Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/77d7816692b96a9bb1fc625b015254dea6b78ac7
ヒンドゥー教のカースト制度の名残りが、長く人々の暮らしに影響を与えているネパール。カースト制度は1962年に法制度上は廃止されたが、いまだその影響はあり、特に都市部より一部地域の農村部に残っている。そうした価値観のなかでダリットと呼ばれる最下層に位置付けられた人々のなかに、バディ族がいた。
【写真を見る】ネパールの売春宿の様子や、売春を強いられていたネパールの少女
農地を持たず、川沿いに集落を築き、女は売春、男は日雇い労働で生計を立てる。娘たちは生まれながらにこの仕事を背負う。"売春カースト"である。彼らは固定化された貧困に苦しみ、結果として幼い頃から売春を強いられていくという構造が存在しているのだ。
日本でもバディ族の救済のために活動している人々はいるが、バディ族のような人々が存在していることすらほとんどの日本人には知られていないのが現状だ。簡単には変えられないシステムの中で暮らしている人々の存在をまず知ることが、我々にとっては重要だろう。
バディ族の村で、人々はどのように生き、何を考えているのか。
2019年に出版されたノンフィクション作家・八木澤高明さんの著書『娼婦たちは見た イラク、ネパール、中国、韓国』(角川新書、親本の単行本は2016年に刊行)より、一部抜粋して再構成する。【全4回の3回目】
「誰を選ぶんだい?」
「ここがバディの集落です」
私をここへと案内してくれた老人が言った。すぐに4、5人の女たちがジープに近づいてきた。窓越しに見える女たちは厚化粧を施し、口元を緩めてねっとりとした視線を送ってきた。
ここまで娼婦然とした女たちを見るのは初めてだった。売春婦の多いタイのバンコクなどでも娼婦を見るが、ここまであからさまに男に近づいてくることはない。バディの女たちは、生まれながらにこの仕事に携わってきたが故に、このような雰囲気を醸し出すことができるのだろうか。
私がジープを下りると、集まってきた女たちの中で最高齢に見える女が荒々しく言った。
「誰を選ぶんだい?」
何も応えずに集落の中へと入っていくと、女たちがついて来て、何度もしつこく同じセリフを繰り返す。なかなかここまで殺伐とした空気を出せる人間もいないなと思いながら、さらに集落の中に入って行くと、一軒の家の前で男と女が焚き火をしていた。
集落の中に入って気がついたが、どの家にもネパールの農家にはつきものの家畜が見当たらなかった。河川敷に暮らしているため農地もなく、家畜を養う必要も、十分な収入もないのだろう。農地を持たないバディカーストは、女たちは売春、男たちは日雇い労働をしながら生計を立てていると聞いていたが、そのことを裏付ける村の光景だった。
根深い「不可触民」への差別
集落の中に入って、ここまで道案内をしてくれた老人がいないことに気がついた。どこに行ったのかと思ったら、老人はジープの側で佇んでいた。
「こっちへ来てください」と声をかけると、「行かなきゃ駄目か?」と暗にバディ集落に入りたくない意思を表した。老人はカースト制度の中で一番上のカーストであるバフンに属すため、アウトカーストであるバディの集落には入りたくないのだ。
ネパールでは不可触民に対する差別はいまだに根強い。商店主などでも相手が不可触民だと、モノを投げて渡すのは当たり前だ。村の中でも、村人同士茶を出し合ったりするのが日常の光景だが、不可触民が家を訪ねてきても、茶を出さない。私は前妻の実家のある山村で暮らしたことがあり、ここまで記した不可触民に対する差別は、実際に目にしたことである。
不可触民への差別は根深いものがあり、ここ西ネパールでは寺院への参拝も禁じられているという。西ネパールを拠点としたマオイストには多くの不可触民が身を投じ、サンスクリット語で書かれたヒンドゥー教の教典などを焼き払ったと聞いているが、ヒンドゥー教によって辛酸を舐めさせられ続けた不可触民の怒りも背景にあったのだろう。
10代の娼婦たち
「スコーン、スコーン」
集落の中に入ると、若い2人組の女が近づいてきた。2人の女は、「スコーン、スコーン」と口ずさみながら、左手の親指と人差し指で輪をつくり、右手の人差し指を輪の中に突っ込んだ。何の恥じらいもなく、そうした仕草を見せた女に唖然となった。
それにしても2人ともまだまだ若く、10代のように見える。既に娼婦姿が板についていた。
2人の顔立ちは同じカーストとは思えないほど違っていた。ネパールではカーストがアーリア系、モンゴロイド系と人種によって分かれていることが多いが、2人の顔はそれぞれモンゴロイド系とアーリア系の顔立ちをしていて、同じカーストとは思えなかったのだ。
その顔つきの違いは、彼女たちのカーストが代々様々な男たちを受け入れてきたことを意味しているように思えた。
差別の底に置かれた集落で、女たちはどう生きているのか。著者は一軒の家に招き入れられ、少女たちの話を聞くことになる。
第4回では、18歳のミナと15歳のススミが語った言葉を紹介する。10代から売春を運命付けられた、衝撃的な人生がそこにはあった──。
(第4回につづく)

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