Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/478009fc255a4e86cfb9a86e8d1705fb4228ed09
2021年10月末時点で、約172.7万人いる日本の外国人労働者のうちで国籍別のトップはベトナム人(約45.3万人)で、全体の26.2%を占めている。さらに人数順に並べると、さらに中国、フィリピン、ブラジル、ネパール……と続く。インドネシアは6番目で、全体の3.1%の5万2810人。決して少ない数ではないが、全体的に見ればささやかだ。 ただ、これも業種による。実は漁業分野においては、インドネシア人の存在感は圧倒的に大きいのだ。沿岸部のカキなどの養殖や、定置網漁業の現場にはまだベトナム人や中国人もみられるが、沖に船を出して自然の海産物を収穫する漁撈船の世界はインドネシア人ばかりなのである。 今回、金虎丸漁業(静岡県下田市)で取材に応じてくれたのは、同社で働く5人のインドネシア人漁師たちだ。技能実習生を経てから在留資格「特定技能」(2019年に開始された就労可能な在留資格)で日本に滞在している。キャリアの浅い20代の3人は月の基本給20万円程度だが、水揚げが多い月は歩合給が増えるため、40歳前後のベテランである2人は月収130~160万円の高給取りとなっている。 なかでもキャリアが最も長い、インドネシア・スラウェシ島出身の41歳のヤントは、外国人でありながら、気仙沼を母港とする漁船の船長だ。漁師の仕事は、激しい船酔いや出漁中のリスク(漁具で大ケガをした場合もすぐ救急搬送されるとは限らない)が大きく、なにより冬の海であれば落下しただけで死につながる非常に過酷な労働環境なのだが、登りつめればしっかりリターンもある。 「漁業関係者のインドネシア人の場合、技能実習生は割とエリートでもある」
負担少なく、技術を生かすインドネシア実習生の特徴とは
ユニークなのが、一般には悪名高い技能実習制度についても、インドネシア人の間ではそこまで評判が悪くないことだ。 たとえば近年のベトナム人(および以前の中国人)の場合、出国前に80~150万円程度の借金が必要で、来日後はその返済に追われる〝債務奴隷〟的な立場に置かれがちだ。対してインドネシア人は出国時の費用が実費に近い20~30万円程度で済んでいることがある(ただし、田んぼや自動車、学校の卒業証明書などを担保にして、実習中の逃亡に対する違約金代わりにしているケースはあるが)。 来日後の給料が安い点は変わらないとはいえ、借金があまりないだけに、ベトナム人らと比べても日本で働くうえでのストレスは相対的に小さい。 普通、技能実習生は本国での仕事と日本での仕事内容にあまり関連性がなく、母国に「技術」を持ち帰ったり知識を活かして起業したりする例もあまり多くないが、漁業分野のインドネシア人実習生の場合は、現地で水産高校を卒業するなど、もともと「この分野で食べていこう」という考えから実習生になった人が多い。 技能実習がちゃんと本人のキャリアにつながるという、他の業種や国籍の実習生ではあまりないパターンもみられるのだ(それがレアケースであること自体、問題であるともいえるが)。
実習生よりも劣悪な環境「マルシップ」で働く外国人漁業者
もっとも、ならば漁業の現場で働くインドネシア人たちの環境が、いわゆるホワイトなものばかりかといえば、そうとも言いがたい。理由は技能実習生よりも「下」に、ずっと過酷な環境に置かれた人たちが存在するからだ。ヤント船長と同じくいまや高給取りになったベテラン漁師、インドネシア・中部ジャワのペカロンガン出身で39歳のトリスはこう話す。
「私自身やヤントも過去に経験したが、〝マルシップ〟の労働者は本当にひどい。私たちが働いた当時、月給は4万円で無保険だ。最近は月給13万円くらいまで上がったらしいが、ボーナスはないし相変わらずの無保険。食費も自弁だ。日本の漁業に関係するインドネシア人の場合『技能実習生はエリート』で、大部分はこのマルシップ労働者なんだよ」
マルシップとは「日本船籍で、日本の船主が船体だけを外国船主に貸し出し、外国船員を乗り組ませて再び日本企業がチャーターする船」(デジタル大辞泉)だ。
仕組みがちょっと複雑なのだが、この方式を使えば、事実上は日本の漁船に外国人船員が乗り組むことが非常に容易になるため、慢性的な人手不足と高齢化に悩む漁業業界は助かる(日本の漁業従事者人口は、なんとわずか15万人程度であるうえ、4割が65歳以上だ)。ただ、海外と日本の狭間で運用される制度であるため、労働環境が保護されにくい構造的な問題がある。トリスは言う。
「過去、私が他社のマルシップ労働者だったころ、沖合で後輩の目に網が入り、ドバドバ流血していて『目が見えない』と言っているのに、日本人船長は『いいから働け』と言って取り合わず、港に引き返してくれなかった。丘に戻ったのは事故から2日後。当然、労災もなにもおりなかった」
マルシップ労働者から脱出していまや日本人以上の高給取りになっているヤント船長やトリスは、かなりのレアケースだ。
インドネシア人の労働者は、ムスリムなので飲酒や賭博をそれほどおこなわず、ゆえに他国の労働者と比較してもこの手の不祥事系のトラブルは起きにくいとされる。だが、彼らの姿は、普段それほどスポットライトがあたっているとは言いがたい。いわば〝沈黙の外国人労働力〟とも呼ぶべき彼らが、海に囲まれた日本の漁業を支えている。
安田峰俊
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