Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/c7ca3f63df5dc4f17a8fae579a5f005ae27b9691
日本時間の11月20日、「FIFAワールドカップ・カタール2022」が開幕した。日本では現地の盛り上がりを伝える報道ばかりだが、開催国のカタールに対しては、外国人労働者に対する人権問題など、強い批判が少なくないことをご存知だろうか。 【写真を見る】中田英寿は「日本酒事業」を展開!? 歴代代表たちの「意外な現在」 ***
2021年2月、イギリスの高級紙ガーディアン(電子版)は「Revealed: 6,500 migrant workers have died in Qatar since World Cup awarded」との記事を配信した。 見出しを翻訳すると「サッカーW杯招致後、カタールで出稼ぎ労働者6500人が死亡していたことが判明」となる。担当記者が言う。 「同じくイギリスの公共放送BBCは、カタール政府はW杯に使う7つのスタジアムを建設するため、バングラデシュやインド、ネパールなど約3万人の外国人労働者を動員したと報じています。労働者の人権が守られていないという指摘は早くからあり、16年に国際的な人権団体アムネスティ・インターナショナルが『出稼ぎに来た外国人労働者からパスポートを取り上げ、不衛生な住居で生活させながら強制的に働かせている』と強く非難しました(註1)」 BBCはカタール政府への抗議の意味を込め、あえてW杯の開会式を中継せず、その時間帯は《カタールW杯が環境に与える悪影響》を報じる番組を放送したという(註2)。 LGBTの問題に関しても、国際社会は強い懸念を示した。カタールはイスラム教を国教としていることもあり、同性愛には厳しい姿勢を示している。 インターネットのサッカー専門サイト「GOAL」は11日、「カタールW杯アンバサダーがLGBTへ衝撃発言…ドイツ代表も絶句『言葉を失ってしまう』」の記事を配信した。
ベッカムも“炎上”
《開幕まで10日余りとなる中、大会アンバサダーを務める元カタール代表MFカリッド・サルマーン氏はドイツ『ZDF』で、性的マイノリティについて「彼らはここで我々のルールを受け入れなくてはいけない。同性愛はハラームだ。ハラーム(禁止)の意味を知っているだろう?」と言及》 《さらに、同性愛が禁止の理由を問われると「私は敬虔なムスリムではないが、なぜこれがハラームなのかって? なぜなら、精神へのダメージになるからだ」と主張し、そこでインタビューは中止された》 この発言は当然ながら、多くの“先進国”で問題視された。同じく大会アンバサダーを務める元イングランド代表のデビット・ベッカム氏(47)にも批判は飛び火した。 「ベッカム氏は長年にわたって、特にゲイの権利擁護を支援する活動を行ってきました。ところが、W杯の開催国であるカタールはLGBTに対する偏見を隠そうともせず、ベッカム氏は抗議するどころかアンバサダーとして宣伝役を務めている。これはさすがに“言行不一致”なのでは、とイギリス国内で批判の声が上がっているのです」(同・記者) 誘致に際しては贈収賄の疑惑も浮上している。アメリカ司法省は2020年、「開催国選定の際、カタール側から賄賂を受け取った」として、FIFA(国際サッカー連盟)の元幹部2人を告発したと発表した。
前会長は批判
相次ぐ不祥事にFIFAのゼップ・ブラッター前会長(86)は、「カタールを開催国にしたのは間違いだった」と発言。こちらも各国で大きく報道され、時事通信も9日、「ブラッター氏『カタールは間違い』 FIFA前会長―サッカーW杯」の記事を配信した。 《国際サッカー連盟(FIFA)のゼップ・ブラッター前会長が、今月20日に開幕するワールドカップ(W杯)について「カタールは間違い。選択が悪かった」とスイス紙に語った》 一方、ジャンニ・インファンティーノ現会長(52)は、カタールに対する厳しい報道を「偽善」と強く反発している。BBC NEWS JAPANは20日、「FIFA会長、カタール批判は西側諸国の『偽善』 W杯開催国の人権問題めぐり」との記事を配信した。 《スイス生まれのインファンティーノ氏は、欧州諸国はカタールの移民労働者の問題に注目するのではなく、自国の歴史の中で行った行為を謝罪すべきだと述べた》 《「私は欧州人だ。我々は道徳について説教をする前に、世界中で3000年間やってきたことに対し、今後3000年間、謝罪し続けるべきだ」》 かつて欧米各国は、ひどい人権侵害に手を染めてきたではないか、カタールを批判できた義理か──インファンティーノ会長は、このような論理で開催国の“名誉”を守ろうとしたようだ。
カタールと日本
今後もカタールW杯を巡っては、議論百出の状況が続く可能性が高い。中東問題の専門家は今回の騒動をどう見ているのだろう。 佐々木良昭氏は19歳でイスラム教に入信、1970年、拓殖大学商学部を卒業後、国立リビア大学神学部に入学。その後、在日リビア大使館渉外担当、拓殖大学海外事情研究所教授、笹川平和財団特別研究員などを歴任した中東問題のスペシャリストだ。 中東諸国の実像を深く知る佐々木氏に、特に欧米の大手メディアが相次いで厳しい報道を行っていることについてどう思うか取材を依頼した。 「カタールは昔から天然真珠の産地として有名でしたが、小国であったため経済的に豊かな国ではありませんでした。第二次世界大戦後に中東諸国のオイルマネーが世界を席巻したものの、小国のカタールが国際社会で存在感を示すことはありませんでした。そんな国家に一大転機が訪れたのは1996年のことです」 カタールには世界最大級の天然ガス田があったのだ。それに注目していた日本は、“ポスト原油”の重要性をカタールに助言、開発推進の重要性を訴え続けた。
いびつな社会
そして1996年、日本企業がカタールから液化天然ガスを25年間にわたって輸入するという長期の大型契約を締結。一気に“ジャパンマネー”が流れ込み、カタールは目に見えて豊かになっていく。 一方で、急速な発展は様々な軋轢も生じさせた。例えば人口問題を見るだけでも、カタールのいびつな社会構造が浮き彫りになるという。 「カタール統計庁が発表している人口は、2021年10月現在で約266万人です。ただし生粋のカタール人は、そのうちの10分の1と見られています。残りは外国人労働者がカウントされているようです。そのため、人口の7割近くが男性というデータもあります」(前出の記者) 佐々木氏は「小国が大金を手にして、いわば成金のように派手な国家になりました。中東諸国ではよくあることです」と言う。 「生粋のカタール人と付き合うと、その純朴さ、親切心は特筆すべきものがあります。とはいえ、あえて悪い言い方をすれば、彼らは“田舎者”だとも言えます。人権問題に関する知識は乏しく、西欧諸国の“常識”とは相当な隔たりがあります」
時間が解決
例えば、外国人労働者は祖国に住む妻や家族に仕送りするため、できる限り倹約して生活している。その姿を見たカタール人は、「異様な生活様式」と感じてしまうという。 「マンションに数人が相部屋で暮らしているのを見ると、欧米人なら『労働環境に問題がある』と判断するでしょう。ところが普通のカタール人は、『何であんな狭くて汚いところで生活しているんだろう』と驚くものの、そのまま思考停止してしまうのです。結果として、劣悪な住宅環境を改善しようという機運は生まれず、欧米各国から批判されることになりました」(同・佐々木氏) 出稼ぎ労働者に対する劣悪な待遇やLGBTの人権が蹂躙されているといった問題は、時間が解決してくれるという。 「サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)といった国は、豊かになってからの歴史もだいぶ長くなりました。“成金”から脱し、欧米諸国とも価値観を共有できる場面が増えています。しかし、昔は反欧米のイデオロギーが強く、ことあるごとに対立していました。カタールも同じ過渡期にあると言えるでしょう。豊かさを当たり前と思う国民が増えるほど、欧米的な価値観の理解も増していくはずです」(同・佐々木氏)
ビジネスチャンス
むしろ佐々木氏が懸念するのは、カタールが豊富なオイルマネーをどう使うか、根本的な方針が定まっていないことだという。 「UAEのドバイは、イギリス人のアドバイザーを厚遇し、観光政策に力を入れ、外国企業を誘致するなど、“ポスト・オイルマネー”を巡る根本方針を定めたことが国家の発展に寄与しました。一方のカタールは、まだまだ手当たり次第に資金を突っ込んでいるという状況です。その象徴が、まさにW杯でしょう。混乱が起きるのは当然です。『国際的なスポーツイベントを恒常的に行うことで国威を発揚する』というような長期的なビジョンに立って誘致したわけではないからです」 豊富なオイルマネーを効果的に運営するため、日本の経済界が寄与できる場面も少なくないという。 「カタール政府に天然ガス田の開発を助言したのは日本企業でした。豊かになったカタールがどのような経済運営を行うかについても、日本の政府や企業はたくさんの知見を持っているはずです。つまりカタールという国は、日本人が想像する以上に、今でも様々な分野でビジネスチャンスが転がっている場所だと言えるでしょう」(同・佐々木氏) 註1:World Cup 2022: How has Qatar treated foreign workers? (BBC電子版:11月9日) 註2:英BBCはW杯開会式を放送せず カタールの人権侵害を問題視…世界各国から大ブーイング「屈辱にまみれたモーガン・フリーマンがキックオフ」(中日スポーツ電子版:11月21日) デイリー新潮編集部
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