無理な労働をする者が多いのは当然だが、今度は彼らの前に管理者が立ちはだかるという。前出の細井氏が話す。 「例えばインド人が働く建設現場には、インド人のマネージャーが多い。すると、カースト制の名残りもあって『お前はこのくらいでいいだろう』とピンハネする者も出てくる。労働者は疲弊し、死者が増えることも想像に難くありません」 これは他の国籍の労働者にとっても深刻な問題だ。 「建設現場で働いていた北朝鮮からの労働者は、3年間働いて得た賃金のうち10%ほどしか受け取っていませんでした。残りは全て朝鮮労働党39号室(北朝鮮の外貨獲得のための金正恩総書記直属機関)が吸い取っていたのです。 これはカタールの問題ではないと思うかもしれませんが、カファラ制度を廃止し、外国人の労働環境を改善すると宣言したにもかかわらず、悲惨な現状を変えることができない政府の罪は重いと言わざるを得ません」(前出・パティソン氏) 一連の問題については、ヨーロッパ諸国を中心に多くの批判が寄せられている。日本が勝利し、1次リーグで敗退したドイツもそのうちの一国だ。 「'22年9月に今大会についてドイツで取材をしたのですが、現地のメディア関係者からはプレーや選手のことについてあまり聞かれませんでした。それよりも、『カタールの人権問題について日本はどう考えているのか』と問われることが多かった。なにも答えられずに恥ずかしい思いをしました」(スポーツライターの栗原正夫氏) 世界中が熱狂の渦に包まれる一大イベントが、結果として尊い命を奪うこともある。日本代表の活躍は誇らしいが、その裏にある事実にも目を向けておきたい。 「週刊現代」2022年12月10・17日号より
週刊現代(講談社)
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