Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/bab77ce047bd855ac1b4e07861984d686a5663be
社会とのつながりを失ったとき、人は尊厳を保てるのだろうか。30年以上にわたって移民や難民を支えてきた一人の女性がたどり着いた答えは、意外にも「カフェ」だった。大阪・生野の路地裏で開かれるその場所には、支援する側とされる側という枠組みでは捉えきれない出会いが生まれている。市民・行政が街をあげて共生に取り組む生野の現場を長期取材したルポルタージュ『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』から、一部抜粋してお届けする。
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■難民が営むカフェ
その〝カフェ〞に私が通い始めたきっかけは「入管問題」だった。おおよそ五角形をしている生野区のちょうど中心あたり、大池橋交差点そばの路地裏にある〝カフェ〞のことだ。
2021年、各メディアでしきりに「入管問題」が報じられるようになった。きっかけは、名古屋の出入国在留管理局に収容されていたスリランカ国籍の女性が、体調不良を訴えた末に亡くなるという事件だった。入管側の対応のひどさが明らかになるにつれ、入管施設での処遇や難民認定に関する問題が議論を呼び、政府による入管難民法の改定へと事態は及んだ。
私も何か記事を書かねば――。移民について取材してきた新聞記者として、そんな漠然とした義務感から取材先を探していたところ、カトリック教会を母体とする難民支援団体「シナピス」(大阪市中央区)のことを思い出した。
シナピスはカトリック大阪高松大司教区の社会活動センターとして、海外から日本に来て難民申請をしている人や、申請が認められずに在留資格を失った人たちを支えている。シナピスとはラテン語で「からし種」という意味。〝小さな種が大きく育つ〞ことから、聖書には信仰心の象徴として登場する。
事務局を務める松浦篤子さんは元学校教員で、1992年の団体立ち上げ時から30年以上、移民・難民支援を担ってきた。関西の移民支援者たちの間では名の知れた女性だ。
篤子さん(と私は呼んでいる)のもとには毎月何十人と、在留資格のない外国人から相談がくる。入管施設から出たい、難民申請をしたい、働けず暮らしていけない……。日本の難民認定率は欧米各国と比べてずっと低く、母国へ帰れない事情を抱えて、認定を得られないまま日本にとどまることを余儀なくされた人も多い。
シナピスは難民申請の手続きを助け、収容施設から出る際の保証人になり、生活費や日用品を渡し、住まいを提供する。主な財源は寄付だ。難民申請者たちは、シナピスが販売している手芸品作りや教会の清掃をして日々を過ごす。そうして難民申請者たちを支えながら、篤子さんは悩んでいた。
「みんな自力で生活していくことができなくて、社会とのつながりもない。そうすると、人の心はすさんでしまいます。自分の尊厳を保つための仕掛けをつくらないといけない」
長年もち続けた思いを形にしたのが〝カフェ〞だった。難民申請者が店員となって自分たちで運営し、地域の人々に開くカフェ――。そのためには場所がいる。ちょうど2020年、シナピスは大池橋交差点の近くにある建物を借り受けていた。
木造住宅がひしめく狭い路地でひときわ目立つ、茶色いレンガ外壁の3階建て。もともとは「韓国殉教福者修道女会」が入る修道院だった建物だ。韓国から派遣されてきたシスターたちはここに住み、在日コリアン家庭の子が多く通う生野区内の保育園につとめていた。家内工業や内職で働く母親が多い地域に、カトリック系の社会福祉法人が1970年に開いた保育園で、シスターたちは韓国語を使って保育にあたった。来日まもない母親の相談にものっていたという。
保育園が2017年に閉園になるとシスターらも帰国し、その後は空き家になっていた。地元のカトリック教会の神父らが管理にあたり、月に一度は窓を開けて空気を入れ替えていたが、徐々に持て余すようになったという。それを知った教区が建物を無償で借り受け、シナピスが支援している難民申請者たちのシェルターとして使うことになった。
3階建ての元修道院は1階に広間がある。かつてはシスターたちが地元の信徒らと韓国語のミサをしていた場所で、高さ2メートル近いステンドグラスに描かれた聖母マリアは、よく見ると朝鮮女性の民族衣装チマチョゴリを着ている。
この広間で、篤子さんたちはカフェを始めた。2020年の末から毎週水曜の午後、シナピスが支援する難民申請者たちが店員になり、地域の人たちが客として訪れる。ただし、カフェで出される飲み物、食べ物はすべて無料。店員のほとんどは在留資格がなく、就労が禁じられているためだ。来客の多くは、玄関に置かれた募金箱に思い思いの返礼を入れる。
カフェのオープンがずいぶん前に民放テレビで報道されていたのを思い出した私は、かつて別の取材でお世話になっていた篤子さんと連絡を取り、カフェの取材をお願いした。2022年の春のことだ。
それから私は、できる限り毎週カフェに通った。
自分の日常生活からは、どうしても遠い話に思えてしまう「入管問題」を、少しでも身近に感じたい、そこから何かしらの記事を書きたい。だから、まずは〝当事者〞と顔見知りになろう――。
そんな思いで私は一人の常連客となり、同じようにカフェに集う多様な人たちと出会った。これはその記録だ。
*書籍『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』
第6章「シナピスカフェ」から抜粋
【AERA Books MEMO】
『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』(玉置太郎、大瀧哲彰)
住民の2割超が外国籍(都市部の市区町村で最多)の大阪市生野区。戦前から在日コリアンが多く住み、近年はベトナム、ネパール、中国など約80カ国の人々が暮らす。ヘイトや差別が飛び交う日本で、生野の人々はそれをどう乗り越えているのか。市民・行政が街をあげて共生に取り組む生野の現場を長期取材したルポルタージュ。

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