Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f2fe293774d371aa5304948b2347444e0b812abe?page=2
配信、ヤフーニュースより
編集者で、書店の選書担当としても活動する贄川雪さんが、月に一度、GQ読者におすすめの本を紹介します。 【写真を見る】読むリトリートを考える
連載「GQ読書案内」は、とてもありがたいことに4年目に突入しました。毎月テーマごとにおすすめの新刊を紹介するいつものスタイルに加え、ときどき本誌の特集と連動し、お店のロングセラーや不朽のおすすめの本も紹介していきます。 『GQ JAPAN』3月号の特集は「リトリート」。自己と向きあい心身をリフレッシュする旅のスタイルとして、近年注目が集まっているそう。今月は、リトリートへ誘ってくれるようなおすすめの本を紹介します。
前を向くための退避
メイ・サートン『独り居の日記』(訳=武田尚子、みすず書房) 1960年代の後半、小説で自分の同性愛を明らかにしたメイ・サートンは、大学の職を追われてしまう。愛の関係の終焉、父親の死までも重なり、失意の底にあった彼女だったが、世間の思惑を忘れ、ひたすら自分の内部を見つめることで新しい出発をしようと、未知の田舎での生活をスタートさせる。『独り居の日記』は、そんなサートンが58歳の1年間に記したものだ。 リトリートの本来的な意味は「後退の一歩」だ。後退、撤退、隠居、避難という言葉は、ネガティブに聞こえがちである。しかし、自分を大切に扱い、心を休ませるため力を振り絞って環境を整えることは、決して後ろ向きな行為ではない。サートンはカミングアウトののち、中年を過ぎてまったく見知らぬ土地に新しく居を構え、自立した暮らしを続けた。それはいま以上に大変なことだったはず。日記には、明るく自らを鼓舞する前向きな言葉と、失望や怒りの激しい言葉とが、変わるがわる書きつづられる。日記を追うごとに、葛藤を繰り返しながらも、周囲の自然に慰められて深く内省し、心を成熟させていく一人の人間のリアルなリトリートの過程を体感できる。 「さあ始めよう、雨が降っている。(中略)何週間ぶりだろう、やっとひとりになれた。"ほんとうの生活"がまた始まる。奇妙かもしれないが、私にとっては、いま起こっていることやすでに起こったことの意味を探り、発見する、ひとりだけの時間をもたぬかぎり、友達だけではなく、情熱かけて愛している恋人さえも、ほんとうの生活ではない」。本書は冒頭から名言の宝庫だ。自分らしくあるための言葉を探しに、ぜひ読んでほしい。
自己と向き合い心身をリフレッシュする。リトリートのお供に読みたい8冊【GQ読書案内】
迷うこと、歩くことの豊かさ
レベッカ・ソルニット『迷うことについて』(訳=東辻賢治郎、左右社) レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』(訳=東辻賢治郎、左右社) もし、リトリートの旅に本を持っていくとしたら、アメリカの作家レベッカ・ソルニットさんの本を持っていきたい。美しい文章と膨大な知識で、いつも新しい発見をくれるからだ。 『迷うことについて』は、彼女が個人史と歴史に交互に分け入りながら迷うことの意味と恵みを探る、哲学的エッセイである。ソルニットさんは「迷う、すなわち自らを見失うことはその場に余すところなくすっかり身を置くことであり、すっかり身を置くということは、すなわち不確実性や謎に留まっていられることだ。そして、人は迷ってしまうのではなく、自ら迷う、自らを見失う。それは意識的な選択、選ばれた降伏であって、地理が可能にするひとつの心の状態なのだ」と記す。迷うこと、迷っている自分は決して卑下しなくてよい。迷いとは、未知と出会うための方法であり、とても豊かな行為なのだと勇気づけられる。 『ウォークス』は、人類学、宗教、哲学、文学、芸術、政治、社会やレジャー、エコロジー、フェミニズム、アメリカと、広大なジャンルを自由に横断しながら、「歩行」がいかに人類の精神に大きな影響を与えたかを描き出す大作である。古代の賢人は歩きながら哲学し、活動家は行進によって不正を告発する。巡礼者は聖地を目指して歩くなかで、自身と信仰に向き合い直す。特別なことをしなくても、仕事や生活を離れてただ歩くことや、結論を求めず思いのままに迷うことも、喧騒に慣れきった私たちにとっては、立派なリトリートになり得るのではないか。
ケアからリトリートを考える
田村尚子『ソローニュの森』(医学書院) 「精神を患った人々のための施設」のことも、リトリートというそう。写真集『ソローニュの森』の舞台は、思想家のフェリックス・ガタリに多大な影響を与えたことで知られる、フランスのラ・ボルド精神病院。写真家の田村尚子さんの写真と、数篇のエッセイが収録されている。 森に佇む古い城館を転用したこの病院と、そこで過ごす患者やスタッフの様子は、精神病院といわれてイメージするものとは大きくかけ離れている。広大な森や庭に生い茂る樹木や草花と、そこで自由に振る舞う犬や猫や鶏たち、ぽつんぽつんとだが、さまざまな場所に置かれた椅子といった穏やかな景色。一方、患者とスタッフが協働して支度をし、皆で丸いテーブルを囲んでとる食事の様子、皆で連れ立ってピクニックに繰り出すときの、颯爽とした自転車の後ろ姿のような賑やかさ。どちらも、心の回復にとって必要なものだ。治療と暮らし、孤独と共生、内外の距離感の曖昧さをやさしく写し出すこの写真集は、いつ開いても心を落ち着かせてくれる。 精神疾患を、別の人間の問題として片づけるのではなく、同じ社会や共同体、さらにいえば自然や生態系の一部と捉えてケアすること。ラ・ボルト病院の営みは、リトリートの本質を実践したもののように思う。
火を焚くという営為が持つ力
ラーシュ・ミッティング『薪を焚く』 (訳=朝田千惠、晶文社) 山尾三省『火を焚きなさい 山尾三省の詩のことば』(発行=野草社、新泉社) 週末リトリートのためのアクティビティとして本誌にも登場した「焚き火」。割った薪をくべて、火を焚くこと。それは人間にとって最も原初的で、生きるために欠かせない行為である。そして誰かと火を囲むこと、ゆらめく炎をただ見つめることで、私たちは大きく慰められる。 『薪を焚く』はノルウェーの作家ラーシュ・ミッティングさんによる、薪にまつわる知見がぎっしりと詰まった一冊。生活に薪が欠かせない北欧の気候風土やその国民文化、森の生態系、薪が私たちにもたらす価値や精神的な影響といった人類学的なパートもありながら、木の読み方や上手な薪割りの方法、薪の乾燥法、薪ストーブの種類や灰掃除の解説まで、実用性も兼ね備える。 『火を焚きなさい』は、詩人であり農業者、信仰者でもあった山尾三省の詩と散文を選りすぐったアンソロジーだ。社会運動やインド・ネパールへの旅を経て、家族とともに屋久島に移住した山尾は、そこで生涯、土地を耕し、詩を書き、祈る暮らしを続けた。「火を焚きなさい 人間の原初の火を焚きなさい やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き 必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり 自分の価値を見失ってしまった時 きっとお前達は 思い出すだろう すっぽりと夜につつまれて オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを」。詩を通して子どもたちに語りかけられた言葉は、現代の私たちの心にも響くように感じられた。
リトリートに訪れたい。ジェフリー・バワの建築
山口由美『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』(新潮社) 岩本弘光『解読 ジェフリー・バワの建築 スリランカの「アニミズム・モダン」』(彰国社) 本誌ではリトリートを愉しむための素敵な宿も数多く紹介されている。私がリトリートのための宿と聞いて思い浮かべるのは、スリランカの建築家ジェフリー・バワが設計したホテルや住宅たちだ。 『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』は、バワが設計したホテルのガイドブックだ。旅や宿をテーマに執筆活動をしている山口由美さんが、各ホテルの魅力をわかりやすく紹介する。『解読 ジェフリー・バワの建築』は、建築家の岩本弘光さんによる大著。内容は極めて詳細で専門的だが、建築写真だけでなく、バワの美しい図面もふんだんに収録されており、眺めていても楽しめる一冊である。 バワの建築は、精神的にさまざまな要素が混成・融合している。インド洋の小さな島国であるスリランカの気候や風土、イギリスの統治によって大きく影響を受けた生活や建築のスタイル、セイロンの伝統的な文化と信仰などさまざまな価値観を寛容に取り込み、それらが静かに折り重なって空間となっている。まさに、リトリートに訪れるにふさわしい場所ではないだろうか。
贄川 雪(にえかわ ゆき) 編集者。本屋plateau booksの選書と企画担当、ときどき店番(主に金曜日にいます)。 本屋plateau books(プラトーブックス) 建築事務所「東京建築PLUS」が週末のみ営む本屋。70年代から精肉店として使われていた空間を自らリノベーションし、2019年3月にオープン。ドリップコーヒーを味わいながら、本を読むことができる。 所在地:東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階(都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分) 営業日:金・土・日・祝祭日 12:00-18:00 WEB:https://plateau-books.com/ SNS:@plateau_books 編集・神谷 晃(GQ)
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