2019年11月13日水曜日

日本で地獄の日々を送った高学歴ブータン人青年

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191109-00010000-wedge-soci
11/9(土)、ヤフーニュースより
 9月12日、ブータン人留学生のダワ君が成田空港から母国へと旅立っていった。ルームメイトのタンディン君が日本語学校によって強制送還されて約2カ月後のことだ。タンディン君と同様、彼も留学生のアルバイトとして認められる「週28時間以内」を超えて働いていたため、留学ビザの更新が不許可となった。

 「日本の生活には疲れました。もう二度と戻ってくることはないと思います」

 帰国前日に会ったダワ君は、生気のない表情でそう語っていた。日本での2年間で体重は約10キロも減り、45キロほどになってしまった。精神的にも追い込まれ、最近では鬱の症状にも悩まされていたという。

 政府が進める「留学生30万人計画」のもと、日本語学校や専門学校、大学、さらには人手不足の企業なども加担した「留学生ビジネス」が展開している。その典型的な犠牲者の1人がダワ君だ。彼の留学体験とは、いったいどんなものだったのかーー。

 ダワ君は、ブータン政府が2017年から翌18年にかけて進めた日本への留学制度「学び・稼ぐプログラム」(The Learn and Earn Program)で来日した。同プラグラムは今、現地でスキャンダルの的になっている。若者たちを騙して日本へと送り込んだ疑いで、留学斡旋業者や政府高官に司直の捜査が及んでいるのだ。
大学卒業後に希望した教師の仕事に就けなかった
 同プログラムは、若者の失業対策として導入された。ダワ君がプログラムに応募したのも、大学を卒業後に希望した教師の仕事に就けなかったからだ。

 業者の担当者からは「日本に行けばブータンでは得られない大金が稼げ、就職や大学院への進学もできる」との説明があった。ブータンは親日国で、日本に対する好感度も高い。そんな事情も手伝って、700人以上の若者がプログラムに殺到した。そして日本で不幸のどん底に突き落とされるのだ。

 ダワ君は来日前、プログラムの正当性に疑問を抱いたことがあった。斡旋業者から1枚の書類を見せられた際のことだ。政府系企業で働く父親の収入が載った証明書で、実際には日本円で5万円に満たない月収が、3倍の約15万円と記されていた。証明書には企業担当者のサインもあって、正式に発行されたように映る。ただし、数字だけはでっち上げられていた。
業者が証明書を捏造
 「もちろん、変だとは思いました。でも、業者の担当者は『ネパール人やベトナム人だって、同じやり方で日本へ留学しているんだ』と説明していた。だから僕も気にはしなかったのです」

 担当者の説明通り、同様の捏造は、ベトナムなどの留学斡旋業者が“偽装留学生”を送り出す際に用いる手法だ。日本の留学ビザを取得するには、親の年収や銀行預金残高の証明書が求められる。アルバイトなしで留学生活を送れる経済力を証明するためだ。しかし“偽装留学生”には経済力はなく、業者が証明書を捏造する。行政機関や銀行の担当者に賄賂を支払ってのことだ。

 ブータンでも同様、賄賂を用いて証明書がつくられたのか、それとも斡旋業者が書類自体を自らでっち上げたのかはわからない。ただし、証明書に記載された数字が捏造であることだけは明らかだ。
借金を抱えたままブータンには帰れない、地獄の毎日
 証明書を用意した業者の「ブータン・エンプロイメント・オーバーシーズ」(BEO)は、昨年7月に筆者が取材した際、「学び・稼ぐプログラム」の留学生には「書類の提出が免除されている」と答えていた。だが、本当に免除されているなら、わざわざ書類をつくる必要もない。ダワ君以外にも、筆者は複数のブータン人留学生から同様のでっち上げ書類のコピーを入手している。

 書類の問題には、ブータンの警察当局も関心を寄せている。今年7月、BEOの経営者が逮捕されたのも、書類の偽造容疑だったのだ。

 ダワ君は2017年10月に来日し、千葉県内の日本語学校に入学した。以降、アルバイトに追われる日々が始まる。仕事はコンビニ弁当の製造工場や宅配便の仕分けなど、いずれも夜勤の肉体労働だった。アルバイトを終えると、今度は日本語学校の授業が待っている。睡眠時間もほとんど取れず、彼の体重はどんどん減っていった。逃げ出したくても、借金を抱えたままブータンには帰れない。まさに地獄の毎日である。

 アルバイトを最低限に抑え、もっと勉強に集中すべきだと思われる読者もいるかもしれない。しかし、「週28時間以内」の就労制限を守って働いていれば、翌年分の学費は貯まらず、ブータンで背負った借金の返済も滞ってしまう。

 アルバイトに追われ、日本語の勉強は捗らなかった。ダワ君の日本語学校には約30人のブータン人留学生が在籍していたが、卒業までの1年半で、大学や専門学校進学の基準となる日本語能力試験「N2」に合格できた者は1、2人しかいなかった。結局、大半のブータン人は今年3月、母国へ帰国することになった。

 同じ日本語学校から日本に残ったのは6人だけだ。1人は就職し、ダワ君を含めた5人が進学した。何も5人が優秀なわけではなく、進学に必要な学費を貯められたからに過ぎない。
5人のうち3人は、東京福祉大学へ
 5人のうち3人は、「消えた留学生」で問題となった東京福祉大学の学部研究生コースに進んだ。留学生向けの1年コースで、日本語能力を実質問われず入学できる。一般的な専門学校などより学費も安いため、“偽装留学生”の間で人気のコースである。

 ダワ君ら残りの2人は、千葉市内にある上野法科ビジネス専門学校へ入学した。筆記試験と面接はあったが、日本語能力が問われた形跡はない。彼の進学先となった「情報ビジネス学科」は、主に日本人を対象にした学科だと聞いていた。しかし入学してみるとクラスに日本人は1人もおらず、27人全員がネパールやベトナム、ウズベキスタン、中国などから来日した留学生だった。日本語のレベルも、クラスメイトのほとんどがダワ君と変わらない。

 入学から3カ月後の7月、ダワ君は留学ビザの在留期限を迎えたが、更新は認められなかった。日本に残って働くには、学校から逃げて不法就労するしかない。ダワ君は、そこまでして日本に居続けようとは思わなかった。ただし、学校側には1つ要求があった。入学前に支払った1年分の学費を、一部でも返還してもらいたかったのだ。
出井康博 (ジャーナリスト)

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