Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/5e80f541054aa94874b3d804ed189969ea87a091
(国際ジャーナリスト・木村正人) [ドーハ(カタール)発]サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で優勝4度のドイツと1度のスペインを撃破し、アジア勢初の2大会連続ベスト16入りを果たした日本代表。筆者は妻と2人で初のベスト8入りをかけたノックアウトステージの一戦を観戦できる幸運に恵まれた。しかし、サッカーの試合以外は恐怖の「退屈地獄」が待ち受けていた。 斬新なデザインなのか、欠陥工事なのか?建設中断したビルがタワマンのそばに 筆者のチケットは一番安いカテゴリーなので、座席はドイツ戦もスペイン戦もハリーファインターナショナルスタジアムのゴール裏。計6ゴールが目の前のネットに突き刺さった。「ウォー」と日の丸を振って大興奮した。この勢いがノックアウトステージでも続くことを祈りたい。 ■ 森保ジャパンは「大怪獣ガメラ」か 森保ジャパンは「大怪獣ガメラ」に似ている。前半は深い海底で首や手足を引っ込め、強敵相手に守りに徹する。後半になったとたん空を飛び、火を吐き、暴れまくる。英BBC放送は日本代表がコスタリカに0-1で敗れたのは、対サウジアラビア戦でのアルゼンチンの敗北、対カメルーン戦でのブラジルの敗北と並ぶサプライズとグループリーグを総括したほどだ。 筆者は11月21日からスペイン戦の翌日の12月2日までカタールアコモデーションエージェンシーのサイトを通じて予約した集合住宅に連泊した。日本代表がノックアウトステージ進出を果たしたので延泊しなければならない。スペイン戦の試合後、同エージェンシーのサイトを調べると2人用仮設テントで1泊207ドル(約2万7800円)とバカ高くなっていた。 グリーンランドのシェルターで寝泊まりしたこともある妻がトイレもシャワーも共有のテント暮らしに難色を示したため、2人で1泊314ドル(約4万2200円)の“ホテル”を予約した。しかし引っ越した先の“ホテル”は実は荒涼とした砂地の中に建設されたばかりの高層アパートメント(日本風に言えばタワーマンション)だった。
■ 止まらない集合住宅の水漏れ 上階のトイレから水漏ればかりして下水のような匂いが立ち込めていた前の集合住宅が懐かしくなった。カタール入りする前に2人1泊100ドル(約1万3400円)で予約した台所共有のワンルームマンションをアコモデーションエージェンシーは2ベッドルーム、バスルームが3つもある広い集合住宅に格上げしてくれた。最初は「これはお得だ」と喜んだ。 しかし2つのバスルームの水漏れが止まらず、連日朝から配管工チームと清掃チームに入れ替わり立ち代わり「ピンポン、ピンポン」と玄関チャイムを鳴らされるハメとなった。配管工が何度修理に来ても水漏れは止まらず、結局、同じ棟の上階に引っ越しすることになった。 それでもすぐそばにスーパーとファストフードのフードコーナー、コンビニ、ピザ店があって、今から思えば随分、快適だった。 近くにはスタジアムや空港、最寄りのメトロ駅に行くシャトルバスの停留所が3カ所に設けられ、W杯の観戦客や移民労働者があちこちにいた。集合住宅の周りには芝生が植えられ、枯れかけているものの、自動散水システムで水がまかれていた。しかし新しい宿泊場所の高級タワマンは砂地の一角に建設されたばかりで、乾燥し切っている。
最寄り駅まで歩いて1時間以上。駅への移動は「配車サービスを使え」とレセプショニストが言った。食事を取るのに摂氏30度近い炎天下、砂地を10分以上歩いてバーガーショップまで行かなければならない。そばのスーパーにはたくさんの食料品が並んでいるのに、食べたいものが見つからない。 それにしても、アルコールで息抜きできないのがこんなに辛いとは…。 ■ 砂漠の上に建設されたディストピア 通常の何倍ものホテル代やタクシー代、食費をふっかけられ“ぼったくりバー”状態だったシャルム・エル・シェイク(エジプト)での国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)の取材を終え、やって来たW杯カタール大会は最初「至れり尽くせりの天国」のように見えた。しかし次第に砂漠の上に建設されたディストピアのように感じられてきた。 同大会の外国人観光客は推定150万人。エジプトではホテルの部屋に戻ると息抜きに缶ビールのステラが楽しめたが、ドーハでは大会の開幕2日前に、国際サッカー連盟(FIFA)が8カ所の全スタジアムへのアルコール飲料の持ち込みを禁止した。憲法に国教はイスラム教と定められ、敬虔なイスラム教徒が多いカタールでは飲酒は厳しく制限されている。 スタジアムの売店で購入できるのはアルコール分0%のバドワイザーZERO。1杯500mlで30カタールリアル(約1100円)。野外のファンフェスティバル会場では50カタールリヤル(約1800円)で普通のバドワイザーが飲めると報じられた。実際に訪れてみたが、「販売していない」「売り切れ」という理由で筆者はついぞ本物のビールにはありつけなかった。 そこで英ウェールズの新聞オンラインサイトが特集している「ドーハでアルコール飲料を飲める場所」特集を手掛かりに妻と2人でホテルのバーを訪れた。そこはガーナ代表の宿泊場所だった。チーズがたっぷりかかったナッチョスをあてにモヒートを2杯注文して胃袋の中に流し込んだ。連日30度近い暑さが続くだけに冷えたモヒートは五臓六腑に染み渡った。
■ 1日以上かけて寝台列車でスタジアムを移動したロシア大会 筆者と妻は前回のロシア大会に続いて2度目のW杯観戦。ロシア大会はスタジアムが各地に分散していたので、1日以上かけて無料の寝台列車に揺られて移動した。スーパーで惣菜を買い込み、ウォッカを飲む。車内の酒盛りは最高だった。ウラジーミル・プーチン露大統領はクリミアを併合し東部紛争を起こしていたが、まだ本性をむき出しにしていなかった。 若い人にはとてもW杯観戦をオススメできない。なぜなら病みつきになるからだ。症状はどんどん悪化してW杯中毒から抜け出せなくなる。連日、世界のスーパースターが死力を尽くす熱戦に酔いしれ、ジャンキーのようになっていく。頭の中で四六時中、日本代表応援ソングが鳴り響き、夜も眠れなくなる。 移動しながらの観戦で地元の人たちとの交流や名所巡りも楽しめる。ロシアの人たちはホスピタリティーがあって、親切な人ばかりだった。怖い思いをしたのは路面電車の車内で移動中、酔っ払った大男2人が殴り合いのケンカを始めた時だけだった。街角やスタジアム周辺では厳戒態勢が敷かれていたからかもしれない。 プーチン氏のウクライナ侵攻で、もう生きている間にロシアには行けないのかなと思うと、悲しくなる。スイス対セルビア戦ではコソボ紛争(1998~99年)の傷をうずかせる小競り合いがコソボ系のスイス選手とセルビア選手の間で見られた。
■ 2010~19年、カタールで1万5021人の外国人が死亡 炎天下、死闘が繰り広げられるドーハはガイドブックで「世界一退屈な街」と紹介されることもある。カタール大会は完璧なまでに管理・運営されているものの、労働力の9割に当たる170万人の移民労働者(国際人権団体アムネスティ・インターナショナル調べ)の人権状況に厳しい目が注がれている。 大会運営責任者ハッサン・アル・タワディ事務局長は英テレビ番組で「W杯に関連したプロジェクトで死亡した移民労働者は推定400人前後、400から500の間だ。正確な数字は分からないが、いま議論されている」と初めて明らかにした。 カタール当局はこれまでW杯スタジアムでの移民労働者の死亡事故は「作業関連で3件、作業以外で37件だけ」との主張を貫いてきた。 移民労働者の2%に満たないスタジアムの建設労働者だけでなく、ホテル、メトロ、空港、その他のW杯関連インフラを含めて数百人の移民労働者が死亡していたことを初めて公式に認めた。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、カタールでは2010~19年に1万5021人の外国人が死亡しているが、年齢、職業、原因の内訳は不明だ。 ハッサン・アル・タワディ氏は「1人の死でも単純に多すぎる。少なくとも私たちが担当するW杯会場では安全衛生基準は向上している」と説明した。HRWは「ドイツやスイスの労働組合はW杯の現場で行われた作業とその改善ぶりを賞賛している」という同氏の主張をこう反駁した。 「説明も、調査も、補償もされないままになっている移民労働者の死は何千件もある。愛する人が死んでも公式に通知されず、哀悼の意を表することもできない家族もいる。FIFAとカタール当局がこの死と恥の遺産に対処する唯一の方法は死亡した労働者と深刻な虐待に直面した労働者の家族に補償をすることだ」
■ 欧州と違い湾岸諸国は移民労働者を大歓迎 アムネスティ・インターナショナルによると、多くの移民労働者がネパール、バングラデシュ、インドなど自国での貧困と失業から逃れるためカタールに流れ込む。欧州と違い湾岸諸国では移民労働者は大歓迎だ。しかし移民労働者は仕事を得るため、母国で500~4300ドル(約7万~58万円)の高額手数料を悪徳人材派遣業者に払わなければならない。 ネパールで月給300ドル(約4万円)を約束されたが、カタールに来て仕事を始めたら190ドル(約2万6000円)になっていたとの証言もある。 筆者が話した移民労働者は「冬でも30度のカタールの夏は地獄のように暑い」と語った。気温が45度を超える夏は脱水症状や熱中症、心不全など死亡リスクが2~3倍にハネ上がるとされる。砂漠のような建設現場で大量の労働者が建設中のビルから吐き出され、大型バス3台に分乗して出発した。 別の国際人権団体フェア・スクエアの報告書によると、毎年最大1万人の南・東南アジア出身者がカタールを含む湾岸諸国で死亡している。半数以上が根本的な死因に言及されず「自然死」や「心停止」で片付けられているという。地球温暖化を防ぐ脱炭素化が進む中、湾岸諸国は過渡的エネルギーとして天然ガスを売り、広大な砂漠の開発を進めている。 筆者の宿泊する高級タワマンのそばで「ピサの斜塔」のように傾いた建設中のビルが野ざらしにされていた。これが近未来に向けた斬新なデザインなのか、欠陥工事なのか筆者には区別がつかなかった。しかし傾いたビルは、あたかも「砂上の楼閣」のように湾岸諸国が突き進む開発の危うさを象徴しているように感じられてならなかった。
木村 正人
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