Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2bda398181ffb884a944f26d770a475db51db9d5
温泉に浸かって五感を解放してアートと自分自身を見つめる
岐阜県下呂市で、「下呂 Art Discovery 2026」が開幕した。14の国と地域から59組の作家が参加し、市内4ヶ所を舞台にする。会期は11月8日まで。
この芸術祭には前身がある。2024年秋に岐阜県で開かれた国民文化祭の主要プログラムとして実施された、「南飛騨Art Discovery」だ。その成功を受けて下呂市内の3地域4エリアに規模を広げ、あらためて立ち上げられたのが本芸術祭となる。
他の写真はこちら
総合ディレクターは北川フラムが務め、テーマは「アート(芸術)」と「ディスカバリー(再発見)」。温泉に浸かって心身と五感を開放しながら、地域と自分自身を見つめ直すという組み立てだ。
会場はいずれも、下呂の暮らしが積み重なってきた場所にある。旅館が並ぶ下呂温泉街、かつて富山への物資輸送で栄えた萩原商店街、2012年に最後の卒業生を送り出した総ヒノキ造りの旧湯屋小学校、そして苔と水を湛えた南飛騨健康増進センターの森。ひととおり回るうちに、温泉地という呼び名では収まらない下呂の姿が浮き彫りになるだろう。
廃校がもうもう一度「学校」になる
この国際芸術祭でもっとも大きい会場が、小坂町湯屋の旧湯屋小学校だ。木造校舎で、教室ごとに各作家の作品が展示されている。森林率98%というこの町でかつて盛んだった林業の象徴として、1954年に建てられた築70年近い建物で、玄関には柾目のヒノキ、天井には一枚板が並ぶ。2012年に最後の卒業生を送り出したあと、そのまま役目を終えるはずだった校舎が、会期のあいだだけもう一度「学校」になる。
プロジェクト名は「みんなの学校」。作家は招聘と公募の両方で、公募には地元の女性や中学生も含めて250人以上が応募した。
この会場がある小坂エリアは、標高差2500mほどの地形と豊かな湧水が生んだ渓谷に200以上の滝が流れ落ちることで知られ、天然炭酸泉として希少な湯屋温泉と下島温泉もある。校舎を出たあとの時間まで含めて予定できるのは嬉しい。
ダンボールで出来た熊が、教室の真ん中に立っている。グアリノ アキの《てぶくろ》だ。鴨居によじ登る獣も、奥に控える鳥も、すべてダンボールから作られた。グアリノは富山を拠点に、害獣として殺されてしまう動物を作り続けてきた。いまにも動き出しそうな姿を見ていると、彼らが人間をどんな思いで眺めてきたのかを考えてしまう。タイトルは、落とされた手袋に生き物が次々と入り込んで暮らすウクライナの民話絵本から取られている。
下呂温泉には、傷ついた1羽の白鷺が舞い降りた場所から湯が湧いたという伝説がある。竹中隆雄はその白鷺を、校舎を出ていった子供に見立てた。《雨と風を連れて精霊はやってくる》では、黄色い雨合羽をまとった人影が、階段の吹き抜けを昇っていく。
天井から無数の糸が垂れ、そこに通されたビーズが宙で人のかたちを結んでいる。沼田侑香の《残像のリプレイ》は、見る角度によって像が立ち上がったり散ったりする作品だ。
モデルになったのは、この校舎からいちばん近い小坂小学校の児童で、全校生徒がくじを引き、選ばれた10人がそれぞれ好きなポーズをとった。沼田は普段からアイロンビーズを使っているが、こうした立体は初めての挑戦だといい、一粒ずつ糸に通す作業には地元の人が何十人も朝から晩まで手を貸している。
かつてこの教室にあった記憶と、いま近くの学校に通う子供の姿、そしてそれを並べた人たちの手が、同じ場所で重なっている。
順路の最後、階段を降りようとすると、窓が夕日の色に染まり、雲のかたちをした風船が138個、吹き抜けを埋めた高橋匡太の《雲の故郷へ》が展示されている。高橋にとって、風船はどこへでも自由に行ける存在だという。取材に向かったのは、山を越えた先にあるもうひとつの会場、萩原の商店街だ。そこに暮らす小学生に好きな場所を教えてもらい、地図を作って、実際に風船を持って道を歩いた。歩く様子を記録した映像も展示されている。11月1日には、子供たちが作ったルートを来場者と一緒に歩くワークショップが開かれる予定だ。
スナックのママから両面宿儺まで。街に潜む物語を掘り起こす
下呂温泉街の倉庫にある、弓指寛治の《スモールタウン》の入口には、羽の欠けた蛾が大きく描かれている。
弓指は昨年9月から下呂に通いはじめ、直近の2ヶ月は滞在しながら、50人から60人の下呂市民に話を聞いた。しかし話を聞くだけでは終わらない。温泉街にはスナックが多いので自ら店で働き、旅館で働く技能実習生に会ったときには、自分でもベッドメイキングをやってみたという。
タイトル《スモールタウン》は、下呂で何度も耳にした言葉から採用を決めた。
「僕が下呂に来ていろんな人から聞いてきた言葉なんです。文脈によって違って、サイズが小さいとか、人との関わりが近いとか。いろんな意味で使われていたので、この街にぴったりだなと思って、作品のタイトルにしました」
絵と吹き出しの言葉が壁に並んでいく。登場するのは、魚の養殖場で働く人、ひとりで漁をしながらスナックも経営している若者、山に入って熊を追う猟師、スナックのママ、ネパールから来た移民など8人以上だ。
罠を仕掛けてもそう簡単に獲物はかからない。かかっても食べられる肉とはかぎらないし、毛皮を傷つけずに処理するのは至難だという。実際に猟をする人から聞いた話は、弓指の想像を超えていた。
「僕らみたいな外から来た人間には、この街で生活している人の、仕事の細部なんて何もわからないじゃないですか。だから作品では、『猟師』という肩書きを伝えるだけじゃなくて、その人個人が見えるようにしたいと思っていました」
順路を進んだ地下1階、壁がピンクの部屋には、温泉街でスナックのママをしているレイさんにまつわるストーリーが展示される。絵の中の彼女は、ソファに背を預けて煙草に火をつけようとしていたり、テレビの明かりを受けながら客と話し込んでいたり。営業中の、なんでもない一場面が並ぶ。
壁の吹き出しを追っていくと、レイさんの半生が少しずつ姿を現してくる。彼女がどこで生まれ、何をしてこの街にたどり着き、いまどんな時間を過ごしているのか。 弓指自身、温泉街のスナックで働いてみて実際に見えてきたものがあるという。
「スナックの女の人ってこんな感じなんじゃないの、いろんな男に引っかかって、みたいなことを想像するけど、でもその人には自分で選んできた人生があって。レイさんが何を選んでここにいるのかが、だんだんわかってくると思います」
下呂温泉合掌村の上にある駐車場から見下ろすと、発掘現場がある。台湾のトゥ・ウェイチェンによる《飛騨神話遺跡-両面宿儺 神龍退治》だ。幅12m、奥行き8mの考古坑に、1m四方のグリッドが張られている。掘り方は本物の考古学にきわめて近く、並んでいる道具も実際の作業で使うものだ。
穴に横たわるのは、体長5.5mの巨人と8.5mの龍。巨人には前と後ろの両方に顔があり、腕は4本ある。そのうち2本で、龍の手と足を掴んでいる。モデルとなった「両面宿儺」は日本最古の正史『日本書紀』に記された飛騨の異形で、近年はアニメ『呪術廻戦』を通じて名を知った人が多いかもしれない。では、対戦相手の龍はどんな姿をしていたのか。トゥがサンプルに採ったのは、北海道で出土したカムイサウルス・ジャポニクス、いわゆる「むかわ竜」だった。
世界各地で7つの「遺跡」を作ってきたトゥが、この作品がもっとも特別だと言った理由は、土の色にある。この場所には2色の土があり、龍に近い側は黒土、巨人に近い側は黄土になっている。
「これが、考古学のいちばん魅力的なところだと思っています。掘ってみるまでは、地元の人ですら下に何があるのか知らないんですから」
この作品は、細部まで実際の発掘方法を踏襲している。巨人と龍は3Dプリントしたものを人造石に翻刻したもので、掘り方も本物の発掘に近い。穴の付近に並んでいる道具も、実際の作業で使うものだ。
説明プレートも作品の一部だ。QRコードを読み込むと、偽の報道映像が流れる。公開は開幕の14日前で、動画は5万回再生され、本物だと思った人が大勢いたという。
ここから萩原商店街へ移る。かつてこの町は、塩鰤などの物資を富山へ運ぶ道筋として栄えた。下呂市内に高校は1校しかないが、それがあるのもこのエリアで、保育園から高校までが揃う場所は市内でここだけになる。隔週土曜には天領朝市が立ち、この日は商店街に芸術祭のフラッグが並んでいた。作品は、そうした通りに面した古民家に点在している。
そんな萩原にある諏訪神社は鎌倉時代の創建で、かつて諏訪城が築かれた場所としても知られる。この神社には、諏訪明神の使いとされる片目の蛇の伝説が伝わってきた。
拝殿の床に、銀色の帯が渦を巻いて何段も積み上がっている。スタシス・エイドリゲヴィチウスの《蛇》は、その言い伝えから着想されたもので、とぐろを巻きながら上へ向かうかたちには、人が歩み続ける時間と道のり、そして生命の循環と再生が重ねられている。
商店街の古民家に入ると、和音が鳴り続けている。音の出どころは1階の電子オルガンで、もともとこの建物にあった楽器をイタリアのマッシモ・バルトリーニが作品《祈り》に取り入れた。下段の鍵盤には、飴色のアラバスターを削り出した細長い彫刻が置かれている。その重みで鍵盤が押し下げられたまま、音が途切れない。アラバスターとは、雪花石膏とも呼ばれる半透明の石で、光を含んだように見えるのが特徴だ。
奥のガラスケースには、まだ出番の来ていないアラバスターが控えていた。バルトリーニが用意したのは全部で9つで、1週間ごとに差し替えられるため、色も太さも違う彫刻が押さえる鍵盤を変え、響く和音は毎週入れ替わっていく。
人の森から水の森へ。四美で土地の記憶に耳を澄ます
4つ目の会場は、萩原町四美にある南飛騨健康増進センターと、その周囲に広がる森となる。温泉街からも商店街からも離れた山の中にあり、館内の展示を見たあとに森へ出ていく構成になっている。
館内のホールに入ると、村上力の《ここに在る森》が広がっている。老人が腕を組み、少女が立ち、猫を連れた男が歩き、椅子に腰かけた人がこちらを見ている。等身大の像が会場いっぱいに点在しているので、どこまでが作品でどこからが来場者なのか、曖昧になる。
像は粗い麻布でできている。古代から伝わる乾漆技法に近い、村上独自の手法によるもので、布目がそのまま肌になり、遠目には木彫にも土にも見える。モデルはいずれも、村上にとって大切な人たちだという。長年作り続けてきた像をひとつの場に集めることで、この作家が見てきた世界がまるごと立ち上がる。
ホールの中央には、ひときわ大きな胸像が据えられている。ボーダーシャツを着た皺深い顔の男は、画家のパブロ・ピカソだ。その正面で腕を組んでいるのがイサム・ノグチで、ふたりはまっすぐ向かい合っている。少し離れたところには、頭に布を巻いたジョージア・オキーフの姿もあった。美術史に名前を刻んだ人たちが、ここでは絵でも彫刻でもなく、麻布で作られた体でその場に佇んでいる。
館を出て杉林を歩いていくと、わらべ唄が森じゅうに響いていた。音を辿ると、赤いホーンが木から吊り下がっている。マデライン・フリン+ティム・ハンフリーの作品《風をいこさな 山とめる》だ。萩原に伝わるわらべ唄から着想されていて、唄にせせらぎや鳥の声、子供たちの合唱が重なる。音は5分ごとに変わり、ひとめぐりするのに45分ほどかかるそうだ。
森の奥に入ると、あちこちで水が滝のように流れ落ちていた。自然の滝ではない。苔に覆われ、もともと水の豊かなこの場所に、遠藤利克があらためて水を降らせていた《Trieb―雨為る森・四美》という作品だ。遠藤は、森に水を降らすことで、雨と水、自然と人為、現実と幻想の「あいだ」を仮設してみたという。
古民家の座敷では、黒く磨かれた面に藍の器が映り込み、枯れ枝が1本、横切っている。カメルーンのバルトロメイ・トグオは、この森と美濃焼を重ね合わせようと考えた。ただ実際の工房では実現できず、結局は力技で作ることになったという。
森を抜けるころには、温泉街から旧校舎、商店街、そして四美の森まで、ずいぶん違う下呂の風景を歩いてきたことに気づく。
振り返れば、作品のなかでは土地を掘り、人に会い、昔の歌を聞き、伝説をもう一度語り直すような試みが繰り返されていた。白鷺が湯のありかを教えたという土地で、14の国と地域から集まった作家たちが、それぞれの方法で下呂にあるものを見つけ直している。
会期の終わりには、旧湯屋小学校で卒業式も予定されている。2012年に最後の卒業生を送り出した校舎が、芸術祭の最後にもう一度「卒業」の日を迎える。
温泉に浸かるだけでは見えてこない下呂を探しに、作品と作品のあいだも含めて歩いてみてほしい。
Rinako Fukushima

0 件のコメント:
コメントを投稿