Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/ce3214424198a0ae7cc63576540de64bc1e45a71
「あれ、こんなところでおじさんが働いてる……」 近年、非正規労働の現場でしばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくのだ。45歳定年制、ジョブ型雇用、そしてコロナ──。中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、たくましくもどこか悲壮感の漂う姿をリポートする。 【写真】「白衣」という名の戦闘服に身を包んだ筆者 (若月 澪子:フリーライター) ■ 日雇いバイトの「下流」の食品工場 副業バイトを経験したホワイトカラーおじさんたちが、「もう絶対にやりたくない」と声を揃える現場がある。それが食品工場だ。食品工場は仕事が単純でつまらないうえに、危険が多く、働いているパートさんに意地悪な人が多いという証言は、これまで数々の中高年男性や派遣会社の社員などから聞いた。 住宅ローンの支払いのために、週末に倉庫でバイトしている大企業勤務のある50代男性は、「食品工場は一度だけ働いたけれど、もうすごかった」と困惑気味に話していた。 食品工場、一体何がそんなにすごいのか。そのすごさを味わうため、筆者は東京郊外にあるスイーツ工場の「時給1400円、1日からOK」という求人に応募した。 工場に出勤する時間は朝8時。工場の最寄り駅から、送迎用のマイクロバスに乗り込み工場に向かう。乗り込んだのは50~60代くらいの女性が多く、夏休みのせいか同じくらいの数の大学生もいる。 そして6~7人に1人、60歳前後と思われる中高年男性が混じっていた。服装やたたずまいで、ホワイトカラー経験者だということは、なんとなくわかる。 週末などに副業でバイトするホワイトカラーに人気なのは、試験監督やワクチン接種会場の案内係だ。だが、それら定員が埋まってしまうと、おじさんたちは物流倉庫などのバイトを選ぶ。それでもいい仕事なければ、次に候補となるのが食品工場である。
日雇いバイトの中でも、食品工場は下流の位置にあるのだ。
■ 白衣の肩にマジックで書かれた「ビビアン」「ホワン」 工場の建物に入ると、頭から足まですっぽりと白衣に覆われたおよそ100人近くの人たちが、始業を待ってうろうろしていた。 そこにいる外国籍の人たちの多さにまず圧倒される。 白衣の肩にマジックで、「ビビアン」「ホアン」などカタカナで名前を書かれている人が6割以上を占めている。後からわかったことだが、彼らの出身国はブラジル、ネパール、中国、ベトナム、フィリピンなど世界のあらゆる地域にまたがっていた。 実際、こうした派遣バイトの現場はダイバーシティな環境だ。外国籍の人だけでなく、主婦、高齢者、障害がある人、フリーターやギグワーカーなどいろいろな人に出会う。リモートワークをしているホワイトカラーの方が、狭い世界で生きているのかもしれない。 社員もパートも日雇いバイトも、すべて白衣とマスクで覆われて目だけ出している。雇用形態や経験年数は、腕にはめる腕章の色で区別されていた。 白衣に着替えてから工場内に入るための列に並び、服のホコリを取り、手洗いを複数回行う。ここまでは社員も親切で、恐ろしいことは何もない。遊園地のアトラクションに乗り込む前のようで、ちょっとワクワクする。 全身のホコリを吹き飛ばすエアーシャワー室に入ると、いよいよ製造現場だ。
■ 饅頭をつくる人間という機械 重い金属製の扉の向こうには、体育館くらいの広さのスペースにスイーツの製造装置が何台も並んでいた、製造装置は音を立てて動き、その周辺をベルトコンベアが流れている。 筆者は6人の白衣の集団に連れていかれた。そこでは機械から次々と出てくる緑のモチに、右から左へリレー形式でデコレーションを施し、スイーツを完成させるという作業をしている。機械がやらない工程を、人間がやるのだ。 筆者は液体の入ったカップを渡されて、このリレーの中に加わった。 まず、一人目のおばちゃんがベルトコンベアにカップを置く。 二人目のおばちゃん、そこに中敷きのカップを入れる。 三人目のネパール人のおばちゃん、機械から出てきた緑のモチをカップにベタンと入れる。 四人目が筆者、ゴム手袋の手を液に浸し、モチの表面をサッとなでる。 五人目の大学生の兄ちゃん、網状の金属をモチに押し付ける。 六人目のおばちゃん、線のくぼみに網状のホワイトチョコを置く。 七人目のおばちゃん、次の機械に入るコンベアにカップを乗せる。 この10秒くらいの工程で、一つの饅頭ができ上がった。 役割が恐ろしいくらい細分化されている。これは、斎藤幸平氏が『人新世の「資本論」』で取り上げていた、生産力を上げるため「各工程をどんどん細分化して(中略)より効率的な仕方で作業場の分業を再構成し」「自立性を奪われた労働者は機械の付属品になっていく」というやつではないか。 筆者はモチの表面を次々になでるだけの超単純作業を、一体どういうモチベーションでやればいいのか悩んだ。「このスイーツを手にした人を、笑顔にしたい」などと一応考えてはみるものの、そんな甘ちょろいスローガンはすぐに吹き飛ぶ。 単純作業というだけなら、まだいい。自分のペースでできないから辛いのだ。モチは2秒に1個のペースで、機械からどんどん出てくる。「ちょっと背中がかゆい」などと気を緩めようものなら、モチが流れていってしまう。人間が人間のペースではなく、機械のリズムで動かなければいけないことが、こんなにツラいとは思わなかった。 時計を見ると、作業が始まってまだ5分しか経っていない。これを12時まで3時間続けなければいけないのか。ああ野麦峠。
■ 「キナコハスキダヨー、アンコハタベラレナイー」 モチをなで続けてどれくらい経った頃だろうか、隣のメガネのおばちゃんが、不機嫌に「ちょっと、モチの位置、もっと手前にしてよ!」と文句を言ってきた。思わず「はん?」と感じ悪い返事をする。 普段なら「高齢者に優しい、近所でも評判の親切な嫁(本人談)」として振舞っている筆者だが、姿勢を崩せないために腰も痛く、首も痛く、モチへの絶望で怒りの言葉には怒りで応じてしまう。 メガネのおばちゃんは、隣の大学生の兄ちゃんにも「あんた、ちょっと邪魔だよ、ずれてよ」などとイチャモンをつけ、兄ちゃんも「はあ?」とキレ気味に応戦する。 このように、グループ内に険悪なムードが流れる間もモチは流れる。ラジオでもかけてほしいくらいだが、機械音でかき消されてしまうだろう。世間話をする余裕もない。 食品工場のパートのおばちゃんが意地悪な理由がこれでわかった。まったく余裕のないサイクルで動かされるからだ。 1時間が経過した頃、コンベアに流れるモチを目で追い過ぎて、流れているのがモチなのか、自分なのかがわからなくなる。別のおばちゃんも「目が回る、目が回る」と大声を出す。みんなちょっとおかしくなっている。 「キナコハスキダヨー、アンコハタベラレナイー」 一人陽気に見えるのは、モチをカップに放り込んでいるネパール人のおばちゃんだけ。工場や倉庫で出会う外国籍の女性はだいたい明るく、たくましい人が多い印象だ。 立ちっぱなしの作業で小休憩もない。時々腕を回したり、足踏みをしたりするも、モチは容赦なく流れ続ける。ようやくお昼休憩になった時には、体全体が鈍痛で休憩室へ歩いていくのもやっとだった。
■ パン工場で働く傷だらけの非正規 他の食品工場も同じような状況なのだろうか。20年以上、非正規現場を渡り歩いてきた50代の男性が、パン工場での体験を話してくれた。 「パン生地の粉を1リットル入りのカップで、ひたすら生地製造機に入れるだけの8時間では、手首がおかしくなった。8時間ずっと立ちっぱなしで、コンベアから流れる完成したパンを眺めているだけの検品作業も地獄」 チョココロネの担当になった時は、チョコを入れる部分に入れたアツアツの鉄の円錐を、パン生地からひたすら抜く作業を担当し、腕にヤケドを負ったという。 「ヤケドしても、周りのバイトは『医務室に行きな』なんて誰も言わない。自分が抜けると、作業が止まっちゃうから。作業レーンが優先で人間は機械以下。みんな傷だらけのまま作業を続けるのが当たり前の異常な世界……」 さて、筆者のスイーツ工場のバイトは、お昼休憩を挟んで夕方の17時まで続いた。コンベアが停止して放心していると、あのイラついていたメガネのおばちゃんが、話しかけてきた。 「大変だったでしょう、この仕事は本当に疲れるの。腰も痛くなるしねぇ」 おばちゃん、本当は優しい人だった。 帽子を取ったおばちゃんは、70歳くらいだろうか。ここではベテランのパートに当たるであろう70歳過ぎと思われる女性たちを何人か見かけた。高齢女性に時給1400円以上を支払ってくれる仕事は、他にはあまりないのだろう。 週末に副業バイトを経験したホワイトカラーおじさんに話を聞くと、「自分の会社やその業界のことしか知らなかったけれど、副業をして世界が広がった」という感想を漏らす人が多い。 効率化・合理化のために過度な分業が進み、やりがいのないキツイ仕事は外注、もしくは職場の非正規が担っている。おじさんたちは副業で非正規労働を体験し、「こんなの初めて!」と興奮する。『ローマの休日』でヘップバーン演じる王女が、庶民生活を初めて目の当たりにした時のように……。 工場からの帰り道、疲労する頭でそんなことを考えていたら、世間が唱える「多様性のある社会」という言葉が、絵に描いたモチに思えてくるのだった。 【関連記事】 ◎月給20万円で家族5人、12年の夜勤副業からつかみ取ったハッピーエンド(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71029) ◎「鎌倉殿の13人」と重なる大企業のリストラ劇、生き残ったおじさんの懺悔(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70709) ◎「副業の森」に惑うバブル世代は人生100年時代のロールモデルになれるか(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70518) ◎一番ギャラの高いチラシは自民党、ポスティングで月8万円稼ぐおじさんの本音(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70409) ◎在宅副業の夢も崩壊、倉庫バイトを続けるバブル世代の終わらない自分探し(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69744)
若月 澪子
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