2024年2月28日水曜日

ロシア軍に雇われるネパール人 その実態は?

 Source:https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2024/02/22/37820.html

2024年2月22日、Googleニュースより

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシア軍。

これまでに30万人以上の兵士を失ったとする分析もありますが、それでもなお激しい消耗戦を繰り広げています。

その前線で相次いで確認されているのが、兵士として雇われる外国人の存在です。

なぜロシア軍に外国人が加わっているのか。“供給地”の1つとなっている南アジアのネパールで、その実態を取材しました。

(ニューデリー支局記者 山本健人 / 国際部記者 野原直路)

ロシア軍に雇われる外国人 ネパールが“供給地”に?

インドと中国に挟まれた南アジアの内陸国ネパール。

北海道の2倍近くの国土に、およそ3000万人が暮らしています。

国内の経済状況が厳しく、深刻な貧困や失業問題が続く中、200万人以上が外国で働く“出稼ぎ大国”としても知られています。

ネパールの首都カトマンズ

そのネパールで、ロシア軍に雇われて兵士となる人が相次いでいます。

ネパール政府は去年12月、その数は少なくとも200人以上に上ると明らかにしました。また、すでに12人の死亡が確認されているということです。

家族の暮らし支えるため ロシア軍に

なぜネパール人がロシア軍に加わるのか。

ロシア軍の兵士となり前線で死亡した男性の遺族がいると聞き、首都カトマンズから150キロ離れた観光地ポカラから、さらに車で2時間ほどのネパール中部の農村を訪れました。

2人の幼い子どもと暮らすリマ・カルキさん(31)。夫のピタムさん(当時39歳)がロシア軍に雇われて兵士となり、亡くなりました。

リマ・カルキさん

ネパール軍の兵士だったピタムさんは2018年に退役したあと、家族を十分に養える仕事を見つけることができず、アフガニスタンに出稼ぎに行くようになりました。

亡くなった夫のピタムさん

アフガニスタンでは、国連機関の事務所で警備員の仕事をしていましたが、半年ごとに契約を更新しなければならない非正規雇用で、決して多くはない給料の中から家族に仕送りを続けていました。

去年9月、アフガニスタンでの雇用が打ち切られ、ネパールに戻っていたピタムさんが「出稼ぎに行く」と言って向かった先がロシアでした。

その後、リマさんに送られてきた写真には、軍服を着たピタムさんが同じ南アジア系の男性やロシア人のような男性たちと写っていました。

ロシアでのピタムさん(中央)

ネパールの平均月収をはるかに上回る、日本円にして30万円余りの月給がもらえることを条件にロシア軍に雇われて兵士になったというのです。

さらに、1年間の兵役でロシア国籍を申請することができることや、戦闘が激しい地域に配属されれば、さらに高い給料がもらえるとも話していました。

銃撃訓練を受ける様子を映した動画も送られてきたというリマさん。

訓練を受けるピタムさん

夫の身を案じて「お願いだから危険な地域には行かないで」と言いましたが、ピタムさんは「安全な場所にいるから心配するな。これで、家族への仕送りを増やすことができる」と言って聞かなかったといいます。

入隊後わずか1か月での死亡通知

ピタムさんがロシア軍に入隊してわずか1か月後。リマさんのもとに、ネパール外務省からピタムさんが亡くなったとの知らせが届きました。

「2023年11月15日に死亡」

ロシア当局が作成したとみられる死亡証明書には、それ以上の詳しい情報は書かれていませんでした。

その後、リマさんは、同じくロシア軍に雇われ、ピタムさんが死亡した現場に居合わせたというネパール人と連絡をとることができ、ピタムさんは戦闘が激しいウクライナ東部の前線で手りゅう弾の爆発に巻き込まれたと聞かされました。

ピタムさんが送ってくれていた契約書。そこにはロシア語でピタムさんの名前が書かれ、契約期間は「1年」と記入されていました。

しかし、ロシア政府からはピタムさんが兵士として働いた報酬や補償金は何も支払われておらず、遺体も帰ってきていません。

一家の大黒柱であるピタムさんを失ったリマさん。これから10歳と3歳の2人の子どもをどうやって育てていけばいいのか。経済的に厳しい状況に追い込まれています。

リマさん
「遺体の返還には350万ネパールルピー(日本円でおよそ400万円)かかると言われ、支払えずに返してもらえませんでした。
夫は、私たち家族を支えるためにロシアに渡りましたが、二度と会えなくなるとは思ってもみませんでした。とても優しくて子どもたちには愛情深い父親でした。私たちの悲しみと苦難ははかりしれません」

外国人雇うロシア軍の事情とは?

ニューヨーク・タイムズなど複数のアメリカメディアは去年12月、機密解除されたアメリカの情報機関の報告書の内容として、2年前にウクライナ侵攻を開始した当初、ロシア軍の兵力は36万人規模だったのが、すでにその9割近くにあたる31万5000人が死亡したという分析を伝えています。

こうした中、ロシアのプーチン大統領はことし1月、「ロシア軍などと1年間契約した外国人とその家族は、ロシア国籍の申請手続きが簡素化される」と発表。

長引く戦闘で、兵士不足に陥る中、外国人を兵士として雇い、兵力の増強を進める思惑があるとみられています。

ネパール人狙うブローカーの実態は?

では、ネパール人はどうやってロシアにわたっているのか。

警察の捜査によって、ネパール側で人を集めるブローカーの存在とその手口が明らかになってきました。

ネパール人をロシアへ仲介したとして、詐欺や人身売買などの疑いで、これまでに18人のネパール国籍の男女が逮捕されました。

警察に摘発されたブローカー(2023年12月)

警察によりますと、主犯格はカトマンズにある留学を支援する会社の関係者で、外国での就労に関心を示した客に「ロシアに行けば大金が稼げる」などと勧誘。

容疑者らは、100万円以上の高額な手数料を支払わせて、ビザ取得に必要な書類を手配していたとみられています。

さらに、入管を欺くために、インドなどの第三国を経由してロシアに入国。現地では、ロシア側のブローカーが軍の訓練場に連れて行く役割を担っていたとも供述していたということです。

捜査を指揮するカトマンズ警察のトップは、摘発したブローカーは氷山の一角だと指摘し、取り締まりを強化していく考えを示しました。

カトマンズ警察のトップ ブペンドラ・バハドゥール・カトリ氏

カトリ氏
「ロシアにわたったネパール人のほとんどが低所得層の人たちだった。ブローカーはそんな彼らを高い報酬で誘い、ロシア軍に送る計画を立てていた。ブローカーたちはさらに多くのネパール人を狙っていて、これからも取り締まりを続けていく」

中東の出稼ぎ労働者がロシアにわたるケースも

さらに、ネパール人が多く働く中東からもロシアにわたっている実態が見えてきました。

2018年からドバイのホテルで働いていたモクタン・ガンガラジさん(32)。

モクタン・ガンガラジさん

現地のブローカーから「いまの仕事の2倍以上の給料がもらえる」と持ちかけられ、2023年9月にロシア軍に入隊。しかし、その2か月後、戦闘が激しいウクライナ東部で死亡が確認されました。

ガンガラジさんの死亡証明書

ロシア軍に所属している複数のネパール人と連絡を取り合い、この問題の取材を続けているネパールのジャーナリスト、ビラト・アヌパムさん。

ネパールのジャーナリスト ビラト・アヌパムさん

中東を拠点に活動するブローカーの正体はインド人やパキスタン人、それにポーランド人で、中東のドーハやリヤド、ドバイなどで勧誘が行われたという報告が寄せられているといいます。

中東のブローカーは現地で働くネパール人のほか、ネパールのブローカーが集めた人もロシアのブローカーに引き渡すことで、こうしたルートの構築に主導的な役割を果たし、ロシア側とネパール側、双方のブローカーから多額の仲介料を得ているとみられるのです。

アヌパムさん
「5か月前にロシア軍に入隊したという男性は、500人以上のネパール人がロシア軍にいると話していました。
ネパールで仕事があれば誰もロシアには行きませんが、ネパールではいい仕事はありません。話を聞いたうちの1人は『飢えるくらいなら、戦場で命を落とした方がましだ』と話していました。
ネパール人のロシア軍入隊を阻止したいなら、政府は出稼ぎを止めなければなりませんが、それは不可能なのです」

ロシア軍入隊相次ぐ事態にネパール政府は?

ネパールは国連の会議でウクライナ侵攻に反対の立場を表明しており、国民に対して、ロシア軍に入隊しないよう強く呼びかけています。

さらに、ロシアや経由地となっているとみられる湾岸諸国に渡航する際は、政府の許可証を求めるなど規制を強化。

また、ウクライナ軍の捕虜になっているネパール人も確認されているとして、ウクライナ政府に対して、解放に向けた交渉も行っているといいます。

ネパール サウド外相

サウド外相
「ネパールは、イギリスとインドをのぞいて国民を他国の軍に送るような条約を結んでおらず、ロシアについても同じです。
ロシア側には懸念を伝え、犠牲者の遺体や兵士となっている残りのネパール人を返してもらうよう要求しています。また、ウクライナに対しても捕虜となっているネパール人の解放を求めています。
ネパールは平和な国であり、この戦争に関わるつもりはないのです」

“供給地”は25の国と地域 3000人に

ロシア軍に加わる外国人はネパール以外の国からも確認されています。

NHKが各国政府の発表や報道などをまとめたところ、その規模は、少なくとも25の国や地域から、およそ3000人に上ることがわかりました。

▼中東のシリアが最も多く2000人以上、▼ネパールと中央アジアのキルギスが少なくとも200人、▼キューバが少なくとも199人以上、▼中央アフリカがおよそ150人などとなっています。

イギリスの公共放送BBCも、ロシアの独立系メディアと行った調査で、多くがアフリカやアジア、それに中米などの新興国や途上国の人たちだと伝え、実際の死者は「はるかに多い」とも推定しています。

プーチン政権は、3月の大統領選挙に向けてロシア国民の追加動員を避けるためにも、外国人を軍に勧誘する動きを強めているものとみられますが、ネパールだけでなく中米のキューバや中央アジアのカザフスタンなどの友好国からも反発がでています。

貧しい人たちが豊かな生活を求める気持ちにつけ込まれ、見知らぬ土地で命の危険にさらされながら戦っている実態。

ロシアによるウクライナ侵攻の影響が、経済的にぜい弱な途上国の人々にまで及んでいる悲しい現実の一端を示しているように感じました。

(2024年1月26日 ニュースウオッチ9などで放送)

0 件のコメント:

コメントを投稿