2020年4月14日火曜日

政府は動かず市民が動く、マスクが示す香港社会の機動力

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200414-51560324-business-cn
4/14(火) 17:00配信、ヤフーニュースより
日経ビジネス
⽇本と同様にマスク不⾜に苦しむ⾹港。⾹港政府のマスクを巡る政策が機能しない中で、企業や⼤学、市⺠が⾃発的にマスクなどの生産と配布を行うようになっている。マスクを巡る動きからは、香港社会の現状が浮き彫りになる。

【関連画像】街中でも手作りの洗える防水マスクが売っている(撮影:著者)

 香港は新型コロナウイルスの流行に伴って、マスクの着用が広く呼びかけられている地域の1つだ。香港政府はマスクの市場流通に対し介入を行わず、台湾やマカオのような積極的なマスクの購入制限・配分を行わなかった。この結果、マスクの供給は不足し値段は大きく高騰した。

 マスクの価格が高騰した香港には世界中からマスクが流入することになった。ところが、その中には多くの質の低いマスクが含まれていた。香港税関は3月13日、検査した24のマスクのうち4つのマスクの細菌量が基準値を超えていたと発表した。4つのマスクのうち産地が分かっているものはネパールとトルコで製造されたもので、このことからも香港が世界からマスクを輸入していたことが分かるだろう。

●香港で起きたマスク不足

 感染拡大を抑制するためには、マスクを必要な人に適切に行き渡らせる必要がある。だが、香港政府の政策が十分に機能したとは言い難い。

 最たるものは、医療従事者向けにマスクを提供していなかったことだ。香港の公立病院を運営している医院管理局は政府組織ではなく、そこで働く医療従事者も公務員ではない。公務員であり公衆衛生管理を担う衛生署には多くのマスクが政府から支給されたのにもかかわらず、最前線で活動する医療従事者には支給しないという状況になり、批判の声が上がった。現在香港政府は刑務所にマスクの生産ラインを設置して、700万個のマスクを生産する予定だ。政府はこのマスクは医療従事者に優先的に配布すると強調している。
 教育局が支給したマスクの品質の悪さも話題になった。教育局は香港の中学卒業(ディプロマ)試験(香港の「中学」は日本の中学・高校に当たる)である「DSE」の受験者がマスクを着用できるよう、受験日1日に対して1枚を支給するとしていた。ところが、中国本土やロシアから輸入されたマスクが薄すぎたり黄ばみがあったりしたことがネット上に投稿され、香港の各メディアで報道された。中には受験生に政府から支給されたマスクを配布しない判断をした学校もあったという。

 香港政府は2月4日、十分な数のマスクを確保できなかったことを理由に特定の職種以外の公務員のマスク着用を禁止したと発表し、「まるでデモ参加者のマスク着用を禁じた覆面禁止規則のようだ」と皮肉られた。行政長官弁公室はその後、公務員が自身で購入したマスクについてはこの禁止規則は適用されないと付け加えている。



●マスクを製造・配布しようとする動きも

 政府には頼れず、市場からも調達できない。そんな状況の中で、企業や個人がマスク生産に参入する動きが相次いでいる。ネットショッピングサイトの「HKTVmall」はマスク生産のために防塵室を設けた。空気のろ過フィルターと健康食品会社が協力して、マスク生産に乗り出した例もある。

 香港の大手バス会社である九龍バス(KMB)の親会社、載通国際もマスク生産に乗り出した。マスク生産はバスの整備工場内で行う予定で、1日当たり1万枚が生産できるような生産ラインを設置。外部への販売のためではなく、不特定多数と接しなければならない自社の乗務員などに提供するためだという。香港の鉄道(高速鉄道・地下鉄)運営をする香港鉄路(MTR)も自社利用を前提としたマスク生産に乗り出すと報じられた。⾹港理⼯⼤学の機械⼯学部が開発したナノファイバー技術を利⽤し、⾼い微粒⼦・細菌ろ過率のマスクを実現するという。

 香港製衣同業協進会会長であり建制派の自由党党首の鍾国斌(フェリックス・チュン)立法会議員は自身の会社で60回洗って使えるマスクを開発することに成功し、当初は100香港ドル(約1500円)で販売するという。自由党の元主席である田北俊(ジェームス・ティエン)氏はこのマスクを2万個購入して、その一部を政治的立場に関係なく立法会議員に配布することを明らかにしている。マスク生産は香港の縫製工場で行うという。

 香港政府は、こうしたマスク生産への資金援助制度を創設した。だが、ほとんどの申請者は政府の要求する条件を満たせず、資金援助を受けずにマスク生産を進めている。3月12日までに63件の申請を受け付けたが、58件の申請が必要条件を満たしていないと却下された。3月20日の段階でも資金援助が確定しているのは2件のみである。

資金援助要件は、1カ月に50万枚以上のマスクを生産できるラインを設置すると最高 300 万 香港ドル(約4200 万円) を支給するというものだ(同じ工場の2本目以降の生産ラインに対しては最高で 200 万 香港ドル)。香港で原材料を確保する必要があり、1年にわたって香港政府にマスクを1カ月当たり200万枚かもしくは生産した全量を販売しなければならない。200万枚を超える場合は政府以外に販売することもできるが、香港の域外への輸出はできない。これらの厳しい要求を満たす例は少なく、香港内でのマスク生産にも政府の政策はあまり効果を発揮していないと言えるだろう。

 製造までしなくとも、マスクやアルコール消毒液をはじめとした衛生用品を配布した団体や個人は少なくない。例えば、歌手の呉若希や女優の王子涵などの有名芸能人は郊外の団地まで行ってマスクと白米を配布している。

 区議会・立法会議員、政党関係者が団地近くでマスクを配布し、そこに人々が並ぶ光景も様々な場所で見られた。香港の政治家は票を得るために地元社会との結びつきを強めようとすることが多い。特に選挙区が狭いために選挙区当たりの有権者数が少ない区議会選挙では、地域住民に直接恩恵を与える戦略が優位に働く。実際に、衛生用品の配布と立法会選挙に向けた選挙登記の呼びかけを同時にやっている政党関係者の姿も見られた。この選挙登記は今年9月に行われる立法会選挙で投票するために必要となる。

 個人レベルでもマスクと政治的主張を絡めた動きは出てきている。例えば以下の写真の女性は歩道橋の上で団体名などを表示せず1人でマスクを配布していた。女性の前には写真が並べられており、写真には建制派の民建聯の議員やキャリー・ラム行政長官が写っている。この女性はそれらの写真を足で踏みつけた人に対してマスクを配布しているそうだ。
社会的弱者への配布の動きも
 香港にはインドネシア人やフィリピン人などの家事労働者(ドメスティック・ヘルパー)がおよそ40万人いる。亜洲移居人士連盟(AMCB)が2020年3月8日から10日にかけて1127人を対象に実施した調査によれば、1割強の家事労働者が雇用主からマスクや消毒液の提供を全く受けていなかった。このサンプルデータから推測して「5万人ほどが十分な防疫用品を得ていない可能性がある」とAMCBは指摘している。このような現状によるものか、インドネシア人の家事労働者が日曜日に駅前で同じインドネシア人向けにマスクを無料で配布する姿を見かけることもあった。

 3月上旬にはインドネシア人の家事労働者が大きな袋にマスクをたくさん詰め込んで地元の食堂である「北河同行」の店主陳灼明氏に寄付している。陳灼明氏は困窮者に無料で食事を提供していることで知られている人物で、今回も長時間薬局の前に立って並べない高齢者に配布するためにマスクを集めていたという。社会的弱者である移民労働者が、同じような社会的弱者である高齢者に対してマスクを提供するということも起きているのだ。

 若者らがマスク生産のために立ち上げた「本土好罩(masHker)」というグループも、社会的弱者へのマスク供給を実現しようとしている。ここでいう「本土」とは「香港地元の」という意味であり、「HKer」は「香港人」を指す。香港で作られたマスクであるということを強調したネーミングだ。本土好罩は2つのマスクを購入すれば、1つのマスクを病人などのために寄付するというキャンペーンを行った。こうすることで、人々は自分のマスクを購入すれば同時に社会的弱者にもマスクを行き渡らせることができる。本土好罩はマスク製造のために障害者雇用も予定しているという。

 現在の香港政府はリーダーシップに欠けているのは否めない。そもそも、伝統的に香港政府は社会福祉に対しても放任的政策を取ってきた。ただし、その中で民間がスピーディーに新しいアイデアを実現させるのが香港社会の強さでもある。

 香港で続く一連の抗議活動において、政府がマスク着用を禁止する緊急条例を発動させてから、マスクはしばしば香港政府を揶揄(やゆ)する象徴として語られてきた。今回の新型コロナウイルスの感染拡大防止においても、マスクは政府に頼らぬ香港社会のダイナミックさの象徴となっている。

石井 大智

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