2019年11月13日水曜日

中国人民解放軍が“待機”する「香港の近未来」3つのシナリオ

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191030-00218877-diamond-cn
10/30(水) 、ヤフーニュースより
 香港の住民らの抗議行動や香港政府との衝突は収束する気配はない。

 香港駐留の人民解放軍の増員や隣接の広東省での“テロ訓練”などの実施が伝えられている。かつての「天安門事件」のように中国政府が強硬手段に踏み出すことはないのか。

 イギリスから中国に返還された1997年を挟んで、香港で10年間の研究生活を過ごした筆者は、「香港の近未来」で3つのシナリオを想定しているが、なかでも香港政府と住民が妥協して問題が収束するという状況は最も可能性が低いとみる。

● 返還から22年 「中国の分裂」に緊迫

 筆者が香港にいた当時、1997年までは、香港市民のほとんどは返還について、株価と不動産市況を動かすファクターとして関心があっても、返還そのものには全く無関心と言っても過言でなかった。

 それが今や、政府への抗議活動は「光復香港・時代革命(香港を取り戻せ、革命の時代だ)」といったようなスローガンを掲げ、高校生までが参加するようになっている。
 イギリス植民地時代の1842年から1997年の間に香港は小さな漁村から世界に冠たる金融・貿易センターになり、商都として栄えたが、中国特別行政区として再出発してからわずか22年間で、「政治に燃える街」へと劇的に変身してしまったわけだ。

 今回の抗議活動は、逃亡犯条例改正案を発端に展開してから4ヵ月余りたったが、なお勢いを増して収束する気配を見せない。

 10月5日には行政長官に超法規的な権限を与える「緊急状況規則条例(緊急法)」が発動され、デモ参加者の覆面禁止法が施行された。

 8日、林鄭月娥行政長官は記者会見で、香港が自らの力で抗議活動に対処できない場合、「あらゆる選択肢を排除しない」と語り、今後の情勢次第で北京に支援を要請することを初めてほのめかした。

 呼応するかのように、13日には、習近平中国国家主席が訪問先のネパールでこう発言した。

 「いかなる地域であれ、中国から分離させようとする者は体を打ち砕かれ骨は粉々にされてしまうだろう。中国の分裂を支持するいかなる外部勢力も、中国人に妄想としかみられないだろう」

 名指しこそはしなかったものの、香港の動きや、香港住民らが支援を求める米国など念頭にした「警告」だとみていい。

 抗議活動を抑える香港警察の対応も、また抗議住民のデモ隊の警察への反撃も暴力の度合いが強まる一方で、このままでは、中国政府が軍隊を出動させて事態の収束に踏み切るのではないかとの懸念がにわかに高まっている。

● 第二の天安門事件は 「ワーストシナリオ」

 誰しもが思い浮かべるのが、民主化を求めた学生の活動を中国政府が人民解放軍を出動させて抑え込んだ「天安門事件(1989年6月)」だ。

 香港の現状を憂い、その行方を見極めるに当たって、第二の天安門事件が起きることを「ワーストシナリオ」として想定する人が多い。筆者もその1人である。

 このワーストシナリオのほか、筆者は、「ベストシナリオ」と現状のままで推移する「中間シナリオ」の3つを想定している。

 「ベストシナリオ」というのは、政府側とデモ側が妥協し、今回の紛争がひとまず収束するシナリオである。

 「中間シナリオ」は、政府側も民衆側も妥協せず、これまでの流れがこれからも続き、双方の衝突が一層激しくなっても、その対応は、あくまでも形の上では香港政府に委ねられるというシナリオだ。

 一体、どのシナリオが展開される可能性が高いのか。

 香港の情勢が香港域内の動きだけでなく、中国の国内政治、国際社会、なかでも米国を中心とする西側諸国の対応次第で刻々と揺れ動く。
あえて将来を展望してみると、当面の間、「中間シナリオ」の展開になる可能性が最も高く、その次は「ワーストシナリオ」、そして最も可能性が低いのは「ベストシナリオ」と思われる。

● 強硬介入の「2つの基準」 本土への波及を警戒

 「天安門事件」を例に取り上げるまでもなく、共産党一党支配体制の維持を最重要課題にしている中国の指導部は、自らの支配基盤に支障を来すと判断した場合、軍隊の出動を含むいかなる手段を使っても事態を収拾するという確たる意思がある。

 したがって、確率がどれだけあるかはともかく、軍による直接介入というシナリオは常に存在する。

 このことを考えると、中国の指導部が何を基準に香港の情勢と自らの支配基盤の関係を考えているかを整理してみる必要がある。それにはおおむね2つの基準があると考えられる。

 1つは香港の抗議活動が中国大陸に波及する可能性がどれだけあるか、ということであり、もう1つは、香港の抗議活動を鎮圧することが自らの支配基盤の弱体化につながる恐れがあるか、ということだ。

 前者については、香港の抗議活動が勃発した初期の段階でかなり警戒されていたが、今やほとんど懸念していないように思われる。

 厳しい情報操作のもとで、中国大陸では香港住民の活動を支持するうねりが起きるどころか、抗議活動に関する報道をコントロールすることによって、むしろ香港の抗議活動に反感をあおることに相当成功している。

 抗議活動が6月9日に勃発してからしばらくの間、中国のメディアは 香港政府を支持する人たちの集会を伝えたり、抗議活動の黒幕として海外勢力を批判したりしても、抗議の背景や目的を含む抗議活動そのものを一切、報道しなかった。

 最大200万人にも達した大規模な平和的な抗議デモが中国社会にくすぶる不満に引火するのではないかとの懸念があったからだと思われる。

 しかし、7月に入ってから大きく変わり、1日には、立法会(議会)の庁舎に突入したデモ参加者の映像が伝えられ、その破壊ぶりを強調するような報道が展開された。

 その後も、抗議活動の暴力的な面ばかりを強調して報道し、抗議活動をテロやカラー革命だとして批判キャンペーンを繰り広げた。

 こうしたなかで、中国社会で香港の人々に対する反感が高まった。

 香港の抗議活動に同情する人が少ない背景には、こうした言論統制と情報操作に加え、、中国本土と香港の人々の心理的な要素も大きく影響していると思われる。
同じ中国人であっても、共産党支配下の中国本土とイギリス植民地としての歴史を100年以上持つ香港では、文化が似通ってはいても違うところがある。

 これに加え、過去20年来の中国経済の急速な成長に伴って、生活水準などでかつて上位にあった香港の優位性が大きく後退した。

 文化や伝統の違いに起因する複雑な感情に加え、経済や生活水準で中国本土が香港にそこそこ追いついてきたことに伴う人々の意識の変化が、中国本土と香港の人々の心理にそれぞれ微妙に反映し、民衆レベルである種の対立の芽をはらんでしまった。

● 「二制度」の恩恵失うのを躊躇 香港に経済利権持つ幹部

 共産党の支配基盤がどうなるかという視点から見ても、少なくとも現時点で、共産党指導部が香港に直接、乗り込んで事態を収拾させる可能性は低い。

 中国がこうした行動に踏み切った場合、返還の際に約束された、共産党体制による社会主義制度と、「高度な自治」による資本主義制度という「一国二制度」が名実ともに終結したことを意味するからである。

 改めて強調するまでもないが、共産党指導部が二制度であるゆえの中国と香港の違いをできるだけなくしていきたいのは確かだろう。

 しかし、その代償としてその違いから得られている「恩恵」を捨てていいと判断するまでにはなおなっていないと思われる。

 中国政府が、民主化を求める香港での大規模デモを擁護する「香港人権・民主主義法案」を米下院が可決した(15日)ことに激しく反発したのは、この法案が米上院でも可決され、法律として成立した場合、香港が共産党支配下の中国の一部として見直される動きにつながりかねず、一国二制度であるがゆえに享受してきた利益をなくしてしまう可能性があるからだろう。

 かつてほどではないにしても、中国政府にとって香港はなお、自由主義経済の国との貿易の窓口だけでなく資本調達や技術導入の重要な拠点であり、一国二制度を終わらせ香港のこの機能を失う経済的なマイナスは極めて大きい。

 もともと共産党体制が維持されているのは、経済成長とそれに伴う人々の生活水準の向上があるからであり、中国共産党にとって、景気減速の勢いが加速するなか、景気底割れにつながりかねない香港への直接介入が、ファーストチョイスになっているとは思えない。

 加えて、トップレベルのリーダー層を含む共産党や政府関係者には、香港で大きな経済的な利権を持っている者が多い。

 こうした利権を失うとなれば、指導部への求心力維持が危うくなる可能性もある。このことも中国指導部が香港への直接介入を躊躇する一因になっているとみられる。
● 「妥協」の可能性少ない 「アメとムチ」では収束せず?

 だが一方で、抗議活動が収束する「ベストシナリオ」の展開はほぼ見通せない。 

 建国の最高指導者、毛沢東氏はかつて「共産党の哲学は闘争の哲学だ」と語った。こうした毛沢東思想を行動原理に持つ現指導部にとって、本格的な妥協によって問題を解決するような発想はそもそも持っていない可能性が高い。

 今回の抗議活動で住民側が求めた5つの要求(逃亡犯条例改正案の撤回、抗議活動を「暴動」とする見解の撤回、逮捕されたデモ参加者全員の釈放、デモ参加者に対する警察の暴力をめぐる独立調査の実施、行政長官・立法会議員選挙での普通選挙の実施)のうち、香港政府が逃亡犯条例改正案の撤回を表明するのを中国政府が承諾したのは、撤回が体制維持には実質的に影響はない上、米国を意識したものだったと思われる。

 中国経済に対する米国との貿易戦争の影響が顕在化するなかで、香港問題への対応で、米国との関係をこれ以上、硬化させるのは得策でないとないと考えた結果だろう。

 中国は今後も、よほどのことが起きない限り、他の要求、なかでも抗議の香港住民たちが最も強く求める普通選挙の実施をそのまま承諾する可能性はほとんどないとみてよいだろう。

 一方で、強力な国家権力機構を相手に勝ち目がないことはわかっていながら、それでも抗議活動を続ける香港の住民も恐らく残りの4つの要求のすべてを取り下げてまで妥協する可能性は低いとみられる。

 こうしたことを考えれば、「香港の近未来」は、「香港政府・警察対住民」という少なくとも、形の上での香港人同士の戦いというこれまでの流れが、続くことになる可能性が最も強い。

 無論、こうした戦いが未来永劫に続けられるわけではない。

 政府としては、抗議活動への弾圧を強化、特に活動の最先頭にいる「勇武派」の人々を逮捕することによって活動を形骸化させるというムチを打ち続けると同時に、市民には住宅政策の施行などの懐柔策、アメを与えることで事態の沈静化を狙おうとしているのかもしれない。

 しかし果たして、香港政府の思惑通りになるのか。

 デモ参加者の多くが遺言を残して街に出ているといわれているなかで、そうした結末は考えにくい。

 商都としての香港しか記憶にない筆者にとって、彼の香港がなぜこんな悲壮感が漂う街になってしまったか、いまだ実感できないところがある。

 香港政府もそのバックにある中国の中央政府も、そして、国際社会も「民不畏死 奈何以死懼之」、つまり死を恐れない人々を、どうやって死でもって脅かせることができるかという老子の教えを肝に銘じて行動してほしいと切に願ってやまない。

 (日本総合研究所理事 呉 軍華)

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