Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/3217bcba13336ff79ed80039441cb1cbc73abe59
2021年に登山界最高の栄誉「ピオレドール生涯功労賞」をアジア人として初めて受賞した、日本が誇る世界的登山家・山野井泰史。そんな彼の輝かしくも壮絶な軌跡と人生に迫る魂のドキュメンタリー『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』が、現在公開中だ。 【写真を見る】南伊豆の未踏の壁に挑む姿も(『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』) “単独(フリーソロ)”、“無酸素”、“未踏ルート”。山野井がスゴいのはそんな究極のスタイルで世界の巨壁に挑み続けてきたこと。本作の最大の見どころは、彼が1996年、ヒマラヤ最後の課題と言われる前人未踏の「マカルー西壁」にそのこだわりのスタイルで挑んだ“究極の挑戦”と、彼をも弾き返す巨壁の脅威を記録したここでしか見られない衝撃の映像だ。 さらに、沢木耕太郎の著作「凍」でも描かれた2002年のギャチュン・カン登頂後の壮絶なサバイバルで手足の指10本を失い、2008年には奥多摩山中で熊に鼻をもぎとられるアクシデントに見舞われながら、いまもなお伊豆半島の未踏の岩壁に挑む山野井の驚愕の生き様を、妻の妙子や関係者の証言を絡めて映し出していく。 果たして、標高8000m超の生と死の狭間で彼が見たものは何だったのか?世界の名だたるクライマーたちの命を奪った死の巨壁から山野井だけが生還できたのはなぜなのか?そして、言い知れぬ恐怖を味わい、肉体の一部を失いながらも巨壁に挑み続ける山野井を突き動かすものとは?自身も山に登る岡田准一が初めての“語り”で山に魅せられた男の極限の“生”に寄り添う本作を観れば、その答えが少しは分かるかもしれない。 そんな危険なクライミングスタイルを好んで実践しているクライマーは、もちろん山野井泰史だけではない。そこで、『人生クライマー~』とあわせて観たい作品をいくつかご紹介しよう。 ■米アカデミー賞受賞!極限の挑戦に迫った傑作 10歳でクライミングを始めたアメリカのアレックス・オノルド(1985~)は、山野井同様、山や絶壁にザイル(ロープ)や安全装置を使わずに手と足だけで登る“フリーソロ”の第一人者で、「ナショナル ジオグラフィック」誌の表紙も飾った世界的に著名なクライマー。2018年に公開された『フリーソロ』は、そんな彼が2017年、それまで誰も“フリーソロ”で登りきった者がいない米カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえ立つ世界屈指の巨壁エル・キャピタンに挑む歴史的な瞬間の一部始終をとらえたもの。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ほかに輝いた傑作としても知られている。 映画には入念に準備を続けるアレックスと彼を支える恋人や先輩クライマーたちの姿、撮影クルーたちの葛藤も収められているが、見逃せないのは不可能と思われた前人未踏の断崖絶壁を“フリーソロ”で完登するひとりのクライマーをドローンなどを駆使して撮影したラスト20分の荘厳な世界だ。垂直の壁を制覇したアレックスのとびきりの笑顔も印象的で、そこに不可能と思われるものに挑み続ける人間の輝きの秘密が垣間見えたりする。 ■知られざる究極のクライマーを追うドキュメンタリー 2021年に公開された『アルピニスト』も、“フリーソロ”を貫くカナダの若き天才クライマー、マーク=アンドレ・ルクレール(1992~2018)に密着したドキュメンタリーだ。マークは幼少期にADHD(注意欠如・多動性障害)と診断されながらも、9歳の時にクライミングに目覚め、13歳でカナダ国内の大会で優勝。登頂困難とされていた山をたったひとりで次々に制覇し、25歳にして10の初登頂記録(その多くが命綱なしの“フリーソロ”)を樹立している。 スマホを持たず、自らの成功や記録をSNSで発信することもない彼は世界的にはあまり知られていないが、自分の楽しみのためだけに世界の難攻不落の絶壁や氷壁に挑み続けた彼の思考は山野井泰史のそれに近いかもしれない。 本作でも雄大な自然をバックに、そそり立つ垂直の壁を素手で登っていくマークの華麗なクライミングとその時の充実の笑顔に目が釘づけになる。しかし、彼は多くの偉業を叩き出しながらも、2018年に挑戦したアラスカのメンデンホール・タワーズで消息を絶ってしまった。その非情な現実を重ね合わせて映像の中のマークと対峙すると、前人未踏の地を制覇した者しか味わえない、クライミングの麻薬的な魅力と恐怖をより強く感じるはずだ。 ■難攻不落の岩壁に挑み、破れてもなお立ち上がる人々 人間は「不可能」と言われる案件を提示されると俄然燃える生き物だし、「不可能」を「可能」に変えるまで挑み続ける人も少なくない。“フリーソロ”ではないが、アメリカを代表する3人の世界的トップクライマー、コンラッド・アンカー(アメリカ/1962~)、ジミー・チン(1973~)、レナン・オズターク(1980~)の命懸けの挑戦に密着した2015年のドキュメンタリー映画『MERU/メルー』を観てもそのことを痛感する。 彼らが挑んだのは北インドの高度6500mのメルー峰に垂直にそびえ立ち、サメのヒレに似ていることから“シャークスフィン”と名づけられた難航不落の岩壁。過去30年間誰も登頂に成功していなかったが、それだけにこの“悪夢の山”攻略は世界中のクライマーたちの憧れで、コンラッドたちも同様だった。だが、2008年の初挑戦では山頂まで残り100mのところで彼らも撤退を余儀なくされ、大きな敗北感に苛まれる。 しかし、そこで諦めないところが、彼ら世界的クライマーの並の人間とは違う精神だ。映画は2011年9月に決行する3人の再挑戦と念願の初制覇の模様にも圧倒的な映像で迫るが、大自然の脅威に立ち向かう彼らの姿は人間の可能性には限界がないことを実証していて美しい。挑戦をやめない、山野井泰史の生き様とも重なるはずだ。 ■限界を知らない超人が不可能を可能にする 世界には一般人の常識や理解の範疇を超越した驚くべき“狂人”がいるものだが、Netflixで配信中の2021年のドキュメンタリー「ニルマル・プルジャ:不可能を可能にした登山家」がクローズアップするタイトルロールのネパールのクライマー、ニルマル・“ニムズ”・プルジャ(1983~)は中でも群を抜いてスゴい。 イギリス陸軍、イギリス海軍特殊部隊のキャリアを経て登山家になった彼は、世界に14座ある標高8000m以上のすべての山を7年かけて制覇したラインホルト・メスナーの1986年の記録を6か月と6日間という記録的な速さで塗り替えることに成功。エベレスト、ローツェ、マカルーの頂上に48時間以内に到達した最初の人物としても知られ、2021年には9人のネパールの登山家たちと史上初となるK2の冬季登頂も完遂させている。 「境界線を突破するのが私の仕事」と豪語するニルマルの超人的なパフォーマンスを本作で見ると、上には上がいることに改めて気づかされ、彼らが全身全霊をぶつける山と垂直の壁への興味がより一層深まるかもしれない。 ■劇映画でもクライマーたちの気分を味わう 恐れを知らないクライマーたちの精神性、彼らが憧れるそびえ立つ頂や垂直の世界の魅力と怖さは、『人生クライマー~』の“語り”を務めた岡田准一と阿部寛がW主演した2016年の『エヴェレスト 神々の山嶺』でも知ることができる。 第11回柴田錬三郎賞に輝く夢枕獏の山岳小説「神々の山嶺」を映画化した本作は、伝説的なイギリスの登山家ジョージ・マロリーの遺品のカメラが縁で出会った山岳カメラマン(岡田)と孤高の天才クライマー(阿部)が前人未踏のエヴェレストに挑戦する姿を通して、山に登ることの意味を探っていく感動巨編。実際にエベレストの標高5200mで撮影も行われている。2021年には同じ原作小説がベースの谷口ジローの山岳コミックをフランスでアニメーション映画化した『神々の山嶺』も作られていて、フランスのアカデミー賞とされる第47回セザール賞で長編アニメーション映画賞に輝いている。こちらもあわせて観ると、クライマーたちの気分が少しは味わえるかも。 いずれにしろ、どの作品も自然界の圧倒的な存在に魂を奪われた人間のあくなき欲望と本物の“生”が描かれていて、引き込まれること間違いなし!『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』を観る前に予習的に観ても、観終わった後に観ても、映画の感動と興奮、山に対する憧憬と畏怖が倍増するに違いない。 文/イソガイマサト
0 件のコメント:
コメントを投稿