Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8456a931fa0b7416b6c2acee5a4c784f32060068
元マラソン選手でスポーツジャーナリストの増田明美さんは、世界の子どもたちや女性たちを支援する活動を長年続けてきた。その活動の原点は、2008年に国際NGOプラン・インターナショナル(以下、プラン)の25周年記念行事に参加したことだった。当時、支援を受ける子どもから届いた手紙を朗読する役を依頼された増田さん。インドの少年からの手紙には、支援への感謝と「自分の夢に向かって頑張りたい」という真っすぐな思いがつづられていた。
【写真】「みんなで、あそこまで走ろう!」走り出した途端、子どもたち全員が笑顔に!
「その手紙を読んだ時、本当に心を打たれました。その後、プランの方から『一緒に活動してほしい』と言われたのがきっかけです」
以来、ラオス、トーゴ、ベトナム、そして今年訪れたネパールと、世界各地の支援地域を訪ねてきた。
■電気のない村で出会った少女
最初に訪れたラオスは、北部の山岳地域だった。
「日本の50年くらい前の風景を見ているようでした」
田んぼのあぜ道をアヒルやヒヨコが歩き、家ではかまどを使う。電気も通っていない地域だった。そこで出会った女の子のことを、増田さんはいまも鮮明に覚えている。少女は看護師になる夢を持っていた。母親自身は十分な教育を受けられなかったが、「これからは女の子にも教育が必要」と考え、娘を熱心に応援していたという。夜はランプの明かりが消えるまで勉強し、使い込まれたノートには何重にも文字が書き込まれていた。さらに幼い弟や妹に算数を教える時には、土の地面に棒で数式を書いていた。
「学びたいという気持ちがものすごく強かったんです。その姿が本当に印象的でした」
教育を受ける機会が限られているからこそ、学ぶことの価値を誰よりも理解している。そんな子どもたちの姿に、増田さんは何度も心を動かされてきた。
■女子サッカーが変えた村の空気
西アフリカのトーゴでは、別の変化を目の当たりにした。当時のトーゴは男尊女卑の意識が強く、女の子がスポーツをすることにも反対の声が多かったという。しかし、プランが支援して女子サッカーチームをつくると状況が変わり始めた。増田さんが訪れた際には、地域対抗の試合が開かれ、約400人もの住民が応援に集まった。その大半は男性だった。
■言葉よりも先に、一緒に走る
増田さんが各国を訪れる中で見つけた支援のスタイルがある。それは「最初に一緒に走ること」だ。ラオスの村を訪れた時、子どもたちはなかなか心を開いてくれなかった。日本から来た大人たちとの距離を感じていた。そんな時、近くに見えた丘を指さし、増田さんは子どもたちに呼び掛けた。
「みんなで、あそこまで走ろう!」
一緒に走り出すと、状況は一変した。子どもたちは満面の笑顔を見せ、増田さんのそばを離れなくなった。
「その時に学んだんです。一緒に汗をかくことが、一番のコミュニケーションなんだって」
それ以来、トーゴでもベトナムでもネパールでも、まず子どもたちと体を動かし、心の距離を縮めてから話を聞くようにしている。
「解放されるんですよね。走ることで心も自由になる。その力がスポーツにはあると思います」
■ネパールで見た教育格差
今年訪れたネパールでは、これまでとはまた違う課題に直面した。電気が通っている地域も多く、一見すると豊かになったように見える。しかし、その内側には根深い「格差」が存在していた。
「ネパールでは法的にはカースト制度は禁止されているものの、社会には今なおその影響が残っています。私たちが訪問したプランの支援校がある地域には、カーストの下位層に属する子どもたちが多く暮らしていました。今回学校の代表として来ていた子どもたちは、靴も履いていて、そこまで貧しさは感じませんでした。でも、その子たちを応援している周りの子どもたちの中には、服が破れていたり裸足で過ごしているなど、まだまだ格差があることに衝撃を受けました」
ネパールには8年間の義務教育制度があるが、教科書は無償でも、文房具や制服、靴などは自分で買わなければならない。そのため、途中で学校を辞めてしまう子や、家の手伝いのために通えなくなる子が多い。特に女の子が教育の機会を失うケースが後を絶たない。プランは、文房具の支援などを行い、子どもたちが学校に通い続けられるようにサポートしている。中でもユニークなのが「テレビ」の設置だ。家にテレビがない子どもたちが多く、学校に来ればテレビが見られる、ということが通学のモチベーションになっているという。
「テレビを見るためにでも、とにかく学校に来てほしい。教育を受け続けることが何より大事だと思いました」と増田さんは語る。
ネパールではSNSを通じて若者たちが声を上げ、社会を変えようとする動きも広がっている。都市部では幼い頃からの英語教育も進んでいる。
実際に支援を受けながら学び続けた若い女性たちにも会った。彼女たちは自信を持って自分の夢を語り、地域のリーダーになりたいと話していたという。
「教育を受けたことで選択肢が増えている。その変化を感じました」
■活動は国内へも 熊本の被災地で見た笑顔
増田さんの活動は海外だけではない。ネパールから帰国後、熊本地震の被災地・八代市を訪れた。プランは子ども支援を行うため、避難所にお菓子や生理用品をはじめとする支援物資を届けた。しかし、その避難所には子どもが少なく、代わりに大人たちにお菓子を配ると、あっという間になくなったという。
「主食となるお米やインスタントラーメンといった物資はたくさん届いているんです。でも、おやつがなかった。大人も、心の安らぎになるおやつを求めていたんです」
被災地では、人々のたくましさにも心を打たれた。
「水戸黄門を見ていたら地震が来たのよ!印籠を出す前に揺れたから、見逃しちゃった」と笑いながら話す女性たち。深刻な状況の中でも、人々は笑いを求め、前を向いていた。
■子どもたちの未来のために
活動を始めてから17年以上。世界は大きく変わった。SNSの普及、女性リーダーの増加、教育環境の改善など、前進した部分も少なくない。それでも、教育を受けられない子どもたちはいまも存在する。だからこそ、増田さんはこれからも現地へ足を運び続けたいと考えている。
「私は子どもに恵まれませんでした。だから、社会の子どもたちを育てていくお手伝いをしたいという思いがあるんです」
世界には今も、電気が通わず、教育という当たり前の権利を十分に得られない子どもたちが大勢いる。特に女の子は、あらゆる場面で後回しにされがちだ。だからこそ、女の子に焦点を当てたプランの活動は、支援の意義が分かりやすいと増田さんは言う。
今後の活動について尋ねると、増田さんはこう答えた。
「できる範囲で、また現地に行って、自分の目で見て、それを伝える活動を続けていきたい。私にはオリンピックに出たマラソンランナーという背景がありますから、それを生かして、これからも子どもたちと一緒に走って、一緒に汗をかきたい。それが、心の距離を縮める一番の方法だと信じていますから」
星知美
「最初は村の長老たちも大反対だったそうです。でも、女の子たちが強くて活躍するようになると、今度は長老たちが旗を振って応援するようになったんです」
スポーツを通じて、女性を応援する空気が生まれる。その変化を目の当たりにし、「スポーツには人や社会を変える力がある」と改めて実感したという。

0 件のコメント:
コメントを投稿