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最近、日本を代表するような大企業で「早期退職」や「希望退職」を募集する光景をよく見かけるようになった。特に40・50代にとっては「明日は我が身」の切実な問題になっており、いかに生き残るかという熾烈な椅子取りゲームが始まった。
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グローバルな時代に生き残れる人材はいったいどういう人たちなのか、あるいは切り捨てられるのはどういう人か――。今回、経営共創基盤代表取締役CEO(最高経営責任者)として様々な企業の再生や成長支援に取り組む日本を代表する経営コンサルタントで、新著『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』を上梓したばかりの冨山和彦氏と、新作小説『よこどり 小説メガバンク人事抗争』でメガバンクの未来や組織の在りようなどを独自の視点で描き出した作家の小野一起氏が緊急対談を敢行。40・50代「大量早期退職」時代に生き残るのは、意外な人たちだった――。
対談撮影/小川光 編集協力/村上結希
「本当のグローバルエリート」の凄すぎる働き方
小野 これからグローバルで戦える企業のリーダーになるためには、変化に対応できる思考訓練が必要です。そのためにこそ、有名大学への合格歴ではなく、高い学歴(修士号や博士号)が求められる。実際にグローバル企業で活躍する「本当のエリート」というのは、どんな働き方をしているのでしょうか。
冨山 それは大変ですよ。例えばグローバル企業のメーカーでリーダーとして期待されている人ほど、勤務地はアフリカ諸国とか中南米、インドなどの発展途上国ですよ。ニューヨークとかロンドンは、まずないでしょう。
小野 人口が増加して消費地として魅力があり、生産コストも低く生産拠点としても優位性があるのはやはりアフリカや中南米、インドですからね。
冨山 そういうことです。そうしてインドで実績を残して成功した人が、会社のリーダーになっていくわけです。
こうしたグローバルな仕事ぶりを求められると、自分の子どもの教育をどう考えるかとか、仕事と生活のバランスをどう考えるか、という生き方の問題も問われます。そうなるとリーダーになる人が、決して楽しくて快適な人生かどうかはわからない。
昔の日本の経営者みたいに、料亭で遊んで、ゴルフやっていれば良いとか、そういう楽な人生じゃないですよ
「権力闘争」などしている暇はない
小野 なるほど。日本的経営だと仕事は「現場のオペレーションの集積」ですから、現場の社員が一生懸命働ければ、会社はうまく回っていた。一方、経営陣は権力闘争と暇つぶしの遊びに終始していればよかったというわけですね。ただグローバルに勝ち残ろうと思えば、経営者は常に判断を求められるので激務になりますね。
冨山 相当な激務ですよ。世界中、飛び回らないといけないし、出張回数もすごい。本当に大変です。まず、休みが事実上ない。グローバル企業だと世界中の人と連絡を取り合わないといけないので、事実上24時間対応が求められます。
小野 それは厳しい世界ですよね。一方で、日本的経営とか日本型組織の「良さ」を残せるような部分はありませんか。
冨山 日本的経営の良さが残せるとすれば、ある特定事業の中のオペレーショナルな単位の仕事でしょう。アメリカの経営でも、エンリッチメント(enrichment)、エンパワーメント(empowerment)、インクルージョン(inclusion)という言葉は、注目されています。現場の創意工夫を生んでやる気を高めるような組織のありようが、アメリカでは課題になっていました。要するに現場のオペレーショナルなマネジメントの世界では、確かに日本の現場は優れています。アメリカの会社は、そこが概して弱かった。
確かに、アメリカの経営者の中にも、なぜ日本の自動車メーカーの生産性が高くて、高品質なのだろうという問いはあったのです。問題は、こうしたマネジメントのスタイルを会社の機能のどの部分に適用するのかという点です。いまも日本的な経営の良さ、利点はあるわけです。要は、それを会社のどこで、誰が、どう使うかということです。
小野 しかし、その日本型のやり方で「会社全体のかじ取り」をやろうとしてしまうと、駄目な経営になってしまうわけですね。
冨山 それに、日本の現場のオペレーションの良さは、かなりの部分がグローバル企業にすでにパクられています。日本の企業の強みは、徹底的に研究されていて、日本以外の国でも実施できるように形式化されているんです。
「中途採用の30代」が突然上司になる
冨山 日本の企業は集団主義で頑張っているよね。同じ職場内で品質管理活動を自発的に小グループで行うQC活動は、給料と関係がなくても頑張っているよね。これは凄いことだよね……と、一時は世界中から賞賛を浴びていたわけです。
ただ、日本人はなぜそうできるのか、アメリカ人には理解できない。だから、アメリカでは給料にうまく反映させる仕組みにして、アメリカ人にも理解できるやり方に変えてしまっているわけですよ。日本人が褒められて、喜んでいる間に、アメリカ人に上手に形式化されて、パクられてしまったわけです。
小野 逆に言うと今度はグローバルに展開する欧米的経営のいいところである「経営のプロフェッショナル化」を日本企業が取り入れないといけません。しかし年功序列とムラ社会的な風土が、この変化を阻んでいますね。
冨山 いまの日本企業の現実を踏まえると、もう腹を決めてマネジメントを目指す人材を30代から分別管理するしかないでしょう。日立の話も出ましたが、いまやそういう方向に舵を切ろうとしているメーカーは多いです。30代、40代のマネジメントクラスは、中途でもどんどん登用すればいいんです。
小野 それは大事でしょうね。人種、性別を含めて多様性のない組織は変化に対応できません。
冨山 だから、いきなり30歳で中途で入った人が生え抜きの40歳の人の上司になるとか、平気でやっていかないといけない。例えば、その30歳の人が外国人の女性の場合だってあります。でも今の日本企業のムラ社会の風土だと、これが耐えられない。
ただ、人間は慣れる生物です。やってやれないはずはない。競争に勝ち抜くためには、こうしたいままでとは違う組織的なストレスに慣れるしかありません。
それが嫌で、どうしても終身雇用、年功序列を続けたいなら、日本国内だけで完結するローカル型のオペレーショナルなビジネスに絞ったほうが良い。まあ、あまりないと思いますけど。伝統そのものを商品にしている老舗和菓子屋とかなら、いいかも知れませんけどね(笑)。
ムラ社会での価値は「無価値」
小野 イギリスの社会学者のロナルド・ドーアは1973年の著作で、こんな指摘をしています。たとえばイギリス人に、あなたは、どんな仕事をしていますか、と尋ねると最初に自分は鋳造工であると「職種」を説明、次にブラッドフォードの人間であると「場所」になり、最後EE社であると「会社」の名前が出てくる、と。しかし、日本人に聞けば、自分は日立の社員であるが最初に来て、次に工場の場所、最後に鋳造工である、という順番になると。
つまり日本型経営では、XX社の社員である、ということがアイデンティティの最上位であり、どんな仕事をしているのかが二の次になってしまいがちです。
変革の時代に対応するには本来なら、経営者がプロ化する一方、現場の人たちのオペレーショナルな職種には終身雇用、年功序列が適用されているほうが、競争力が高まるはずですよね。ただ、日本企業の現状をみると、これが逆になっている。つまり、エリートを目指している人のほうが、会社の名前を先に話すような終身雇用、年功序列の仕組みが適用され、現場の人たちの職種が、非正規社員として、終身雇用、年功序列の枠外に置かれる傾向にあります。
冨山 常に外部、内供からの両面評価が必要です。自分のスキルや能力、仕事の成果が社内でどう位置付けられるのか、外部の労働市場でどんな価値があるのかを常に見極めていないといけません。特に、日本型経営では社内の評価、内部労働市場の位置づけがありまいです。
小野 要はムラ社会の中での金太郎飴のようなおじさんたちの「好きだ」「嫌いだ」で、仕事の評価をしているようではグローバル競争を勝ち抜けないということですね。特に経営陣を目指すような人たちは、外部性のある人材でないと会社が沈んでしまいます。
同時に、職務の内容を詳細に記したジョブディスクリプションが明確である必要があります。そこがあいまいだと、ムラ社会の中でなんとなく上手にやっている人としか外部的には定義できなくなってしまいます。
冨山 日本型経営の会社では大胆な人事を嫌います。きちんとした評価をすれば、評価で「差」がでるのは本来なら当然なんです。ただ、必ず不満が出て、不評になる。一方で、欧米のグローバル企業は、きちんとしたジョブディスクリプションに基づいて、仕事の成果を評価しています。
特にトップエリート層に対しては、そうです。実際に、人事評価に使っているエネルギーは相当ですよ。逆にきちんと説明できるように評価しないと訴訟されますからね。ある意味、日本型経営は人事評価に大きな労力をかけていないとも言えます。
一番難しいのはトップ人事
小野 マスコミから大学教員に転じて、意外な気づきがあったのですが、大学教員は採用の段階でジョブディスクリプションが凄く明快なんです。
例えば、ネパール国籍で、インド企業の経営学の専門家がいきなり教授にとして大学に移ってきても、組織的にはまったくストレスがありません。担当する授業の分野の専門家であることを示す博士号や論文の蓄積と一定の教育歴があれば、基本的には問題がない。誰も文句を言いません。こと採用に限って言えば、多様な人材を受け入れるオープンな組織になっています。
ただ、一度採用されるとほぼクビにならないので、終身雇用的な仕組みは色濃く残っています。このため、いったん教員になるとポストが既得権益化して、組織が硬直化しているというご批判は、謙虚に受け止めます(笑)。
冨山 結局、大切なのはマネジメントという仕事がどこまで厳密に厳格に定義されているかです。ある会社で、10年、20年働いて、なんとなく経験積めばなんとかなる。漠然と、そういう空気感があります。これでは駄目です。
マネジメントは専門的に訓練され、必要な経験を積んでいない人には、できない仕事です。特に難しいのはトップ人事です。みんな経験値がない。だって一生に一回やるか、やらないかでしょう。仮に自分が指名するとしたら唯一社長経験者が一回経験するだけです。だから組織的にトップ選定の経験値の蓄積がまったくない。
うちの会社のことは俺が一番よく分かっているみたいな顔をして、社長や会長が、妙に人事に自信を持っている。「本当かよ」って疑問を感じますよ(笑)。
小野 冨山さんは、産業再生機構のCOOとして、経営危機に陥った大手企業の再建に向けたトップ選定に関わっています。さらに、オムロンの社外取締役としてグローバル企業のトップ選びついてもご経験があります。トップを選定する上で大切なことは何でしょうか。
「社長候補」はこうして決まる…!
冨山 たとえば、いまから5年後に社長交代がくるとします。この変化の時代の中で、5年後に最適な社長が誰なのかを考えないといけません。たとえば、破壊的なイノベーションの波がその会社のビジネスを直撃するタイミングは、なかなか読めない。一気にくるかも知れないし、時間がかかるかもしれません。それによって、ベストパーソンは変わります。
完全に修羅場なのか、修羅場に対応する準備に時間をかけたほうが良いのか。だから、真面目に考えれば考えるほど、様々な状況にあった複数人材を候補者として用意しておく必要があるのです。
小野 日立製作所の中西会長は、将来のトップ候補が30代~40代で50人くらいいて、50代で10人くらい必要になり、その準備をすでにしていると説明していますね。最初から10人の中で誰が一番と順番が付いているわけではなく、経営環境に応じて誰がトップに立つかが決まるわけですね。
冨山 日立ぐらいのスケールの会社だと多様な人材をトップ候補として準備できるでしょう。
小野 そうすると場合によっては外部も含めて候補者を準備しておく必要があるわけですね。
冨山 内部にいなければ、外部から登用するしかない。たとえば資生堂社長の魚谷雅彦氏も、もともとはコカ・コーラでヒットを連発したマーケティングのプロ。資生堂には統括顧問としてブランド刷新のアドバイスを担当してかかわりが始まるわけです。
大きな会社の場合は、3~4年前から何らかの形で経営に触っている必要はあるでしょう。社外取締役とかCFO(最高財務責任者)などとしてしっかり準備しておかないと、いきなり社長になって強大な権力を握ってもうまくいきません。
ただ、会社のグローバルな競争力をどう高めるかという戦略も準備もまったくない人がたまたま出世競争に勝ち残ってトップ候補者になっているのは最悪です。その時の社長だか会長だかに気に入られただけの人が、ある日突然社長室に呼ばれて、「青天の霹靂です。少し考えさせて下さい」……みたいな日経新聞の「私の履歴書」によく出ている社長交代はやめたほうがいいです。かなりダサいですよ(笑)。
日本企業の「定義」が変わる
小野 でも、資生堂は生え抜きではない魚谷氏に経営を託してグローバルに成長しています。武田薬品のCEO(最高経営責任者)のウエーバー氏もフランス出身です。
日本の会社も、かなり変化は始まっていますね。
冨山 それは当然ですね。グローバルに展開している企業にとって、市場としての日本はとても小さい。世界全体のGDP(国内総生産)から見れば、日本のGDPは6%に過ぎません。グローバル企業にとってマーケットの大半はアウト・オブ・ジャパンですよ。
だからグローバルにビジネスを展開しようと考えたら、日本以外のマーケットで競争して勝たなければいけません。それを日本人だけで運営しようなんて無理ですよ。
例えば、ワールドカップで優勝した国のチームよりレアル・マドリードのほうが圧倒的に強いでしょう。世界選抜で最高水準の多国籍の選手を集めている。その上、年中そのチームで試合をしているわけですから。
薬品業界は巨額の投資を伴う激しい開発競争の世界ですから、日本人だけの日本企業で戦い続けることはありえない。自動車業界も、電気自動車や自動運転になってデジタル革命の直撃を受けますから組織のグローバル化はまったなしです。素材産業は、破壊的なイノベーションが起こっていないので、まだ日本的経営のままの会社が多いですね。それでも、三菱ケミカル会長の小林喜光さんのようなグローバルなスタイルの経営者も出ています。
だからグローバルに生き残ろうと考えたら日本企業の定義を変えるべきなんです。日本で創業した会社、ぐらいで、いいんじゃないですか。
小野 そう考えると、旧来型の日本型経営を引きずり、昭和のフレーバーを最も色濃く残しているのはマスコミ業界からもしれませんね。
後回しにされ始めたニッポン
冨山 それは言語の障壁で守られているからですよ、マスコミ業界は。その上、グローバルなプレイヤーから見ると、日本のマーケットは小さ過ぎるのでビジネスを日本仕様にして参入するほどのうまみがないからに過ぎません。だから英語圏は、マスコミの世界もかなり収斂していますよね。動画のコンテンツでいえば、ネットフリックスとか数社でしょう。
小野 ただ、そのネットフリックスも「全裸監督」みたいに日本制作のヒット作品も出始めています。
冨山 当然、徐々にそういう動きが出てきます。ただ日本は、後回しにされているだけです。ネットフリックスも最後に日本にやって来たってことでしょう。
小野 一起(作家)/冨山 和彦
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