Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2f21c433d57a31fa159e78c7ba76342b67e0a6ca
(元吉 烈:映像作家・フォトグラファー) 2022年11月20日、初の中東開催となるワールドカップ・カタール大会が開幕した。 【写真】いらだちと疲れの表情を見せるサポーター 開会式には俳優のモーガン・フリーマン、BTSのジョングクが登場、直前に辞退となったが歌手のデュア・リパの出演も予定されていた。 この3人の並びは一見、統一性がないように見えるが、ジョングクは全世界で人気を誇る韓国人ポップグループの一人、デュア・リパは両親がイスラム教信者、モーガン・フリーマンは2019年にゾロアスター教(イラン高原に住んでいた古代のアーリア人が信仰していた古代ペルシアに由来する宗教)の信仰を明らかにするなど、西洋の中の非・西洋を意識した人選となっていたのは明らかだった。 そのモーガン・フリーマンは開会式で下半身が欠損している現地の大学生、ガリム・アルムフターと人類の共生について語り合い、「私たちはひとつの大きな種族としてここに集まった。そして地球は私たちが住むテントである(we gather here as one big tribe, and earth is the tent we all live in)」 と2018年のロシア大会以来、4年ぶりのワールドカップの国際性や多様性をアピールした。 一方、デュア・リパは開幕前に話題になったカタールにおける移民労働者に対する不当な扱い、同性愛を違法とする法律などへの抗議を理由として開会式への出演を辞退した。 筆者が主に観戦した日本代表は戦前の下馬評を大きく裏切り1位でグループリーグを突破。開幕3日前になって、一度は認めたはずのスタジアムでのアルコール販売を禁止するというお達しが一方的にカタール政府からなされ、FIFAのメインスポンサーであるバドワイザー製のアルコール入りビール(ノンアルは許可)がすべてスタジアムから撤去された。だが、アルコールなしでの観戦にも関わらず、多くの日本代表ファンを熱狂させた。
■ 到着初日、滞在予定の部屋がダブルブッキング 筆者の居住するアメリカ・ニューヨークからロンドン・ヒースロー空港を経由してカタール・ドーハのハマド国際空港に到着したのは11月21日の夜の8時頃。そこから電車を乗り継いで、ワールドカップ期間中の滞在先としては最安値のファン・ヴィレッジに到着した。 ファン・ヴィレッジは、秋田県より少し大きいくらいの国土面積で、そもそもの宿泊施設が少ない点を補うために作られた宿泊施設だ。ドーハ郊外に設置した6000戸のコンテナハウスには、最大で1万2000人(1棟あたり2人収容)が宿泊できる。 6畳一間くらいの部屋にベッド2つを置いて、1部屋約200ドル(=日本円で3万8000円程度)。部屋のサイズを考えれば最安値だとしてもかなり高い。 夜9時半頃、ファン・ヴィレッジに到着すると「チェックイン」と書かれた小屋の前には長蛇の列ができている。 鍵をもらうために並ぼうとするとポルトガルのユニフォームを着た長身の男がなにやら怒っている。話を聞くと、部屋はすべてダブルブッキングされているので予約してあったとしても空き部屋はなく、皆、ここに数時間並んでいるという。 周囲を見回すと100人を優に超えるサッカーファンが疲れた表情でチェックインを待っている。 いきなり中東の洗礼を浴びせられたわけだが、宿泊施設はすべてワールドカップ主催者によって管理されているので、我々にはここで待つしか方法がない。 途方に暮れていると、流暢な英語を話すアフリカ系のスタッフが近づいてきて「ここには、もう部屋はないから別の宿泊施設に案内する。その代わり宿泊代はすべて返金する」という。 「ここに部屋がないのに、他に余っているのか!」 すでにテンションが上がりきっているポルトガル人は激高してスタッフの話を聞こうとしない。だが、ここで待っていても埒があかないのは明らかなので、大人しくスタッフの言うことを信じて誘導されるがままバスに乗った。
■ 財力でモノ言わすカタールの底力 指定されたバスにわらわらと乗っていく筆者一行と各国から集まっているサッカーファンたち。 前の座席に座ったウェールズ・ファンの二人組と話をすると、宿泊料金が返金されるだけでなく、我々が行く先はコンテナ・ハウスではなくアパートメント・ホテルだという。 「いくらなんでも、それはできすぎた話だし、結果、砂漠にテントで寝る羽目になるのではないか。今日のアルゼンチン戦みたいなこともあるからベッドに横になるまで油断は禁物だ」 この日、サウジアラビア代表に「1-0」からまさかの逆転負けを喫した南米の雄をネタに談笑する。ワールドカップを現地観戦することの醍醐味は、このようにサッカーネタを使っていくらでもコミュニケーションがとれることにある。 不安に思う我々一行が連れて行かれたのは、ファン・ヴィレッジの倍額以上で提供されていた新設のBarwa地区にある推定2.3平方キロメートル(Google Mapsによる概算)のアパートメント・ホテルだった。 …と、ここまでは良かったのだが、最初に連れて行かれたA棟群で散々待たされた後に、「ここにはもう部屋がないからG棟群へ行ってくれ」と言われ、仕方なくG棟群に行けば、「ここにはもう部屋がないからI棟群に行ってくれ」と、散々、たらい回しにされた。 ようやく鍵を預かって部屋に到着したときには24時を回っていた。 初日から散々な目に遭ってようやく宿に漕ぎ着けたが、男二人の筆者一行に対してベッドルーム3つ(各部屋にトイレ・シャワー付き)にリビング・ダイニングとキッチン付きというなかなかな豪勢さで、初日から運営のいい加減さを財力で賄うカタールの底力を見たような思いだった。
■ 所得税、医療費、電気・電話代なし…新興のオイルマネー国 カタールは1940年代の油田発見以来、繁栄と近代化を成し遂げ、いまでは一人あたりの国民総生産(GDP)で世界第8位、国民一人あたりの国民総所得(GNI)で世界第6位の世界の最富裕国の一つだ。 国民は所得税がかからない上に、医療費、電気代、電話代が無料。労働力の大半をインド、パキスタンなどの諸外国から補っていて、イスラム系のカタール市民は全人口の15%しかおらず、労働力の大半を移民外国人労働者が担うといういびつな労働環境を実現しているペルシャ湾岸の小国だ。 2010年にカタールでのワールドカップ開催が決定して以来、カタールは石油輸出による豊富な資金力を用い、新国際空港の建設(2013年)、無人運転の地下鉄の敷設(2019年)など大規模な国家プロジェクトを進めてきた。 この世界最大のスポーツイベントの舞台となる会場は、8スタジアム中、7スタジアムが新設された。先の東京オリンピックの節約騒動とは真逆に豊富なオイルマネーを原資に強力にインフラ建設を進めており、今回のワールドカップに投じた資金は約3000億ドル(約41兆円)、昨夏の東京オリンピックの約30倍となると言われている。 私たち一行が宿泊することになったバルワ・ヴィレッジ(Barwa Village)が立地するエリアもファン・ヴィレッジよりさらに南の砂漠地帯。ワールドカップ開催を機に新規開発されたエリアで、周囲には何もなく、集合住宅地が砂漠の中にぽつんと現れる。 しかも、I棟群の端にはスーパーマーケットとフードコートもあって、アメリカの郊外住宅を模したような場所だった。 基本的には快適この上ないが、定期的にエレベーターホールからけたたましい消火アラームがなる、バスルームが時間帯によって下水臭い、洗濯機が水道管に繋がっていない(工事ミスで繋がらない)など、細部に目を向ければ施工の粗は多く見られた。 下水臭いなどの欠陥を修復するのは、簡単ではないと思うが、この施設をワールドカップ後にどのように利用するかの計画はないのだ、というのだから驚かされる。
■ インド、パキスタン、ネパールから来た清掃スタッフ このアパートメント・ホテルでは3日に1回、ルームクリーニング・サービスがあった。6畳一間にベッド2つが与えられる以外なにもサービスらしきものがないファン・ヴィレッジと雲泥の差だ。 清掃に来てくれたスタッフのアンジュ・クマールさんに話を聞いた。 インド出身のアンジュ・クマールさんは、カタール・ワールドカップに向けて約3カ月前からここで働いている。このアパートメント・ホテルは約2カ月前に完成し、我々一行が最初の利用者だと言う。 彼曰く、ここで働く人の多くはインドやパキスタン、ネパール人で、ほとんどがワールドカップ開幕1カ月程前から準備をして開幕を迎えており、我々が到着するのを楽しみにしていた、という。 なんというおもてなしぶりだろうか。 3日に1回と言われたルームクリーニング・サービスは、彼が訪れた次の日にも別の3人組が現れ、その2日後にも我々不在の部屋を清掃してくれた。3日に1回とルールは決まっていても、それを管理する方法は確立していない様子だ。 とにかくスタッフの数が多いので、効率よりも物量で物事を解決する姿勢が見て取れた。 史上最大予算のワールドカップだけあり、豪華なだけでなく無駄が多い。無駄が多いが、その規模が壮大なので、あまり無駄だと思わせないのもすごい。(中編に続く)
元吉 烈
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