67ページからなる報告書『あまりにも多くの人に懇願しなくてはならない ネパールの法律上の性別認定における人権侵害(We Have to Beg So Many People”: Human Rights Violations in Nepal’s Legal Gender Recognition Practices』は、ネパールの進歩的という国際的イメージとは裏腹に、トランスジェンダーの法的認定政策に多くの欠陥が残ることを詳しく示す内容となっている。ネパール政府は、自認に基づく第3の性として「その他」という分類を先駆的に認めたことで広く称賛され、性やジェンダーのマイノリティの権利にとっての重要な基準となった。一方で、ネパールには性別を「男性」や「女性」に変える明示的な法的手段がなく、第3の性を選択する手続きさえも不明確で一貫していない。トランスジェンダーの人たちが、政府から、差別的な誤情報に基づいた有害な医療を要求されることが多くなっている。

「私たちは尊厳を求める闘いを2001年に開始し、2007年に最高裁で大きな勝利を収めた。しかし、人をその性自認に基づいて認定しなければならないという最高裁の命令を政府はまだ実行していない」と、LGBT権利擁護団体であるブルー・ダイヤモンド・ソサエティの事務局長マニシャ・ダーカルは述べた。「誤った政策のせいでトランスジェンダーや第3の性のネパール人は何世代にも渡って障壁や屈辱に直面してきたが、今こそ真の変化が必要だ」

ネパール最高裁は2007年に性的指向と性自認について初の判断を示し、3つの措置をとるよう政府に命じた。その3つとは、すべての法律を再検討し、性的指向と性自認をもとに差別する法律があればこれを廃止すること、同性婚に関する政策の選択肢を検討する委員会を設立すること、そして個人の自認に基づく第3の性を法的に認定することである。パントほか対ネパール事件判決(2007年)は、インドの最高裁やパスポート上の性別を審査する米国の裁判所、また欧州人権裁判所など世界中の裁判所で良い判例として引用されてきた。しかし、ネパール政府当局は、自認に基づく性別認定を求めた最高裁の命令の実行を遅らせ続けている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、「第3の性」または「その他」と表記された書類を求める人も含めて、ジェンダーを変更した書類をもらえなかったり、そのような書類取得のためには手術を受けなければいけないという誤った情報を伝えられた人びとの存在を明らかにした。身分証明書類を「男性」から「女性」に変えることができた人も少人数いるが、そのためには医療の場で侵襲的かつ屈辱的な身体検査を受ける必要があり、それは人権侵害に満ちた体験である。

「トランス女性は女性であり、トランス男性は男性である。ネパール政府は、私たちの権利を尊重するために包括的な政策変更を行う必要がある。そしてセクシュアル・マイノリティやジェンダー・マイノリティの希望の光という評判に見合うようにする必要がある」とクイア・ユース・グループ・ネパールの会長、ルクシャナ・カパリは述べた。「ネパール政府は国籍証明書に第3の性の選択肢を設けたことで大いに賞賛されたが、その施行が一貫しておらず、女性や男性と自認する人の権利も認められていない」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは本報告書のための調査を2022年8月から2023年12月まで行った。調査員が、法律上のジェンダーを変更しようとした、または様々な障壁のためにそのような手続きをできなかった18人のトランスジェンダーの人と1人のインターセックスの人のほか、法律上の性別認定手続きを手伝う活動家ら、そして政府関係者らにインタビューした。

国際人権法世界的な医療基準は、性別移行に関して医療と法律手続きを完全に分離することを支持している。性別移行に関連する医療介入を求める人は法律に阻まれるべきではなく、法律上の性別や氏名を変えようとしている人はいかなる医療措置を受けることも求められるべきではない。国際的な学際的専門家組織である世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)は「法律上の性別やジェンダーを変更したい人にとって障壁となるすべての医療措置に反対」している。同協会は「トランスジェンダーの個人の性別認定における医療面その他の障壁は、身体的および精神的健康を害する可能性がある」と述べた。

2006年にネパールの元国会議員であるスニル・バブ・パントを含む専門家らによって起草され署名されたジョグジャカルタ原則は、各個人が自己認定した性的指向と性自認が「各個人の人格に不可欠」であり、個性、自己決定権、尊厳、自由の基本的側面の一つであると述べる。ジョグジャカルタ原則は、性別認定のために「自由な同意によりなされた場合は、医学的、外科学的、およびその他の方法による身体的外見や機能の変更」が行われる場合もあることを明確にしている。簡単に言えば、法的認定のための手続きはいかなる医療介入からも切り離されているべき、ということである。しかし、個人の私的な性別移行に医療的支援が必要な場合には、そのような医療を受けることが可能かつ容易であるべきである。

ジョグジャカルタ原則に基づき、2007年にネパール最高裁は、トランスジェンダーの人の権利を守るには「自己感情」が要となると述べた。その後の諸判決もこの原則をさらに強調している。ネパール政府当局はこの原則を一貫して適用するべきで、その際、申請者が自ら表明する性自認を医師や官僚に承認も否定もさせるべきではない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

ネパールに性自認の自己申告のための明確な手続きがないことは、個々のケースで当事者の「自己感情」ではなく政府の役人の認識に基づいて決定がなされることにつながってきた。トランスの人たちが手続きのために赴く行政機関によって受ける助言や指示が異なり、別のところで同じ手続きをした仲間が言われた内容と矛盾することもある。インタビューを受けたあるトランス女性はこう述べた。「混乱を解決して安定させるための一つの方法だということで、国は医療措置をただ投げ込んでくるのでしょうが、それは私たちにとってはまた新たな障壁で、自分たちの権利のためにまた懇願しなければならなくなってしまうんです」

「高額で、利用しにくく、多くの場合当事者本人が望んでいない医療措置を受けることを私たちのコミュニティに強いるのは、私たちの権利の侵害である」とネパール・性とジェンダーマイノリティ連盟の事務局長、シムラン・シェルチャンは述べた。「性別移行のための医療措置と、性別以降のための法的手続きは完全に分離されるべきというのが国際的合意であり、ネパール政府もそのことを明確にするべきである」