Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/a413bf73159e0c6d6d147d44e9a78fb6b266a75c
2022年は円安見通しを語ることは元より、「では円安を活かす手はないのか」といったテーマで企業や官僚、政治家の方々と議論させて頂く機会に多く恵まれた。「通貨安を国として活かす」と言った場合、真っ先に思い浮かぶものを順に挙げると(1)財の輸出を増やす、(2)サービスの輸出を増やす、(3)対内直接投資を増やすといった論点が考えられる。 このうち(1)は殆ど決着がついた議論である。2013年以降、アベノミクスと称したリフレ政策の一貫として黒田東彦新総裁の下、日銀は量的・質的金融緩和を展開、ドル/円相場は最大で50%近く上昇した。しかし、その結果として輸出数量は増えなかったし、貿易黒字も当然、戻らなかった。 現在同様、製造業の国内回帰を期待する論調もあったが現実は周知の通りである。それどころか円安傾向にもかかわらず対外直接投資は加速したのだから、「円安で国内回帰する」どころか「円安でも海外脱出する」というのが企業心理として根強かったことが分かる(図表(1))。 その代わりにアベノミクスというフレーズが持て囃された13年以降、日本におけるサービス収支、厳密には旅行収支は明確な転機を迎えた。14年まで日本の旅行収支は赤字が当たり前だったが、15年以降は約+1.1兆円の黒字へ転嫁し、19年には約+2.7兆円と4年で3倍弱の黒字額に膨らんでいる。 パンデミックなかりせば、20年は東京五輪の下でさらなる黒字を稼ぎ出していたはずだ。その後、パンデミックにより旅行収支黒字は消滅し、今年10月に水際対策緩和が世界に遅れて決断されるまでは低空飛行が続いてきた。旅行収支は今後、実質実効為替相場(REER)における「半世紀ぶりの円安」を追い風に増勢基調に入るだろう。 だが、22年、岸田文雄政権下で継続された水際対策は科学的根拠に乏しいと批判されるものであり、日本の閉鎖性を世界にアピールした感がある。今でも「日本に行くとマスク着用は必須」という特殊な行動様式が世界的に知られる状況にある。 率直に言って、旅行収支黒字は貿易赤字の穴埋めにはなり得ず、極力、障害となるものは政府が取り払う努力をすべきと筆者は考えるが、岸田政権において、その優先度は決して高くないように見受けられる。現状、インバウンドの復活が持て囃されるが、本当に期待すべきは例年4~7月の実績であり、復活の真価はそこまで待つ必要があろう。
対内直接投資増加は政治の悲願
以上の(1)や(2)は今次円安局面で繰り返し議論が尽くされている。しかし、(1)のように国内企業の投資を期待せずともに、外資系企業の投資(対内直接投資)を期待するという(3)の経路もある。むしろ、先細る国内需要を念頭に置く国内企業ではなく、国際的に認知度が高く競争力のある外資系企業が国内投資を進めてくれる方が国内の生産・所得・消費の好循環を持続的に支える期待がある。 REERで見て「半世紀ぶりの円安」は、インバウンドの消費活動がお買い得になっていることばかりが注目されるが、当然、外資系企業にとって対日投資のコストが著しく切り下がっていることも意味する。この論点については21年11月、台湾の半導体大手企業(TSMC)が熊本に新工場を建設するという動きが近年では注目された。 その経済効果に関し、一説には熊本県の名目国内総生産(GDP、約6.4兆円)に対し、22年からの10年間で約4.3兆円とも言われる。新規雇用は約1700人、後述する通り、賃金水準も非常に高いことで知られる。 しかし、日本は歴史的に対内直接投資が極端に小さいことで悪名高い。03年1月、当時の小泉純一郎政権は「01 年末の対日直接投資残高から5 年間で倍増する」という政府目標を掲げ、03年5月には「Invest Japan」のスローガンの下、日本貿易振興機構(JETRO)に「対日投資・ビジネスサポートセンター」が設立されている。これによって対日投資に係るあらゆる情報がワンストップで入手可能になり、外国企業が煩雑さから解放されるという狙いがあった。 筆者は04年4月にJETROへ新卒入社し、その時の名刺に「Invest Japan」が入っていたことをよく覚えている。ちなみに、「01 年末の対日直接投資残高から5 年間で倍増する」という目標に関しては01年末が6.9兆円、そこから5年後の06年末が13.4兆円なので達成されている。 以上に限らず、対日直接投資残高を何とか引き上げていきたいという政策努力は細かいものを挙げればもっとある。歴史的な経緯を踏まえれば、政治の悲願とも言えよう。
対内直接投資のメリットは明らか
なお、現在に目をやっても21年6月、菅義偉政権が対日直接投資推進会議において、残高目標を30年に対20年比で2倍の80兆円を目指す方針を示しており、その重要性は認識されている。足許では対日直接投資推進会議の下に設置されたワーキング・グループが具体的な政策パッケージを検討しているとされ、進出した外資系企業にマッチするグローバル人材を育成する方法や、海外資本と日本のスタートアップ企業が連携を深めるための施策などが検討中だと伝えられている。このような取り組みが第二、第三のTSMCを引きつけることに繋がるのかが期待される。 また、12月12日には、米アップル社がティム・クック最高経営責任者(CEO)の訪日に合わせて18年以降の約5年間で、日本のサプライチェーン(供給網)に1000億ドル以上を支出したと発表し、iPhone向けのアプリ配信サービスなどを通じて日本で合計100万人以上の雇用を支えているとの言及もあった。類似の例が続くことを政府としては期待するばかりだろう。 外資系企業の行動規範は日本企業のそれとは異なる。もちろん、国内にはない優れた人材、技術の波及は期待されるところだが、例えば賃金設定からして前向きな効果が期待される。 TSMCの大卒初任給は28万円と著しく高い(が、国際的には高くない)ことで知られる。高給を払う外資系企業に国内企業が対抗する手段は「それよりも高く払う」が基本である。上がらない名目賃金があらゆる問題の元凶と言われる日本において、やはり対内直接投資の増加は有効策になるだろう。当然、TSMCやアップルのような企業が生産拠点を多く構えれば輸出も増え貿易収支も改善する。
北朝鮮以下の現状変わらず
しかし、現状はかなり厳しい。日本の対内直接投資の乏しさは上で見たような絶対額ではなく、経済規模(名目GDP)対比の数字で認識し、評価されるべきである。この点、06年3月にやはり小泉政権が「10 年末に対日直接投資残高をGDP比でさらに倍増(5%程度)する」という目標を掲げているが、10年末の対内直接投資残高の名目GDP比は3.7%にとどまっている。ちなみに20年末時点では7.4%まで高まっているが、これでも国際的に見ると著しく低い。 図表(2)は国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータを元に、主要国(ここではG20)について21年の状況を比較したものだ(財務省データとやや数字は異なる)。これによれば日本は5.2%で、北朝鮮(5.9%)よりも低い。 21年について公開されている201カ国中198位で、日本より下に位置する国はネパール、イラン、イラクだ。ちなみに先進国全体の平均が57%、途上国全体の平均が32%というデータもある。財務省とUNCTADで若干データの齟齬はあるが、日本の水準が国際的に見て際立って低く、「資本の鎖国」と揶揄されるような状況であることに変わりはない。
外国「人」同様、外国「企業」の受け入れも重要
日本への対内直接投資がこれほど少ない背景には諸説ある。従前の研究では決定的な要因が突き止められるには至っていないという 。 例えば、抽象的な論点ではパンデミック下でも露呈された閉鎖的な国民性が指摘される。しかし、終身雇用・年功賃金に浸かった日本の労働市場においてドライな外国企業の基本姿勢が受け入れられにくいという点で捉えれば抽象的な論点とも言えず、これは解雇規制を筆頭とする硬直的な雇用法制という具体的な論点に帰着する。雇用法制の硬直性は産業再編などを睨んだ外資系企業の進出を阻む一因になり得る。 もっと、基本的な指摘として言語(英語が使えない)などの問題もあるのだろう。インバウンドという言葉が流布された今、日本社会において「外国人観光客の受け入れは日本経済にとって好材料」という論調はある程度市民権を得たように思えるが、「外国企業の受け入れは日本経済にとって好材料」という論調はまだそれほど浸透していないようにも感じる。 もちろん、近年取りざたされる経済安全保障の観点に照らせば無暗に外資系企業の進出や買収といった行為を容認すべきではないが、冒頭述べたように、円安を活かすカードとして財やサービスの輸出については殆ど議論が尽くされているように見える。財はともかく、サービス輸出(インバウンド受け入れ)についてはまだ余地はあり、改善すべき政策努力を続けて欲しいとは思うが、それだけで為替需給が円高方向に好転するほどの威力は見込めないだろう。 片や、北朝鮮以下という状況にある対内直接投資のポテンシャルは相応に大きいだろう。仮に、22年に直面した円安が長きにわたった「円高の歴史」の終わりであるとすれば、今後は円安を活かす手段としての対内直接投資は必ず重要になる。 政府として税制や補助金の支援を通じた措置が検討されて然るべき分野であろう。長い目で見た円安対策として対内直接投資の促進は今、改めてその重要性が増している論点と考えられる。
唐鎌大輔
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