Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f823135c04df2ba3edffda64dc5c1a2065138010
死亡率の高さから、新型コロナウイルスの男性への脅威が取り沙汰されがちだが、その陰で、世界中で多くの女性たちが終わりの見えない窮状と戦っている。女性に対するドメスティック・バイオレンス(DV)や広がる男女の賃金格差など、収束後も長引く可能性が懸念される女性を取り巻く状況をレポートする。
助けを求める電話さえできない。
キン・ライ(Khin Lay)は、女性の権利拡大を訴えるNGO「トライアングル・ウィメンズ・サポート・グループ」をミャンマーのヤンゴンで主宰している。この団体は、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、子育て、子どもの心理、人身売買、性的暴力やジェンダーに起因する暴力、デジタルリテラシーなど、女性や子どもの命と健康を守るための活動をしている。
新型コロナウイルス感染拡大を食い止めるための措置として、ミャンマーも3月半ばから部分的なロックダウンに入った。こうした中で、DVに対して助けを求める女性たちからの通報件数は思いのほかに減少したが、むしろ、状況は悪化しているのではないかというのがライの見方だ。なぜなら、ロックダウンによって大半の人が外出できない状況にあるため、助けを求めたくてもひとりになれる環境を確保できず、電話をかけることもままならないからだ。加えてミャンマーでは、被害者の家に電話があるとも限らない。
誤解を招く「死者数」の罠。
世界中のメディアは、新型コロナウイルスが男性に与える命の危機を盛んに報じている。このウイルスによる死者数が、女性に比べ男性の方が多いためだ。
『ニューヨーク・タイムズ』紙が伝えたローマにある高等衛生研究所(ISS)の分析によると、イタリアではコロナによる死亡者のうち男性が約60%を占めたという。ニューヨーク州でも同じ結果が出ている。
しかし、公表されている死者数は実態より少ないと考えられるため、正確な男女比較はできない。さらに言えば、コロナ禍の男女に対する影響を比較する基準は死者数だけではない。世界各国の保健政策を研究するロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの准教授、クレア・ウェナムはこう指摘する。
「今は誰もが死亡率にばかりこだわっていて、それ以外の情報を見落としている危険性がある」
エボラ出血熱やジカウイルス感染症が社会に与える影響についての研究実績が豊富なウェナムは、これらの過去の事例を参考に、新型コロナウイルスについてもジェンダーの視点に基づく分析を行っている。事実、多くの女性たちが困難に直面しており、その影響は、社会的隔離期間が終わってからも長く続く可能性が高いと彼女は警告する。
女性に対して増えるDVや虐待。
研究はまだ初期段階だが、すでにたくさんの動向が明らかになったとウェナムは語る。まず目立つのが、世界中で家庭内暴力の件数が激増していることだ。このうちの80%近くは、女性が被害者だという。
また、女性への暴力に立ち向かう北京のNPO法人イークオリティは、中国でロックダウンが始まった2月初旬から、同団体が運営するホットラインへの報告件数が急増したと発表した。スペインでも、DVに関する緊急通報ダイヤルへの通報数が、ロックダウンが始まってからの2週間で前月比18%も増加したという。また、家庭内暴力の被害者を守るイギリスのチャリティ団体リフュージも、ホットラインへの通報数が前日比で120%増加した日があったと報告している。
マサチューセッツ州在住の心理学者、ジャクリーン・オールズは、虐待する側の心理をこう解説する。
「不安や無力感を覚えた時に、パートナーに八つ当たりしたり、支配的な態度をとったりするのはよくある反応です。世の中を変えられない鬱憤を、相手にぶつけるわけです」
さらにパートナーへの虐待だけでなく、児童虐待も増えている。特にアメリカ・テキサス州で急増しており、被害者は圧倒的に女児が多いという。
離婚により女性の貧困率は3倍に。
一方、ロックダウン解除後の中国では、離婚件数も急増している。おそらく、この流れは今後、他国にも波及するだろう。離婚後、女性の収入は平均で20%減少し、離婚した女性の貧困率は、同じく離婚した男性に比べて3倍近くにのぼるという調査結果もある。離婚増加により、女性たちが受ける社会的な余波はそれほどまでに大きいのだ。
もとから貧困率が高い地域では、問題はよりいっそう深刻だ。ネパールのスルケート郡で学校や児童施設を運営するNPO、ブリンクナウ財団の共同創設者でCEOのマギー・ドインはこう指摘する。
「発展途上の国々では、先進国のように自宅隔離中にネットフリックスを見たりパンを焼いたりして過ごすことが叶いません。まさに生死を賭けた戦いです。ほんのわずかの米や豆をどうやって手に入れるのか。子どもたちを食べさせながら、特に暴力の被害に遭っている女性の場合は、家の中でいかに身の安全を保つのか。南アジアやネパールでは、すでに自殺が女性の死因トップになっている状況です。希望を失い、誰も助けてくれないと孤立感を深めている女性は相当数にのぼります」
さらに、政府からの支援があるものの、その対象から外れてしまう女性も多いとドインは話す。
「夫を亡くし、何人もの子どもを抱え、粗末な小屋を借りて暮らしている女性が、政府からの支援対象に認定されなかったケースを何度も見てきました」
広がる男女の賃金格差。
感染拡大とともに労働条件は厳しくなり、離職の危険も高まっている。ウェナムは、全世界の医療従事者のうち70%が女性であることから、新型コロナウイルスに感染した結果、職場を離れざるをえない女性たちへの経済的インパクトは深刻だと見ている。
また世界を見ると、家事や保育、飲食業など、無給あるいは低賃金の業務の担い手も女性が圧倒的に多い。こうした職業に就く女性たちの多くは今、ロックダウンのあおりを受けて、大幅な収入減や、場合によっては無収入の状況に陥っている。
イギリスでは、新型コロナウイルスの影響で経済的に最も打撃を受けるのは女性であるという研究結果も報告されている。こうした状況は同国だけにとどまらない。ネパールのような発展途上国でも、女性や子どもが大部分を担ってきた日雇い労働の求人は、現在は皆無に近い状況であるとドインは語る。
さらに深刻なのは、コロナ収束後だ。ウェナムは、感染拡大のあおりで職を失った女性たちの復職が難しくなるおそれがあると指摘する。
「エボラ出血熱に関する研究では、男性は終息後ほぼすぐに仕事に戻れたのに対し、女性の復職は大幅に遅れるか、まったく戻れないケースも少なくありませんでした」
ドレス・フォー・サクセス・ローマの代表を務めるフランチェスカ・ジョーンズは、新型コロナウイルスの感染拡大前から職探しに苦労していた女性にとっては、就職は今やほぼ不可能になっていると話す。
「私たちも、ワークショップや職業訓練の多くをオンラインで開催するなどの対応をとっていますが、授業を受けられるのは、あくまでインターネットが使える女性だけです。服や資金などの寄付も減っているため私たちも苦しい状況にあり、明るい未来を思い描けない女性が増えています」
では、現在就労中の女性たちはどうかというと、彼女たちの多くもまた苦境に立たされている。イギリスでは、男女の賃金格差について企業が報告することを義務づける法律があるのだが、新型コロナウイルスの感染拡大が続く期間中は、一時停止されている。リソースがあるにもかかわらず、コロナ禍によって活用できていないのだ。
顕在化する根強いジェンダーバイアス。
家庭でより多くの責任を負うのも女性たちだ。ミャンマーのNGO、トライアングル・グループに参加しているある女性は、11歳と4歳の2人の子どもを育てながら、92歳の父親の介護も担っている。
「在宅でできる仕事から収入を得ている人が多いとはいえ、私たち女性は男性よりはるかに多くの責任を負っています。どんなに精神的に強い人であっても、この状況下で心のバランスを保つのは困難です。ましてや自分だけの時間を確保するのは、不可能とも言えるのです」
感染防止のための学校の休校措置は、男女を問わず世界中の学生に影響を与えているが、特に発展途上国では、女性が自立して暮らせるだけの収入を得られる仕事に就くためには、男性以上に教育が重要となる。サハラ以南のアフリカで、学校で使える簡易的な机を子どもたちに配布する事業を展開する団体、デズモンド・ツツ・ツツデスク・キャンペーンでCEOを務めるタンデカ・ツツ=ガーシェは、こう語る。
「アフリカでも、経済的に恵まれた地域ではオンライン学習が普及しています。でも、すべての学校で実施されているわけではありません。パソコンが使える状況にある子どもは一部に限られます。Wi-Fiが普及していない地域も多いのです」
女性たちを守るアクション。
一方で、一部の国では女性を守るための政策を打ち出している。ウェナム曰く、イギリスでは自宅での人工妊娠中絶措置に関する規制が一時的に撤廃され、北アイルランドでも、中絶が合法化された。とはいえ、今回のパンデミックによって、避妊を行うことがよりいっそう難しくなっている国も多い。国際家族計画連盟(IPPF)の報告によると、世界的に避妊具が不足しているほか、常設・仮設を含めて、多くのクリニックが休診しているという。
フランス政府は3月末に、スペインで導入された施策にならって新たな虐待対策を打ち出した。虐待を告発できない女性のために「マスク19」というキーワードを設定し、薬局を訪れた際にこの言葉を薬剤師に告げることで、虐待を通報できるという仕組みだ。またレバノンでは、女性向けの保護施設を運営する団体、ABAADが政府と協力して、日用品や家族を支援するパンフレットといった苦しい状況にある家庭に役立つものを配布している。
このように、政府主導のよる手厚い支援策は不可欠だ。これから数週間、数カ月と月日が経つにつれ、その重要度はさらに高まるだろう。このパンデミックが女性に及ぼす影響は、社会全体の問題であるとツツ=ガーシェは強調する。
「世界の大部分で、女性は社会を結びつける中核的な役割を担っています。女性はこれまでも子どもを育てる役割を担ってきましたし、家庭や国を円滑に動かす歯車であり続けてきました。その女性たちの生活が、このパンデミックでさらに困難を極めているのです。女性だけの問題として語るべきでないのは明らかです」
0 件のコメント:
コメントを投稿