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◎前編:『ダブルブッキング、激高、たらい回し…、カタールW杯で感じた「中東の洗礼」』はこちらから ◎中編:『歓喜で「スー!」するカタール人に見た、西洋への反骨精神』はこちらから 【写真】富裕層が居住するザ・パール (元吉 烈:映像作家・フォトグラファー) 中東の観光地と言えば、まず挙がるのはドバイだろう。カタールと同様に、オイルマネーと独裁政府で繁栄を遂げたアラブ首長国連邦の中心都市だ。 ドバイは世界一高いビル、世界最大の噴水ショー、世界唯一の7ツ星ホテル、世界最大の額縁など、やたらと世界一を並べる独自すぎるスタイルで観光地として有名になった。 その一方、ドーハは「世界一退屈な観光地」と一部で揶揄されるほど、観光資源はほぼないと言ってもよい。事前にその情報を聞いた我々一行は日本戦がない3日間の間、カタールの隣国サウジアラビア、リヤドに2泊の小旅行をした。 サウジアラビアでの体験はこの文章の趣旨から外れるので割愛するが、寒すぎるスタジアムで体調を崩し、咳を発し始めていた筆者は、サウジアラビア小旅行の間に、この土地特有の乾燥と寒暖差ですっかり体調を崩してしまった(あろうことか同行した友人も私と同様な咳を発し始めた)。 リヤドからドーハへの帰路の飛行機、マスクを着用していない私が座席で咳をしていると、隣に座った白人の男性がCAにマスクを頼んでいる。 咳をしているのは私の方なので申し訳なく、その男性に詫びて「マスクは自分が付ける」と申し出た。男性は、もちろん皮肉なのだが、自分も海外を飛び回っているから感染している可能性があると言い、もう1枚自分のものもCAにお願いするという。 先にもらったマスクの袋を開けると中には2枚のマスクが入っていたので、それを1枚ずつ装着すると、しばし会話を始めた。
■ 裕福そうなビジネスマンが描く独裁政権の行く末 アイルランド出身のダレン氏はサプライ・チェーンの会社を経営しており、ドーハには今年の4月から住んでいるという。 居住しているのは主に非カタール市民の富裕層が暮らすザ・パールというエリア。ペルシャ湾に迫り出すように作られた埋め立て地にレストランやバー、ゲームセンターなどが揃う、ラスベガスやワイキキのような人工的な高級住宅街だ。 狭いエコノミー席の隣でゴホゴホしていた筆者に対して嫌悪を示すこともなく、ダレン氏はドーハでのビジネスや、カタールの現状と未来について話してくれた。 全人口の中でカタール市民が15%しかおらず、残りは移民労働者(ダレン氏のようなビジネスマンから、レストラン従業員、土木業、清掃業をする移民労働者まで幅は広い)と言われるカタールでは、一般的な市民の年収は1000万円を超える上、所得税、医療費、教育費がゼロ。 政府による結婚祝い金、住宅などの補助も手厚い上に、電気・光熱費も無料と市民にとっては利点だらけだ。 しかも、ほとんどが政府関連の仕事に就いていて実際の業務はほとんどなく、有名無実の「仕事」をしながら基本は遊んで暮らしているだけ、とダレン氏は語る。 ではなぜ、政府は市民に対してそこまで保護が手厚いのかと尋ねると、それは現政権の独裁体制を維持するためだという。 カタール市民は大して働かなくても裕福な生活が送れるのだから、現政権に対する不満があるはずもなく、だからこそ、自分たちのようなカタール市民以外のビジネスマンにとっては大きな参入余地が残っているのだという。 しかし、その一方、カタール政府主導のビジネスは悪い意味で石油漬けになっており、彼らは3世代にわたって石油以外のビジネス経験がなく、西洋各国の脱石油が進めば、この国は(アラブ首長国連邦やサウジアラビアも同様に)没落するだろう。 その時、現・独裁政権が維持できるかどうかは分からないし、国内政治は不安定になる。当然、私たちビジネスマンも不安定化する。利益が覚束なくなれば、ここから去ると言う。 この裕福そうなビジネスマンがなぜ筆者と同じエコノミークラスに座っているのかは疑問だったが、普段、接することのない生き馬の目を抜くビジネスマンのマインドの強さに目眩がする思いだった。
■ 陽気な雰囲気を作り出す移民スタッフの給料 ダレン氏が気分良くいろいろ話してくれるので、こちらもさらに知りたいことを聞いてみることにした。 筆者が気になっていたのは我々一行が滞在しているアパートメント・ホテルの清掃スタッフ、あの笑顔で対応してくれた親切すぎる彼らの給料がいくらなのかだった。 ダレン氏曰く、彼のオフィスで雇っている清掃スタッフのエージェントに支払っているのは4時間で35ドル、そのうち半分を抜かれたとして各スタッフに残るのは時給4.37ドル、もし7割抜かれていたとすれば2.62ドルだという。 しかし、清掃に従事できるインド人、パキスタン人、ネパール人、バングラデシュ人はまだマシで、スタジアムでセキュリティや誘導をしている、アフリカ系のケニヤ人、ウガンダ人、ガーナ人の時給は1ドル以下のはずだ、という。 スタジアムや地下鉄駅で陽気に「Metro This Way」の歌を歌って誘導をしてくれていたスタッフはワールドカップの雰囲気を明るく良いものにしていた。一方で、カタール市民の姿はあまり見えない。 移民スタッフが陽気なワールドカップの雰囲気を作っていたと言っても、現地参加者は誰も否定しないだろう。 しかし、彼らのようなアフリカ人系スタッフに支払われる給料は1ドル以下なのだという。移民エージェントや最初の渡航費のために借金をしてくるので、一度こちらに来てしまうと帰りたくても帰れない。 そんな奴隷状態にあると聞いてしまうと、私たちが喜んでいるワールドカップとは、サッカーとは一体なんなのか、という本質的な疑問を感じてしまう。 Metro誘導の歌を歌う移民労働者 「彼らはお金を稼ぐためにカタールに来ている。自分と同じようにね」 不正義を当然のこととしてうそぶくダレン氏のようなビジネスマンと話していると、映画に出てくるウォールストリートの悪徳ビジネスマンのようで面白いのだが、現実には、不当な労働環境に対してプロテストも起きている。
■ W杯を実現させた移民労働者の犠牲 BBCの記事によれば、8月14日にカタールで建設・工事業を営むAl Bandary International Group社の前で、少なくとも60人の労働者が7カ月の給与未払いに抗議するプロテストを行った。それに対しカタール政府は、安全保障法の違反として、プロテスト参加者の一部を逮捕、強制送還した。 ◎Qatar deports migrant workers after wage protest(https://www.bbc.com/news/world-middle-east-62645350) また、この報道と同時に、2021年2月に報じられたガーディアン紙の記事も再び脚光を浴びることになった。 記事によれば2010年のカタール・ワールドカップ開催決定以降、少なくとも6750人の移民労働者が死亡。この死者数に含まれていないフィリピン人やケニア人、2020年の死者数も含めれば、実際の数はさらに多いはずだとされる。 記事では、カタール政府が報告する死因の多くが自然死(natural death)とされているものの、これは一般的に検死を経ていない死亡を示す定義のことだ。 実際には、気温40度を超えるカタールの夏に、鉄道やスタジアムの建設に従事した多くの労働者が酷暑によって亡くなった、とされている。 ◎Revealed: 6,500 migrant workers have died in Qatar since World Cup awarded(https://www.theguardian.com/global-development/2021/feb/23/revealed-migrant-worker-deaths-qatar-fifa-world-cup-2022) また、これらの批判をさらに加熱させたのが、FIFAの会長、ジャンニ・インファンティーノの開幕直前のプレスカンファレンスでの発言だ。 インファンティーノ会長は、ヨーロッパを中心に広がったカタール批判にこう述べた。 「私たちは一部のヨーロッパ人や西側からたくさんの、たくさんのレッスンを受けてきた。私たちヨーロッパ人がこの3000年間でやって来たことを考えれば、私たちは次の3000年間、人々にモラルのレッスンをする前に謝罪しなければいけない」 カタール批判は偽善と人種差別に基づく批判にすぎないと、西洋諸国を非難したのだった。 加えて、「今日、私はカタール人であると感じている。今日、私はアラブ人であると感じている。今日、私はアフリカ人であると感じている。今日、私はゲイであると感じている。今日、私は障害者であると感じている。今日、私は移民労働者であると感じている。もちろんそうではないが、これが差別やいじめを意味することであると分かっているからこのように感じている」とも述べた。 被差別者との連帯の意を表明した形だが、これに対してはアムネスティ・インターナショナルのスティーヴ・コックバーン氏が言うように、ワールドカップ開催を可能にした多くの移民労働者の犠牲と、それに対するFIFAの責任を否定するだけの発言だと再批判されるのは当然だと言えるだろう。 ◎Explosive tirade from FIFA boss threatens to overshadow World Cup opener(https://www.cnn.com/2022/11/19/football/gianni-infantino-press-conference-qatar-2022-world-cup-spt-intl/index.html)
■ 分別のゴミ箱は来年にはない? ダレン氏は、上記のような移民労働者の問題への対応を怠ったカタールは、ワールドカップ後にバックラッシュを受けるようになるだろうと言う。 カタール国家には西洋的な意味での社会的な責任を果たす意図は皆無で、環境問題やサステナビリティにも取り組む気もない。「もう気付いていると思うけど、カタールではゴミの分別も一切されておらず、これは世界的な潮流から考えれば相当遅れている」。 筆者が、「とはいえ、各地下鉄の駅には4種類にゴミを分別できるゴミ箱が置かれていたけど?」と問い返すと、「あのゴミ箱は1カ月前には見なかったし、おそらく来年にはないんじゃないかな。そもそもリサイクルする設備がないのだから、分別する意味すらないのだ」と笑いながら答えていた。 カタールの旨味に便乗しつつも、西洋的な視点でカタールを批判するダレン氏の「ダブスタ気質」もまた西洋的だなと思いつつ会話を続けようとしたが、ダレン氏は急にヘッドホンを被り会話を終了されてしまった。 彼が視聴し始めた映画は今年の夏に大ヒットした『トップガン:マーヴェリック』だった。その時点で残りフライト時間は45分もなかったので見終わるはずもないのだが、結局ダレン氏は一気に最後の方まで飛ばしてラストの30分だけを見ていた。 トム・クルーズの威力恐るべしと思ったと同時に、この傑作はちゃんと大きな画面で通して見てほしいと筆者は思った。
■ サッカーのためだけにわざわざ渡航する意味 スペイン戦の試合会場、ハリーファ国際スタジアムに向かうバスの中、我々一行は完全にアウェーだった。周りにはスペインのユニフォームを着たスペイン人、もしくはスペイン人ではないがバルセロナなどのユニフォームを着たスペインファンのみ。 一人の(おそらく)メキシコ人から煽り気味に「今日のスコアはどう思う?」と問われたので、間髪入れずに「3-0で日本」と答えるとバスの中には笑いであふれた。 結果、3-0ではないものの日本代表はスペイン代表に勝利を収めた。 アウェーな雰囲気に包まれていた行きのバスには、一組だけ味方がいた。日本語で「危険な」と書かれたTシャツを着た、スイス人親子だった。 バスから降りた後「今日は日本を応援するためにこのTシャツを着てきた。ドイツに勝ったからスペインにも勝てる。明日もしスイスがセルビアに勝ってブラジルが負ければベスト8で日本と当たるから、その時はよろしく」と、日本を応援してくれた。 彼らとは、徒歩でスタジアムに行くまでの約15分間、ワールドカップに来る意義について話をすることになった。 サッカーを見るためだけに何千ドルもかけてワールドカップに現地参戦するというと、普通は「バカじゃない?」という顔をされる。でも、現地に滞在中は毎日サッカーを見て、世界中からやってくる人たちと昨日の試合の凄い試合、凄いプレーについて笑いながら話すユーフォリアな空間がある。 アイス・ブレイカー(知らない人同士が会話をする際に、その緊張を和らげるのに必要な話題など)は簡単に見つかるし、堅苦しい政治の話をする必要もない。 ワールドカップはサッカー文化における大きなものだし、サッカーファンは一度、現地参戦した方がいい。 そう熱弁を振るうスイス人親子だった。筆者もこれには大きく同意した。 サッカーの話と思いきや政治や社会の話ばかり書いてきて言うのもなんだが、そもそもカタールに来なければ、怠惰な自分はこの中東の不思議な富裕国のことを知ろうとすることもなかっただろうし、低賃金にも関わらずワールドカップに関われるからと陽気に働く移民労働者を目の当たりすることもなかった。 このスイス人親子が語るように、世界中から訪れた100万人を超えるサッカーファンが一同に集結し連日同じ熱狂を共有する場は、おそらくワールドカップにしかない。 筆者はロシア大会に続く2回目の参加で若輩者もいいところだが、たとえそれが「サッカーバカ」だとしても、ワールドカップ現地参戦は今後も続けていこうと考えている。 【付記】 前回ロシア大会に参加した際もベスト16の対ベルギー代表戦を現地で観戦できず、4年後は絶対にベスト16まで滞在できるスケジュールにしようと誓った記憶があるにはあるが、今回の組み合わせでベスト16はあり得ないとスペイン代表戦翌日に帰米するスケジュールを疑いもせずに組んだ私たち一行は、いまだに収まる気配を見せない咳と身体の疲れを感じながら帰路についた。 12月5日、ベスト8進出をかけた日本代表はクロアチア代表にPK戦に負けて敗退、2大会連続のベスト16どまりとなった。 一方、日本代表とスペイン戦で話をした親子が応援していたスイス代表もベスト16でポルトガル代表に1-6で大敗し敗退。日本とスイスは4回以上ベスト16に進出して一度もベスト8以上に進出したことがないという不名誉な? 記録を共有する2チームとなった。
元吉 烈
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