Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/b17678a92dfe31a8657568da17b5ba7a456756f4
配信、ヤフーニュースより
アフリカ、セネガル北部の牧畜民たちは、長年にわたり激しく対立してきた。特に、長く雨が降らずに砂漠の植物が枯れてしまったときには、いちばんいい牧草地をめぐって争いが勃発した。水場周辺の場所取りも争いの種となる。 ギャラリー:【写真が記録した2021】対立・紛争 2017年、一人の牧夫が殺され、その報復として家畜の殺害が増えてきたところで、地域の農業NGO「AVSF」が対策に乗り出した。AVSFは一帯の村々から一人ずつ代表を募り、「牧畜家ユニット」を結成した。こうしたユニットは、今では全国で25を数えるようになっている。ユニットを通すことで、地域の指導者たちは、家畜の数の上限と配置、農地に被害が出た場合の農民への補償などについて合意を形成できるようになった。 これがいわゆる「環境平和構築(EP)」の一例だ。今では世界中で多くのNGO、政府、紛争解決団体が、急増する環境問題や不安定な状況に対処するために、こうした手法を採用している。 対策に乗り出してから数年後、先述のセネガル北部の牧畜民たちは、気候変動による影響が悪化しているにもかかわらず、長年続いてきた争いや意図的な過剰放牧は減少したと述べている。「生活は依然として厳しいままですが、もっと協力すれば、大半の人に必要なものをまかない、土地も守ることができることがわかりました」と、地元の年長者デンボイ・ソウさんは言う。「こうした調停がなければ、わたしたちは互いに殺し合っていたでしょう」
環境平和構築(EP)とは何か
環境平和構築(EP)とは、環境問題を活用して、紛争の予防、縮小、解決、また紛争からの回復を図るあらゆる活動を指す。たとえば、暴力行為に戻る可能性のある元戦闘員に農地を確保したり、環境関連の事例に適切な判決を下せる判事を育成して紛争後の法の支配を再構築したりするなど、さまざまなものが含まれる。 EPの核には、紛争の当事者たちが環境と資源に対する懸念を共有しているのなら、信頼を築き、より協力的な関係を目指せるだろうという考え方がある。気候と環境の悪化は、暴力の原因にもなれば結果にもなるという認識が高まっているように、EPを支持する人々は、自然には人々を分断させる力もある一方で、ひとつにまとめる力もあると主張する。 「コミュニティー同士が互いに怒りを抱いていれば、話し合いにはなりません。そうした環境での協力は難しいでしょう」と、AVSFのコミュニティー代表であるサンバ・サンバ・ディア氏は言う。「しかし、自分たちの仕事が健全な環境に依存している場合には、人々は自らの利益のために対処法を見つけることができるのです」 EPの概念はまったく新しいわけではない。たとえば、冷戦が特に厳しさを増し、協力できる課題がほとんどなかった時期でさえ、環境に関しては敵対勢力と連携できることを政府関係者は理解していた。環境問題は独特の「ソフトな」テーマとして認識されていたからだ。 1990年代末以降、アフリカ南部や南米の環境保護団体は、国境をまたいだ「平和公園」を10カ所以上設立し、かつての紛争地域を自然保護区に生まれ変わらせることに貢献した。米国は、数十年にわたって敵対国との科学外交を推進しており、特にイランとの間では、2015年の核合意に向けた前段階において、水と再生可能エネルギーをめぐる重要なやりとりが行われた。関係者は、この対話がより広い議論の土台を築く一助となったと評価している。
規模も目標も拡大の一途
ただし、近年登場している取り組みはこれらとは大きく異なり、より対象が広く、野心的で、力強いものとなっている。 気候変動により安全保障リスクも高まる中、近年は軍においてもEPへの関心が高まっており、紛争後の作戦に環境にまつわる課題が多く含まれるようになった。また、オーストラリア、マードック大学で政策と政治を教える上級講師のトビアス・イデ氏によると、2021年には、EPに関する査読付き論文の数が2016年の3倍になったという。 資金の提供者も、現場でEPを実施できる立場にある組織の多くも、EPという取り組みを好意的に受け止めている。たとえば、国連平和構築基金は近年、EPに少なくとも6000万ドル(約84億円)を拠出している。その他の国連機関も、ソマリアなどの環境的に脆弱な紛争地域に気候安全保障の専門家を配置するようになっている。同種のプログラムとしてはめずらしいことに、EPの場合はこれを実施する側も支援を受ける側も、その可能性に心から期待を寄せているように見える。 「これはすごいことです。環境平和構築というアイデアから出発したわれわれの取り組みは大きく勢いづいています」と語るのは、70カ国以上に会員を有する主要EPネットワーク「環境平和構築協会」会長のカール・ブルック氏だ。「しかし、アイデアが優れているだけではなく、何が効果的で、何がそうでないのかについての知識が増えたことや、EPを教える大学の数が増えていることも有利に働いています。われわれは今、EPに取り組む数多くの人材を育成しているところです」
ほんとうに平和は築かれるのか
いくら勢いがあって有力な支持者がいるとしても、環境平和構築はこれまでのところ、ある重大な疑問への答えを出せていない。その疑問とは「EPにはほんとうに効果があるのか」、より正確に言えば「大仰な宣伝文句に見合うだけの効果があるのか」ということだ。なぜなら、これだけの期待が寄せられているにもかかわらず、成果の方はやけに少ないように思われるからだ。 効果が疑わしいだけでなく、中途半端な事例もある。たとえばリベリアでは、森林保護、土地をめぐる争いの沈静化、伐採による新たな紛争勃発の回避のために、平和構築団体が介入して林業部門の改革を進めた。しかしその後、新政権によって進展の一部が覆されてしまった。「政府の介入があるまではうまくいっていたのです」と、カール・ブルック氏は言う。 一方で、明確な成功を収めた事例もいくつかある。先のセネガルやネパール西部では、国連環境計画(UNEP)と地元パートナーの貢献により、自然資源をめぐる地域間の緊張が緩和した。また、イスラエルとパレスチナとヨルダンで活動する環境保護NGO「エコピース・ミドルイースト」は、過去30年間にわたり、三国における環境協力を先導して強化し、特に危機にさらされている共有河川の回復に力を注いできた。 「ここは世界の中のごく小さな地域であり、資源のほぼすべてが国境を越えて存在します。ですから、そうした資源を守る唯一の方法は協力することであるという理解があります」と、同団体の共同責任者のひとり、ギボン・ブロンバーグ氏は言う。 エコピースによる取り組みは最近、イスラエル・ヨルダン間における水と再生可能エネルギーの交換プロジェクト「グリーン・ブルー・ディール」として大きく結実した。「われわれが発見したのは、こうしたプロジェクトを通して信頼を構築できること、そしてその信頼は環境だけにとどまらないということです」
平和構築へのいくつものハードル
現場でEPに取り組む人々は、証拠の不足については十分に認識しており、これを埋め合わせようと努力していると述べている。それはしかし、容易なことではない。 気候変動対策と同様、環境平和構築には、さらなる被害を出さないようにする場合があり、成功が目に見える形で現れないこともある。たとえば、アフリカのサハラ砂漠と熱帯雨林を隔てる半乾燥性のサヘル地域で見られる農民と牧畜民との衝突は、EPによる沈静化の取り組みがなければさらに悪化していた可能性がある。だが、それを証明することは難しい。現場の人々には、世間が思うよりも多くのことを成し遂げているという実感はあっても、証拠が不足しているせいで、人目を引く事例研究の数は限られている。 EPは、その他の平和構築活動と同じく、その真価がわかるまでには数十年を要することもある。しかし、そうした事情を資金提供者や大規模開発組織に飲み込んでもらうのは難しい場合もある。彼らはありえないほど短いスケジュールで明確な結果を求める傾向にあり、紛争地帯でのプロジェクトには、すぐに破綻するのではないかとの懸念からゴーサインを出すことに慎重になることが少なくない。 「実際の調停プロジェクトには非常に長い年月がかかります。そして、EPにおいて数年間でいくつかの成功事例を出せたというのは、われわれの尺度から言えばかなりの快挙です」と、スイスに拠点を置く非営利団体「人道対話センター」のセバスチャン・クラッツァー氏は言う。「しかし、われわれに対して示された関心とわれわれが受け取る金額の間には、まだ開きがあります」 弱者を置き去りにしないことは何より重要だ。女性や先住民グループなど社会から阻害された人々の協力なしに適用された場合、環境平和構築は非常に難しくなり、危険を伴う可能性すらある。何をもってEPとするかは現場の人々の間でも議論があるが、過去の環境関連の介入例の中には、古い課題を解決する一方で新たな課題を生み出しただけのように思えるものもある。たとえば、一部の平和公園に対しては、元の住民たちの福祉よりも環境保護を優先しているとの批判が寄せられている。
地域レベルでの細かい配慮は必須
EPが好意的な評価を多く受けているとはいえ、地域の微妙な差異を考慮に入れなければ、環境や平和において成果を挙げることはできないと、気候変動と安全保障をめぐるEUとUNEP間のパートナーシッププログラムの責任者シルジャ・ハレ氏は言う。「地域レベルにおける環境平和構築の成功を示す証拠には説得力があります。わたしたちの課題は、そうした微妙な差異への理解を失うことなく、規模を拡大することです。型にはまったやり方ではうまくいきません」 とはいえ、環境平和構築団体の多くは、今後数年間で見込める成果について強気な見方をしているようだ。気候変動を真剣に受け止めるようになった世界において、EPの取り組みは必須とされるかもしれない。 カール・ブルック氏は言う。「最近われわれのところには、『もしカーボンニュートラルな経済に移行できたら何が起こるだろうか』といった質問が多く寄せられるようになりました。『それをきっかけに紛争が起こるだろうか』『石油産出者のキャッシュフローを断ち切ったらどうなるだろう』など、多くの可能性が考慮されています」
文=PETER SCHWARTZSTEIN/訳=北村京子
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