Source:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ea89d7672c3a263bdeb11cc27a7816ac79527f45
ときは戦国時代、勝者の裏には必ず敗者の存在がありました。その中には目覚ましい躍進を見せたものの、一転して滅亡に追いやられた大名も、少なくありません。
そのような武将は最期のとき、いったいどのような思いを抱いたのでしょうか?この記事では合戦に敗れ、滅亡に直面した戦国武将が抱いた境地について、遺された"辞世の句”を通じて迫ります。
【武田勝頼】天目山の戦いに敗れ自刃
おぼろなる 月もほのかに 雲かすみ はれてゆくえの 西の山の端
(朧ろげに霞んでいた月も、周りの雲が晴れて行く。私も晴れて西方の、極楽浄土へ行くことができる)
この句の最後“西の山の端”は仏教で言うところの浄土を指しています。ブッダは今から約2500年前のインド(※現在のネパール)で悟りを開き、仏教はそこから誕生したため、日本から見て西方にあたります。
父の武田信玄は仏教を篤く信仰していましたが、子の勝頼も最後のメッセージに、仏教の世界観を色濃く感じます。また“はれてゆくえの”は、「雲が晴れて行く」と「晴れて行くことができる」という、2つの意味を掛けていると言われます。
勝頼は武田家の当主になった直後から、戦いの連続と言える人生でした。北に上杉家、東に北条家、西には織田・徳川家と、戦国時代でも屈指の大名に囲まれていました。
家督を継いだ時点から、戦いの人生が宿命づけられていたかのようです。しかし最後は、武田家一門や譜代の家老まで含めた味方が次々と寝返り、絶望的な状況で敗北に追い込まれてしまいました。
ただ辞世の句を見ると、直前まで修羅場に身を置いていた気配がありません。むしろ心が澄み切り、悟りの境地にでも達したかのようです。
「晴れて極楽浄土へ行くことができる」。この言葉からはもしかすると、本当は戦いの人生よりも、本心では穏やかな生涯を夢見ていたのではと、そのような想像が浮かんできます。
【北条氏政】豊臣秀吉の小田原征伐に敗北
我身今 消ゆとやいかに おもふへき 空よりきたり 空に帰れば
(今から我が身が、この世から消え去る事実を、どのように思うべきなのだろうか。私はただ天から生を授かり、また空へと帰るだけなのだ)
400年以上も前の人物ながら、現代人がそのまま読んでも、意味が明確に分かりそうな句です。また特別な作為や技巧などは施さず、ストレートな表現に感じられます。
“空へと帰る”という言葉は切なさとともに、前述の勝頼と同じく、自らの運命を受け入れるかのような心境を感じさせられます。
ちなみに北条氏政は一般的な評価として、低く見られることも多い大名です。しかし足跡をたどれば、かの武田信玄と戦場で対峙し、渡り合った経歴もある武将です。そして終盤には歴代当主の中で、最大版図を築きあげました。
その大きさは240万石にも達すると言われ、天下人には及ばないものの、頂点に準じる勢力を誇る関東の覇者です。その栄華から、わずか数年後には豊臣秀吉に敗れ、切腹を命じられる1罪人の立場になってしまいました。
急転直下を味わったからこそ、どこか「人間の生とは儚いもの」「この上は運命に身を委ねよう」といった心境が、辞世の句に反映されているようにも、見受けられます。
【柴田勝家/お市の方】賤ヶ岳の戦いで敗北し居城で自刃
【柴田勝家】夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす
(まるで夏の夜に見る夢のように、私の人生もはかないものだった。山のホトトギスよ、そのような私の名ではあるが、せめて後世に伝えておくれ )
【お市の方】さらぬだに うちぬるほども 夏の夜の 夢路をさそふ ほととぎすかな
(寝ている間もないほど、夏の夜はただでさえ短いと言いますのに、ホトトギスが別れを急かしていますよ)
上記の2つは辞世の句としては珍しく、夫婦として2人の句が、かけ合わされていると言われています。両方に登場するホトトギス、これは当時“冥土から死者を迎えに来る鳥”という考えがありました。
お市の方の“さらぬだに”は「そうでなくても」といった意味合いがあり、最後の拠点も敵の大軍が迫り「そう急かさなくても、ほどなく私たちは滅ぼされるというのに」といった意味が、含まれていると思われます。
柴田勝家の“雲井”は空のように“遠く離れた場所”を意味しており「広く私のことを伝えておくれ」といった内容に解釈することができます。この部分に関してはどこか「敗れはしたが、武士として生涯戦い抜いた」といった自負も伺える気がします。
信長の元で全国各地、織田軍の主力として戦い抜いた経歴を見れば「そんな感情も分かる」と感じさせられるものがあります。また、お市の方も兄である信長が討たれた本能寺の変は、まさかの急転でした。柴田勝家とお市の方の自刃は、そのわずか翌年であり、まさに“急かされている”かのような運命の変わり様です。
二人の夫婦仲に関しては諸説ありますが、辞世の句からは、仲睦まじさも伺えます。それだけに歴史の流れとは言え、乱世の非情さを肌身に感じさせられる辞世の句です。
最期のメッセージから見える生き様
どの武将にも共通して感じられるのが、あまりジタバタするような態度を見せず、散り際の潔さが伺える点です。
もちろん本心では後悔や怒りなど、さまざまな感情を抱いていた可能性は、大いにあります。ただ、後世に残すメッセージとしては、負の側面をあまり前面に出さない、当時の美学のようなものを感じさせられる部分があります。
あるいは乱世の中にあっては、いつでも滅亡する可能性があると、武士としての覚悟を常に決めていたのかもしれません。
歴史とは“何が起こった”の積み重ねでありながら、ただの記録だけではありません。さまざまな人間の物語として思いを馳せるとき、よりいっそう深みや共感を抱けるように思えます。

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