Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/bfd897d776cf8c1ab1bfe9e2c2548178978a09f1
日本で新たな「氷河」を見つける研究は今も続いている。長野県白馬村教育委員会と新潟大・山岳環境研究室(奈良間千之<ちゆき>教授)などは、北アルプスの白馬大雪渓から近い杓子沢(しゃくしざわ)雪渓など3カ所を調査し、日本で8番目となる氷河発見を目指している。調査隊に同行し、氷河研究の最前線に迫った。【滝川大貴】 【写真特集】新たな氷河発見へ 険しい道のりと絶景 だだっ広い雪渓に、ドリルの甲高いモーター音が響く。「また岩に当たった。掘り直しましょう」。現場で調査を仕切る大学院博士課程3年で、日本学術振興会特別研究員の有江賢志朗さん(27)が、隊員の山岳ガイドらに声をかけながらアイスドリルを引き抜く。未明からの山行と先の見通しの立たない調査に、表情に少し疲れの色が浮かぶ。 9月中旬、残雪が解けて氷河の形が最もよくわかる季節だ。調査現場の杓子沢雪渓には、白馬三山の一つ、白馬鑓(やり)ケ岳(標高2903メートル)を眺めながら、登山道を外れた山道やガレ場(岩や石が積み重なる場所)を登り、ふもとから約4時間ほどでたどり着いた。 ◇ドリル阻む岩、落石、天候急変… 今回は杓子沢雪渓が氷河であると明らかにするため、氷の「流動」を証明する調査が中心だ。ドリルで雪渓を貫通し、数メートル下にある氷に直接GPS(全地球測位システム)のついたポールを差し込む。氷に刺さったGPSは数センチ単位で位置を割り出せるので、1カ月や1年後に位置情報が変化していれば氷の流動が証明できる。 雪渓を貫通するため、少し掘るごとに約1メートルのアイスドリルを接ぎ足し、さらに深く掘っていく。ただ、これがうまくいかない。掘り直しは既に3回目。杓子沢は雪に紛れた岩が多く、岩に当たるとその都度やり直しになる。 この日は5カ所にポールを埋める予定だったが、思うように進まない。この日の天気予報は曇りのち晴れだったが、雪渓に着いて調査を始めるころには数メートル先の視界もなくなり、作業の進行を妨げた。 ようやく1本目のポールを埋め終わった頃、斜面の上を見張っていたガイドが「ラク(落石)!」と声を張りあげた。3秒ぐらいして霧の向こうから直径30センチほどの岩が転がり落ちてきた。杓子沢は落石が多く、その度に作業が中断される。「去年より絶対落石多いよ」と隊員の一人がぼやく。常に見張りを置いて、大岩を警戒した。 2本目のポールの穴を掘り進めたあたりで、霧の斜面の下の方から、「オーイ」と声がした。今回の研究費用の一部は、クラウドファンディング(CF)で調達。「返礼品」には、氷河調査に同行できるツアーを用意した。そのCFの出資者2人を含んだ登山隊が、先発の調査隊から1時間半遅れて出発し、ようやく到着したのだ。 急に周囲の霧が晴れ、眺望が回復してきた。出資者の一人、長野県伊那市の会社員、工藤創治さん(52)は、周囲の山々や遠くの平野が一望できる場所に立ち、つぶやいた。「すごい……」 杓子沢雪渓はJR白馬駅など村の各所から眺められるため、氷河が発見されれば「街から見える氷河」になる。逆に言えば、杓子沢からはふもとの街が一望できるのだ。 ◇国内8番目の発見目指す 白馬村で氷河調査の動きが始まったのは2017年ごろ。12年以降続いた立山連峰の氷河確認を受け、「白馬にも氷河があるのではないか」と村と新潟大は共同で氷河研究をするプロジェクトを立ち上げた。立山で長年氷河調査を続ける立山カルデラ砂防博物館とも協力しながら19年、唐松岳(標高2696メートル)近くにある唐松沢雪渓が日本7番目の氷河と論証された。白馬村にはさらに氷河である可能性が高いとみられる雪渓が三つあり、その一つが杓子沢雪渓だった。 氷河調査には莫大(ばくだい)な費用がかかる。上空から氷河の大きさを空撮する飛行機のチャーター費や、GPSや雪渓を掘るドリルなどの機材費、安全を担保するための山岳ガイドに支払う費用もかかる。 長期にわたる調査を村の予算ではまかないきれず、費用捻出のために考え出したのがCFだった。企画したのは村教委生涯学習スポーツ課の渡辺宏太生涯学習係長(40)だ。杓子沢の雪渓を「街から見える氷河」として売り出せれば、観光や山岳ツーリズム、環境教育にもきっと役立てられる、と大きな可能性を感じていた。「北アルプスの意義や魅力を地域内外の人に伝えたい。氷河はその主役になると思いました」 CFの返礼品には、氷河調査の同行ツアーのほか氷河上空の周遊ヘリツアーなども用意。メディアを通じて注目され、77日間で目標の200万円を達成した。 ◇出資のお礼に現地ツアー 隊員や村側の熱い思いは、出資者に確実に伝わった。調査に同行した石川県かほく市の団体職員、西井智美さん(49)は、19年の唐松沢氷河が確認されたニュースを見て国内に氷河があったことに驚いたという。「どんなふうに調べているんだろう」と興味を持ち、今回のCFに出資した。もともと登山は好きだったが、これまで正規の登山道を行く山行がほとんどだった。今回、CFと返礼品の登山ツアーを知り、「ちょっと高めのガイド料」と考え出資したという。 この日は、険しい悪路に驚きながらも山岳ガイドの案内もあり、ペースを崩すこともなく杓子沢雪渓に到着できた。霧が晴れた氷河の眺望に「なんて景色。言葉も出ませんでした」と笑顔を見せた。夢中で記念撮影をしたり、調査隊に機器の仕組みを尋ねたりしていた。 調査隊を指揮する有江さんは、GPS測定の合間を縫って、西井さんたちに氷河ができる仕組みなどを丁寧に解説していた。有江さんは大学時代、ほぼアメフト部一筋だった。大学4年になり、ネパールやインドの氷河調査に参加。大学院進学後、白馬の雪渓に足を運ぶようになった。持ち前の体力を武器にガイドとともに山行を繰り返すうち、氷河の魅力に引かれていったという。 新氷河発見に向けた自治体との共同調査やCFの立ち上げは重圧でもあった。しかし、この日、夢中で自分たちの研究について尋ねてくれる出資者の姿を見て「やってよかったな」と率直に感じたという。 有江さんたちは、出資者たちのツアーが下山するのを見送った後、昼過ぎまで作業を続けた。深さ最大9メートルの穴を掘り、5本のGPSのセットが完了した。その後、3時間以上かけて下山したころには空は薄暗くなっていた。 機材を車に詰め込んでいた有江さんに今後の展望を尋ねてみた。「日本の氷河は発見されてまだ短いが、最も気温が高くかつ一番雪が降ることなど、その特性についても明らかになってきました。研究のやりがいがある分野だと思います」。大好きな山歩きを楽しみながら、今後も研究活動を続けるという。 有江さんは10月中旬にも、CF出資者の同行ツアーで、杓子沢を訪れた。苦労して立てたGPS付きのポールは5本とも倒れることなく稼働していたという。8カ所目の新氷河となる可能性に関し、有江さんたちは近く論文をまとめ、学会発表を目指すという。
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