Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/35bbcbe1093dc26f1bbef755fda539c43cf2654c
新型コロナウイルス禍でさまざまな分野のペーパーレス化やIT(情報技術)化が進む中、工場や店舗などの現場で働く「ノンデスクワーカー」向けのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を提供し、受注を伸ばしているのが「カミナシ」(東京都千代田区)だ。現場では作業のチェックリストや伝票、日報の作成など紙が主流。これまでペーパーレス化も進んでいなかった。創業者の諸岡裕人CEO(最高経営責任者)は、航空会社の機内食製造などを請け負う家業の工場で現場の課題に直面。その経験を生かし、ノンデスクワーカーが抵抗なく使える現場改善プラットフォーム「カミナシ」を開発したという。業種に関係なくあらゆる企業で利用可能なホリゾンタルSaaS 。その可能性について、諸岡CEOに聞いた。(SankeiBiz編集部) 【写真】クラウド経由で使える現場改善プラットフォーム「カミナシ」 ■年配にも「使いやすい」と好評 ――現場で働くノンデスクワーカーの中には、これまでの仕事の進め方を変えることに抵抗や心理的負担を覚える年配の人もいるかと思いますが 諸岡CEO: 社名もプラットフォームの名も“紙無し”を意味する「カミナシ」ですが、私自身は紙の有用性を否定するつもりはありません。現場の作業では紙の方が早く便利な場合もあります。私がなくしたいのは、紙を使うことによる非効率でした。 それに、紙ですと後から書き換えることもできてしまいます。データの改竄(かいざん)といった不正が行われる恐れもあります。クラウド経由で使える現場改善プラットフォーム「カミナシ」なら、端末に入力した日報や品質管理の情報の時間がログとして残ります。現場では端末のiPadなどで写真に残すこともでき、ログとともに記録されますので、不正の心配はなくなります。 確かに、現場ではガラケー(国産の携帯電話で、海外では売れないガラパゴス携帯)を使っている50代や60代の年配の方も少なくありません。ただ近年は、ガラケーからスマートフォンに切り替える人も増えています。スマートフォンのフリーマーケットアプリを駆使される年配の方も珍しくありません。そういった意味では、ペーパーレス化やIT化に対する抵抗、心理的負担は減ってきていると感じます。 われわれが開発した現場改善プラットフォーム「カミナシ」も、最初は現場で実際にどこまで使ってもらえるだろうか、という不安がありましたが、シンプルな画面で音声や手書き入力もできるようにしたことで、これまでITに馴染みのないご年配の方からも「意外と使いやすかった」という反応をいただいています。 例えば、現場では作業従事者にiPadなどのタブレット端末を通じて「カミナシ」に情報を入力してもらいます。その情報をデータ化して集計し、報告書を作成します。これまでと同様、紙に記入していた感覚で入力できるうえ、情報の一元管理も瞬時に行えるのです。 これまで紙やExcel(エクセル)で行っていた作業をそのままデジタル化し、スケジュールやチェックリストなどあらゆる業務の効率化を図ることもできます。また、入力中に是正作業を行う必要があったとしても、その場で是正するためのマニュアル画面に切り替えて、現場の作業従事者が正しく作業ができる情報を表示させることもできます。 これまでのSaaSはデスクワーカーがデスクワーカー向けに開発したものばかりでした。日本の就労人口の半数以上がパソコンを使わないノンデスクワーカーです。「カミナシ」は現場で働く人に向けて、価値を提供していきたいと考えています。 ――「カミナシ」を導入すると、具体的にどのようなことができるのでしょう 諸岡CEO: 「カミナシ」では、現場のルーティンワークや事務作業を自動化し、さまざまな業務の効率化を実現できます。工場などの製造現場から小売、飲食、物流、医療分野に至るまであらゆる現場に対応しています。 ユーザーが自分たちに合ったフォーマットを作成し、自由にカスタマイズできるのも特徴です。身近な部分から身の丈に合わせてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていくことができます。これを「身の丈DX」と呼んでいます。 昨年11月には、タブレット端末のカメラと連携させ、業務監査を一元管理できる機能も実装しました。一方で、業種やジャンルによっても、求められる機能は異なりますので、特定の業種でしか使われない専用の機能は実装していません。そうした特殊な機能が増えてしまうと使い勝手が悪くなるからです。汎用性のあるプラットフォームを実現する難しさも、そこにあると思っています。 現場の作業に従事している人たちがストレスなく使えるように、UI(ユーザーインターフェイス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)に気を配っています。現場にいきなりAI(人工知能)のような高度な技術を持ち込むのは難しいですが、「カミナシ」でペーパーレス化、デジタル化を進めていけば、現場全体を変えることができるはずです。 ■実体験から実装した「多言語化機能」 ――ワンタッチで多言語に自動翻訳される機能も付いているとのことですが、これは工場や飲食店などの現場で働く外国人労働者に対応したものなのでしょうか 諸岡CEO: 私は大学卒業後、リクルートスタッフィングの営業職を経て、2012年から成田空港の旅客関連サービスを請け負うワールドエンタプライズ(千葉県成田市)に入社しました。父が経営する家業の会社です。私が働いていた現場はネパール人の留学生が多かったのですが、オペレーションのチェックや顧客からこういうクレームがあったと伝えようとしても、なかなか伝わらないことがあったのです。言語の壁でお互い不幸になっている。そう感じました。 多言語化機能は、こうした自分の実体験から何としても実装したいと思っていた機能でした。英語をはじめ、中国語(簡体字・繁体字)、ベトナム語、ネパール語、ポルトガル語、タイ語、タガログ語、インドネシア語など9言語が翻訳できます。業界や業種によって特有の専門用語、表現を辞書登録することも可能です。自動的な機械翻訳と人の手による翻訳を組み合わせることで高い精度の翻訳を実現し、外国人労働者の方に確実に作業内容を伝達できるようにしています。 ――「カミナシ」のきっかけは、家業であるワールドエンタプライズでの経験が大きかったのですね 諸岡CEO: はい。ワールドエンタプライズでの経験が99%といっても過言ではありません。機内食の業務で言えば、1食作ったらいくらという業務請負の作業だったのですが、現場責任者は納品のチェックなどで深夜の午後11時くらいまで残業することがありました。すべてチェックして、紙のレポートにまとめていくのですが、この作業に3時間くらい費やしていました。 責任者の深夜割増手当、超過金手当もそれだけ多くかかります「こんなことをやっていたら儲からない」と思い、どうにかしなければと、業務を効率化できるサービスを探しました。しかし、ゼロからシステムを構築すると数千万円はかかると言われました。 いっそのことすべて自分で作った方がいいのではないかと思い、プログラミングを学び始めたのがきっかけです。 父は常々、「人がやりたがらないきつい仕事、外から見てよく分からない仕事ほどおいしいんだぞ」と言っていました。顧客ごとに現場を理解する難しい部分もありますが、ノンデスクワーカーに向けたサービスで勝負した方が、起業家として勝率が高いのかなと思いもありました。「すごい人間になってやる」という気概もありました。 最初は食品製造業向けのバーティカルSaaSだったのですが、ピボット(方向転換)した経緯があります。ワールドエンタプライズでは、機内食の食品工場以外にもビルメンテナンスやホテルなどの業務も請け負っていましたから、そうした自分の経験もあり、食品製造業向けということではなく、腹を据えて長く事業をやっていこうと、広くノンデスクワーカー向けのホリゾンタルSaaSを提供しようと考えたのです。他のSaaS企業と差別化できるはずという確信もありました。そうして、2020年6月に今のカミナシのサービス提供に至っています。 ――カミナシのサービスが世の中に受け入れられたと、PMF(プロダクトマーケットフィット)を実感したのはいつですか 諸岡CEO: まだプロダクト(製品)がない段階で、PowerPoint(パワーポイント)の資料だけで売れたということがありました。それが最初のPMFでした。プロダクトが完成し、月に100社以上から問い合わせが来た瞬間が2回目。そして、セールスが入社したその月に受注した瞬間が3回目のPMFです。「あ、これって私の経営者のビジョンとターゲットであるお客さんの層が一致したんだな」と、そう思いました。プロダクトも、セールスのやり方も間違っていなかったんだと感じました。 ■作り手不足解決のカギは「ノーコード」 ――コロナ禍で「カミナシ」を取り巻く環境にも変化はありましたでしょうか 諸岡CEO: コロナ禍で飲食業界やホテル、レジャー産業などは大きなダメージがありました。その結果、各業界で品質管理部門の人員が削減されるという現象が起きています。ひどいケースですと半分以下に削減されたところもあります。 高品質な商品やサービスを提供する上では品質管理は非常に重要です。食品業界で言えば、食品衛生法の改正で、今年6月から食品を取り扱う事業者全てに対し、衛生管理の国際標準「危険度分析による衛生管理(HACCP)」に沿った衛生管理の完全義務化が始まり、品質管理基準がいっそう高まりました。一方で人員は削減せざるを得ない。このギャップをどう埋めるかということで、企業もITを積極的に活用するしかないと考えているようで、カミナシへの問い合わせが増えています。 削減せざるを得なかった人員を補完するために「カミナシ」の活用を考える企業が最近増えているように思います。 ――旧態依然としていた職場環境や業務管理がコロナ禍を契機に見直され、DX化が加速した側面もあると 諸岡CEO: DX化は確実に進んでいると思っています。また、この流れは今後、変わらないとも思いました。4年半前の創業時を振り返りますと、当時はお客さんからよく、「現場はiPhone、iPadの持ち込みは禁止になっている」などと言われたものです。その次が「クラウドって危ないよね」という反応です。ですが、今ではそんな質問をしてくるお客さんは皆無です。大企業では「DX推進室」といった部署を新設して、さまざまなデジタルツールを試していますが、その中で「カミナシ」の導入も検討していただいているようです。 ただ、問題点もあります。それは圧倒的に作り手となるエンジニアやそれらを推進する人材が不足しているということです。ノンデスクワーカーの領域にはITで解決できる課題がまだまだたくさんあります。しかし、それらを解決できるようなプロダクトの作り手や、導入後に現場に推進する人材が不足しているのです。 ――デジタル人材不足という課題の解決策は 諸岡CEO: 2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されましたが、低年齢時から教育していくことが大切だと考えます。また、ゆくゆくはノーコードで開発できる環境が整っていく可能性があります。システムエンジニア(SE)でなくても要件定義できるような環境です。 今やウェブサイトのコンテンツ作成のために使うコードであるHTMLを知らなくても、かんたんにホームページやブログを作れるようになりました。豊富なテンプレートからデザインを自由に変更し、さまざまなプラグインでメールフォームなども容易に作成できます。マウスでドラッグしたり、クリックしたりするだけでいいのですが、同様に、C++といったプログラミング言語を知らなくても、ノーコードでシステムを組むことができれば、そこから思考が回り始め、ノンデスクワーカーの現場にもデジタルを推進する人材が生まれる可能性が十分にあると考えています。 カミナシでは導入いただいた顧客に対して、現場の業務に合わせたカミナシの設定や使用方法などのオン・ボーディングの支援もしています。はじめにシステムを構築して終わりではなく、「カミナシ」では現場の業務の改善が図れるという特徴があります。「もっといいものにしよう」という「カイゼン」文化に生かすことができるのです。創業からの4年半で、ノンデスクワーカーの現場にも確実にDXの波が押し寄せてきていると実感しています。 ■社会の共感を得られるストーリー ――SaaS業界の課題、これから起業を目指す人へのメッセージはありますか 諸岡CEO: まず恐れずにピボット(方向転換)をするということです。事業の方向性を転換したとして、次にストーリーを語れるかどうか。私は食品製造業向けのバーティカルSaaSからノンデスクワーカー向けのホリゾンタルSaaSにピボットした際、ストーリーも中身も変えました。 ノンデスクワーカーの現場にITを導入したら、どのように変わるか。その変化は社会の人々にどれだけ共感されるか、そんなストーリーを思い描いていました。社会と合意形成を図れなければ、カミナシを必要だとは思ってもらえません。そうしないと成長もできませんし、自身が掲げたビジョンも実現できません。 社会の共感を得られるストーリーをどのように語れるのか、ということが重要だと思っています。
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