Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/165f657d1b198ca513ccdfd37ea0b838a4f4a544
湯淺 墾道(明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授) 当初は、自由やボーダレスを実現するものと見なされていたインターネットに対して、いま、各国で規制を強化する動きになっています。一方で、世界では社会のデジタル化が進んでいますが、日本ではそれが遅れています。ICT技術の規制と推進は今後、どうなっていくのでしょう。 ◇LINEがあらわにした大きな問題 2021年3月、無料通信アプリを運営するLINE社が、ユーザーの画像や動画のデータを韓国内のサーバーに保管していることが報道され、問題視されました。 しかし、IT関連企業が国外のサーバーを利用すること自体は珍しいことではありません。では、LINEの場合は、なぜ大問題になったのでしょう。 ひとつには、韓国のサーバーを利用していることが、日本人の8割が利用しているというユーザーに明確に知らされていなかったことです。 データは暗号化されていて、サーバーを管理している韓国人スタッフも見ることはできないという説明がなされましたが、いままで知らされていなかったこともあって、ユーザーは不信感を抱きました。 さらに、中国の会社に一部の業務を委託しており、その中国のスタッフはデータを見ることができていたという事実も不信感を募らせたと思います。 また、LINEを含め、SNSが事実上インフラ化していることも問題を大きくしました。 例えば、多くの自治体が、コロナ禍にあるいま、地域の感染者数の発表や、体調が悪くなった人の連絡を受けるなど、コロナに関する様々な情報の受発信にLINEを活用しています。 それは、地域住民との情報アクセスにおいて、従来の方法、電話やハガキ、回報などより、はるかに人手も手間もかからず、スピーディーに低予算で行えるからです。 実際、今回の問題を受けて、LINEの活用を停止するといった自治体もありましたが、LINEの利便性を知ったいまでは、では、LINEに代わる情報アクセス手段があるかといえば、ないのです。 確かに、今回の問題を受けて、LINE社は、今後、国内のサーバーを利用することを発表しましたが、そもそも韓国のサーバーを利用した理由はコストの問題です。 つまり、民間企業である以上、利益を出すことが主目的なのですから、そのためには様々な手段を講じるわけですし、利益が見込めないとなれば、LINEというサービスを廃止することもあり得るわけです。 そのとき、地方自治体や住民にとっては、はしごを外されたようなことになりかねないのです。 1995年にインターネットの商用利用が始まって以降、ICT技術は飛躍的に向上し、グローバル化の促進など、社会の構造すらも変えてきました。地方自治体のサービスのデジタル化は私たちの生活の利便性も向上させています。 しかし、それを推進する主体は民間企業なのです。LINEの問題は、そうした民間企業に自治体や行政が依存していることをあらためて認識させました。 今後も発展していくICT技術を、社会としてどう活用していくのが良いのか、しっかりとした議論をする必要があるのです。
◇ICTに対する規制が強化される動き 例えば、近年、ICT技術の活用を法規制する動きが世界では増えてきています。2018年に施行されたEUのGDPR(一般データ保護規則)などはその典型です。 その内容は、個人データに関して、その収集や処理をはじめ、EU域外への持ち出しまで、幅広く規制しています。つまり、個人データを取り扱う企業に対して、厳格な情報管理を求めているのです。違反すれば罰則規定もあります。 EU域内で活動する日本企業にとっては、日本と異なる法規制に注意が必要と言えます。 また、中国では、2017年に国家情報法が施行されています。これは、企業は持っているデータを中国政府から渡すように要請されれば、それに応えなければいけないという内容を含む法律です。つまり、個人データを含め、あらゆるデータは国家が統制するものという考え方なのです。 そもそも、中国では、インターネット上にも中国の主権があると明言しています。領土や領海と同じように、インターネットにも国家の統制がおよぶと考えているのです。 インターネットが商用利用され始めた当初は、インターネットには、自由でオープンで、ボーダレスであるという概念がありました。実際、インターネットによってグローバル化は大きく進展しました。 一方、中国の考え方はそれと真逆といって良いほど独特です。しかし、EUのGDPRがそうであるように、個人情報の保護管理という観点から、西欧諸国でも規制の動きが強まっています。 アプローチは真逆なのですが、インターネットに対して、自由、オープン、ボーダレスから、規制、管理へと世界は動き始めていることになります。 社会のデジタル化が遅れていると言われる日本も、LINE問題などをあらためて考えれば、なんらかの規制や管理が必要であることを考えなくてはいけないのです。
◇便利過ぎるアナログを手放す必要を考える 実は、日本社会は世界と比べて非常に独特なゆえに、デジタル化が進まないように見えます。 例えば、選挙の投票において、電子投票やオンライン投票がなかなか導入されません。それは、従来のアナログの投票方式が、世界では稀なほど問題が少なく、上手く運営されているからです。 例えば、私はJICA(国際協力機構)の活動で、途上国の人たちに選挙管理運営の講義をしたことがあります。すると、投票所に警察官を配置しなくて良いのかとか、投票箱を透明なものにしなくて良いのか、といった質問をされて戸惑ったことがあります。 つまり、海外では、投票所が襲われたり、不透明な投票箱では不正が起きることが多いのです。 実際、投票の前日には飲食店で酒を出すことが禁止されている国もあります。支持者ごとに集まって酒を飲み、酔って暴徒化するからです。また、投票所は大行列で、投票まで1~2時間かかるといった国もあります。 要は、世界では、投票を人が管理運営するより、電子投票やオンライン投票にする方が便利で安全で、なにより信頼できると捉えられているのです。すでに、アメリカ、インドやネパール、ブラジルなど、様々な国で導入されています。 2005年に、地方議会選挙において世界で初めてオンライン投票を導入したエストニアでは、年々、利用者が増えており、大きな問題やトラブルも起きていません。 逆に、日本では、オンライン投票を導入する積極的な意味がないと感じられているわけです。 しかし、一方で、国政選挙でも投票率が50%を下回っているのは大きな問題です。有権者が投票所に行くという手間のかからないオンライン投票によって投票率が上がるのであれば、それは導入する価値があると思います。 オンライン投票の問題点として、通信障害や停電のリスク、投票記録の書き換え、投票所という、いわば監視の目がないことによる買収や強要、二重投票やなりすまし投票などが指摘されますが、現状の投票に比べて著しくリスクが高まるとは考えられません。 また、いまのICT技術やマイナンバーのシステムを活用すれば、それほど大きな問題が起こることはないと思います。実際、世界の多くの国では、そうしたシステムを活用して上手く実施しているのです。 むしろ、投票所に行くことが、困難になっている高齢者や、面倒と思っている若い世代、また、天候悪化時などは、はるかに投票がしやすくなります。また、在外投票や、不在者投票にとっては非常に便利になります。 特に、地方から都内の大学に入学した学生の多くは住民票を移していないと思います。2016年に選挙権年齢が18歳に引き下げられたときに、大学構内などにも選挙の呼びかけのポスターがずいぶん貼られましたが、それで、投票のために地元に帰る学生がどれほどいたでしょうか。 あるいは、不在者投票をしようと思っても、それは、非常に面倒な手続きが必要なのです。 投票率の低さにもっと危機意識を持てば、投票しやすいシステムの導入にももっと前向きになるはずです。 要は、利便性の高さによってSNSのインフラ化が進んだのに比べ、積極的に導入する必要が感じられない分野においてはデジタル化が進んでいないということです。 しかし、少子化が世界で最も早く進んでいる日本で、現状の公共サービスやシステムがいつまで維持されるかわかりません。しかも、維持できなくなって、慌ててデジタル化を進めようとしたとき、世界のルールや基準は大きく変わっているかもしれないのです。 動きが始まっているインターネットの世界標準作りに歩調を合わせられるようにするためにも、実は、日本の良さでもある便利過ぎるアナログを、いま、手放す必要があるのかもしれません。 今回のLINEの問題や、オンライン投票をはじめとした電子システム導入の遅れを考えると、日本が後進国になるような危機感を、もっと持つべきなのではないかと思います。
湯淺 墾道(明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授)
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