Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8a733210c5a673c65626366a75c01d0a3611587b
東京都庁がそびえる新宿から京王線の特急電車で約20分。活気のある府中駅の近くに建つシックな建物は“ザ・シティーホテル”といったたたずまいだ。 開業は1987年。117室ある部屋は、セミダブルベッドが置かれたシングルから最大で4人が利用できる「スーペリア トリプルルーム」までどれも広々とし、清潔感がある。周辺には東芝やNECといった大手企業の工場が多く、東京競馬場や味の素スタジアム(調布市)、よみうりランド(稲城市)なども近い。そのため、ビジネスからスポーツ観戦、娯楽まで、客の目的は多様だという。 一見、何の変哲もないシティーホテルのように映る。総支配人の大住佑さん(33)が言う。 「都心の『御三家ホテル』などと比べると規模面で見劣りしてしまうかもしれない」 しかし、その言葉は「ここにしかない強み」があることへの自信の裏返しでもある。 「うちは自社牧場を持っているのです」。青森県東北町にある「東北牧場」のことだ。 1917年創業の牧場は、サラブレッドの生産から調教までを一貫して手がけるオーナーブリーダーで、47年のダービー馬「マツミドリ」を育てた“古豪”だ。そのグループ会社になったのは80年代後半。時を前後して87年に野菜や野草の栽培を始め、その後2000年に鶏卵の生産を始めた。 ◇看板は旬の野菜や鶏卵 「牧場でとれる旬の野菜や野草、鶏卵を使った料理がホテルの看板」と大住総支配人が言う。生産から調理、サービスまでホテルが一貫して担う。 「食を中心としたウエルネスを提供することが柱で、イメージとしてはオーベルジュ(宿泊施設を兼ね備えたレストランを意味する仏語)に近い」 牧場面積は約100ヘクタール、東京ドーム約20個分と広大で、農産物は農薬も化学肥料も除草剤も使わない。サラブレッドの寝わらやふんで作った堆肥(たいひ)を用いる循環型農業を実践しているのだ。 サラブレッドのオーナーブリーダーという利点を生かし、堆肥作りから手がける。馬房の敷き草や馬が食べ残した野草、ふん尿などを一カ所に集めて何度も切り返し、微生物の力で約3年がかりで完熟させる。完成した堆肥は有機物が豊富で、ふかふかだ。 この堆肥に、雑草やササで作る緑肥、ホタテの殻などを加えて地中深くまで耕す。 農産物も種まきから収穫まで全てを現地採用のスタッフが担う。 野菜は大根やほうれん草、ニラにターサイ、からし菜にケールなど。野草もヨモギやタンポポをはじめ、ハルジオンやオオバコ、スベリヒコまで。春は山菜も。今の時季はキュウリやトマトといったみずみずしい夏野菜が中心だ。どれも味が濃く、作物固有の味わいがくっきりと表れる。 牧場の広報担当、柏崎一紀さんは「化学肥料を使えば簡単だが、土が痩せて野菜本来の味を失う。土地を肥沃(ひよく)にするには手はかかるものの、いい物を作るためには省略できることが何一つない」と語る。 ◇農産物、自然の力に任せ生産 鶏卵も平飼いの有精卵で、餌のデントコーンは全て牧場の中で生産する。ここでも農薬、化学肥料、除草剤は使わない。広々とした鶏舎で暮らし、屋外運動場で自由に動き回るためストレスなく育つ。鶏はもともと恐怖心が強いといい、安心して眠れるように宿り木も置いている。そんな健康な鶏から生まれた卵「青玉」はひすい色で、濃厚かつクリーミーな味わいだ。 柏崎さんは「本来は2万羽近く飼える広さがあるが、800羽程度にとどめている。人間よりぜいたくな生活をしているかもしれない」と笑う。 農産物の生産を始めたそもそもの目的は、堆肥の有効活用だった。来場者の求めに応じて試食してもらったところ、「おいしい。売ってほしい」と評判を呼び、本格栽培が始まったという。 「旬のもの以外出せないし、効率も悪い。その分、余計な物を一切使わず自然の力に任せて作っているから農産物は味も素直」(柏崎さん) 農産物を市場には卸さず、味わえるのは、このホテルだけだ。 ◇ ホテル内には、カジュアルフレンチなどを楽しめる「レストランコルト」▽「中国料理フィリー」▽バイキングレストラン「東北牧場」――の三つのレストランがあり、とれたて直送の野菜や鶏卵を使ったメニューがずらりと並ぶ。 「東北牧場の季節野菜と野草入りフィットチーネのペペロンチーノ」や「東北牧場の青玉とパンチェッタの濃厚カルボナーラ」(いずれもコルト)、ヤマブドウの黒酢を利かせた「フィリー特製酢豚プラムの香り」(フィリー)――。料理やデザートが並ぶ「東北牧場」は「ヘルシーで罪悪感が少ないバイキング」と女性を中心に評判だ。平日の昼のみバイキングではなくランチ営業をしているが、「卵かけご飯定食」や「野菜・野草のオーケストラ」などやはり東北牧場産の農産物を味わえる。 平日の昼のみバイキングがなくランチ営業をしているが、「卵かけご飯定食」や「野菜・野草のオーケストラ」などやはり東北牧場産の農産物を堪能できる。 ◇総料理長の名を冠したカレーも 総料理長でネパール出身のアリャール・メガナットさん(54)は牧場産野菜の魅力を「野菜が生きようとするために隠し持っている野生の味が引き出されている」と表現する。 素材を知るためにまず生で食べるという。大根をかじった時、「ネパールの実家の畑で作り、子どものころ食べていた大根と同じ味がする。味が鮮烈だった」と驚いたそうだ。 旬の作物に加え、初見の野菜が大量に送られてくることもある。山ウドをスパイスでマリネしたり、生食用かぼちゃのコリンキーをジャムにしたり……。何が来ても料理に変える瞬発力と発想力が問われる。 「牧場産野菜や卵の持ち味をいかに生かし、膨らませて料理に仕上げるか。私たちの腕の見せどころ。新たな料理を考え、つくり出していく楽しさがある」 自身の名が付いた「野菜たっぷりアリさんカレー」(コルト)は一食分にタマネギを120グラムも使うため甘みと風味が豊かで、旬の野菜がまた滋味深い。 アリャールさんは“秘策”を隠し持っているという。 かつて腕を磨いたホテルで覚え、ほれ込んだ料理をいずれメニューに加えることだ。舌平目の白ワイン蒸しにバターやオランデーズソースで味付けする一品。「作れるようになるのに10年以上かかった。思い入れ十分で、何よりおいしい。いずれお客さんに食べてもらえるようにしたい」と意気込む。 ◇ 大住総支配人が言う。 「私たちは隠し立てすることがない。手をかけ、丁寧に作る東北牧場産の野菜同様、実直なホテルであり続けたい」 新型コロナウイルス感染拡大の影響は大きく、宿泊客が8割ほど減るなど苦しい時期も経験した。近隣のシティーホテルが複数撤退を決めるなど経営環境の厳しさも増す昨今、東北牧場と食を前面に打ち出して「唯一無二のシティーホテル」として歩み続けている。 今年PR会社から転職した広報担当の及川泰さん(28)は「意見交換が活発で、若い人の意見も反映しやすい。東北牧場という看板があるので、このホテルにしかないストーリーを多くの人に伝えたい」と話す。【倉岡一樹】 ◇ホテルコンチネンタル府中 東京都府中市府中町1の5の1。電話042・366・2111。京王線府中駅から徒歩約2分。
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