Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/d51137aeb207c7bf2d851371f2d469c170a13bd3
科学者は温暖化の関与を指摘、ネパールの排出量は世界の0.1%未満 国連の基金は上限約32億円
8月26日、ヒマラヤ山脈のネパール、ラスワ郡にあるランタン・リルン山から、2平方キロメートルに及ぶ氷河の氷と岩塊が谷底へと崩落し、土石流を引き起こした。土石流に巻き込まれて1300人以上が死亡し、5000人以上が行方不明となった(9月14日時点)。気候変動は、この崩落に至るまで、何日も、何週間も、何カ月も、何年にもわたって斜面に影響を及ぼしつづけ、崩落を招く条件を整えていたとみられている。
ギャラリー:危険が潜むヒマラヤの氷河湖
これが、気候変動が特定の異常気象事象に及ぼす役割を評価する「ワールド・ウェザー・アトリビューション(WWA)」の国際研究チームが今回の災害を迅速に分析した結論だ。報告書は9月15日付けで英インペリアル・カレッジ・ロンドンのリポジトリで発表された。
ネパールのような小国にとって、こうしたアトリビューション(帰属)研究は、温暖化する世界で生き残るために必要な資金を請求する上で重要な証拠となる。
復興費用を確保するため、ネパール財務省と環境省は8月31日、気候危機による被害者の支援を目的として2022年に設立が決まった国連の「損失と被害(ロス&ダメージ)」基金に共同書簡を送付した。
ネパールは、今回の洪水災害からの復興費用を、自国のGDPの11%を超える48億ドル(約7600億円)と見積もっている。そして、緊急の復旧と将来の災害への備えのために、基金に対して2000万ドル(約32億円)を要請した。これは1件で申請できる金額の上限だ。
同国はこの要請を、援助の要請としてではなく、「気候正義」の問題に位置づけている。ネパールの外相は、自分たちは「自らが引き起こしたわけではない地球規模の危機に対して、究極の犠牲を払った」と述べた。
アトリビューション研究によると、産業革命前と比べて年平均で約2℃と、世界平均を上回る気温の上昇が、亀裂の入った岩壁を固めていた永久凍土を融解させた可能性が高い。岩壁を支えていた氷河の氷も薄くなって後退した。さらに、かつては雪しか降らなかった標高でも雨が降るようになってきたとみられる。そして、雨水や氷河の融水が岩の奥深くの亀裂にしみこんで水圧を高め、岩どうしを滑りやすくしたと考えられる。
「私たちは、この斜面は地質学的に脆弱だったと結論づけました」と、報告書の共著者で、オランダ、ユトレヒト大学の山岳水文学者のウォルター・インマゼール氏は記者会見で述べた。「しかし、氷河の後退と永久凍土の融解、そして、崩落直前の期間における過剰な融水と異常な高温によって、不安定性がさらに増したのです」
この温暖化は、人間が温室効果ガスを排出したことによって引き起こされた。報告書はラスワ郡の災害について、気候変動が世界の高山環境を変容させ、連鎖的な災害を引き起こす条件を作り出していることを示す「警告がまた一つ加わった」と結論づけている。
気候変動がラスワ郡の災害に及ぼした影響を、米国西部で頻発し激化している山火事と比較するのは、この研究には関与していない気候科学者で、アトリビューション研究を行っている別の組織「クライメート・セントラル」のチーフ・プログラム・オフィサーであるアンドルー・パーシング氏だ。どちらについても、「気候は発生を後押しする前提条件となっています」と氏は言う。「気候はこうした地域をはるかに不安定にし、そこに身を置くことを危険にしています」
報告書の著者らは、ネパールの洪水警報システムが、谷を猛スピードで駆け下りた土石流の速度と規模には太刀打ちできなかったと指摘し、「この規模の事故は、最終的には適応の限界を超える」と記している。ここから得られる教訓は、今や、被災地域に対する国際的な「復旧および復興支援が、気候変動への対応において不可避な要素となっている」ということだ。
ネパールは世界の年間温室効果ガス排出量の0.1%未満しか排出していないにもかかわらず、温室効果ガスの影響をまともに受けていると、同国トリブバン大学工学部災害研究センターのバサンタ・ラジ・アディカリ所長は言う。また、ネパールは今回の災害の引き金となった気候変動にほとんど寄与していないので、復興に必要な費用を単独で負担すべきではないとネパールの指導者たちは考えている。
ネパールの科学者たちは、自分たちの国が温暖化の影響に対して脆弱であることを以前から認識していた。同国では氷河湖の決壊による洪水が定期的に発生していて、これも気候変動が一因であると科学的に示されている。
「私たちはあらゆる証拠を握っています」とアディカリ氏は言う。「当然、補償が必要です。気候変動を緩和し、適応するための資金が必要なのです」
復興には、道路や水力発電所などのインフラの再建や、コミュニティーの移転や再建が含まれる。同じ規模の壊滅的な災害が再発するのを防ぐため、ネパールは、不安定な岩盤の斜面や氷河を特定して追跡し、下流のコミュニティーにタイムリーな警報を発信できる新たな監視システムの構築も求めている。
米国や欧州の裁判所で気候変動をめぐる訴訟が急増
2022年以来、先進国は国連の「損失と被害」基金に8億2200万ドル(約1300億円)を拠出することを約束している。だが、その後、119カ国が28億ドル(約4400億円)規模の支援を要請している。
「損失と被害」基金が設立される前の初期の提案では、世界的な保険として、各国が排出量に応じた拠出をする仕組みが構想されていた。しかし、この提案をめぐって激しい議論が巻き起こり、強大で排出量も多いEU加盟国や米国は、自国が排出した温室効果ガスが他国にもたらした被害に対する責任を引き受けることを拒否した。その結果、国際協力を基盤とすることを明示した現在の任意拠出型基金が誕生した。
この妥協の結果、気候変動の原因にほとんど関与していない政府やコミュニティーが、気候変動のコストを賄うのに苦慮することになった。国連の基金は、ネパールが必要とする金額にすら到底及ばない。
近年、気候変動の被害者たちが損害賠償を求めるようになるにつれ、米国や欧州の裁判所では気候変動をめぐる訴訟が急増している。今回公表されたWWAの報告書のようなアトリビューション研究は、特定の汚染者による温室効果ガスの排出と被害を結びつけるために活用されている。
2023年には米国オレゴン州のマルトノマ郡が、2021年に太平洋岸北西部を襲って多数の死者を出した熱波の原因となったヒートドームの発生に関与したとして、石油会社など十数社を提訴している。このときの極端な熱波は、気候アトリビューション研究により、気候変動がなければ「事実上起こり得ない」と評価された。
世界では、62の管轄区域と28の国際・地域裁判機関で、気候変動に関連する訴訟が3600件以上起こされている。そのうち、金銭的責任を追及する訴訟はわずかだが、2026年6月の時点でで勝訴した原告はまだいない。
それでも科学者たちは、特定の災害に気候変動が関与したかどうか、またどのように関与したかを特定する能力を向上させ、これらを特定するスピードも速めている。科学者たちは気候モデルを使い、人為的な温暖化がなければ、観測されたほどの熱波は極めて起こりにくかったと評価し、その温暖化へのつながりを特定の企業まで遡れるようになった。
しかし、しっかりした長期データが揃っている欧州や北米以外では、アトリビューション研究はより難しい。特に、ラスワ郡の土石流のような、複雑で、災害が連鎖的に発生するタイプではなおさらだ。パーシング氏は、「こうした出来事では、因果関係は非常に曖昧になる可能性があります」と言う。
以前から存在していた岩盤の脆弱性や気候要因、もしかすると2015年に近隣のゴルカ郡で発生した大地震の余波も、崩落を引き起こす一因となっているかもしれない。
しかし科学者たちは、地下の温度や亀裂内の水圧など、気候変動が今回の災害にどの程度つながったかを正確に数量化するための重要なデータを持っていない。インマゼール氏は、そのつながりを正確に数量化することは「ほぼ不可能」だと言う。
それにもかかわらず、科学者たちは、ネパールの今回の災害には急激な地球温暖化の明確な兆候が見られ、将来、山岳地帯でより突発的で壊滅的な事象が発生するリスクが高まっていると指摘する。
「ヒマラヤの気候は変化しています。その影響を受けるのは、ネパールのヒマラヤ地域の人々だけではありません。ここを流れる川の下流には20億人以上が暮らしており、同様の災害が増加するにつれ、これらの地域はますます脆弱になっています」とアディカリ氏は言う。「私たちは気候変動による存亡の危機に直面しています。アジアの高山地帯の文明を守らなければなりません」
文=Christian Elliott/訳=三枝小夜子

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