Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/c7386079fd7dfe52874e77f9490da72488967634
「難民」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。大阪市生野区にある「カフェ」に初めて足を踏み入れた日、記者もまたどこか身構えていた。だが、そこで交わされていたのは料理や子育て、学校行事についての何気ないおしゃべりだった。その後、記者はこのカフェに1年以上通うことになる。これは、その最初の日の記録である。市民・行政が街をあげて共生に取り組む生野の現場を長期取材したルポルタージュ『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』から、一部抜粋してお届けする。
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■《2022年》
初訪店――5月11日(水)
生野区は区境沿いをぐるりと鉄道が走っているため、区の中央部はいずれの駅からも遠い。シナピスカフェへ行くのも、最寄りのJR桃谷駅から徒歩20分以上かかる。
大阪市中心部にある私の勤務先からは乗り継ぎも面倒だったので、自転車で通うことにした。片道9キロ、汗をかきつつ30分余り。それが水曜午後のルーティンになった。
今里筋の大通りから生野特有の狭い路地へ入ると、レンガ壁の3階建てシェルター「シナピスホーム」が見えてくる。玄関前には「シナピスカフェ 今日は開いてます」と書かれた看板が掲げられていた。
恐る恐る玄関扉を開け、「こんにちはー」と声をかけると、すかさず篤子さんが顔を出し、「あ! 玉置さん、来てくれたんですね」と、普段通りやや高めのテンションで出迎えてくれた。玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
カフェになっている広間へ通されると、長机がロの字形に並び、周囲には応接間にあるような大型のソファが2セット。満席になれば20人余りは入れそうだ。そこで老若男女のお客が5人、お茶を飲んでいた。
この日の店員は4人で、ブラジル出身のシルバさん、スリランカ出身のクマリさん、イラン出身のファルザームさんとシャハーブさん。加えて、シナピス職員の篤子さんと同僚のカフェ担当、山田直保子さんがいた。シナピスのスタッフらは、難民申請者や在留資格のない人たちを総称するとき「難民さん」と呼ぶ。
その難民さんが、席までドリンクメニューを持ってくる。ジュース、コーヒー、紅茶、日本茶など何の変哲もない品書きだが、一番下にオススメだというミントティーがあった。ホームの屋上で栽培しているミントで作るという。
せっかくなので注文すると、ブラジル出身のシルバさんがさっそく屋上へ。摘んできたミントの葉をティーポットで蒸らす間、しばらく待つ。お菓子の小皿と一緒に出てきた紅茶は、爽やかなミント風味が微かに立つ、優しい味だった。
お茶を飲みながら、難民さんたちと話をした。
話題はカフェで月1回開く土曜のランチ会について。その週末はシルバさんが当番で、ブラジル料理をふるまうという。いつもデザートにブラジルのお菓子を添えるが、故郷では練乳や砂糖を大量に使うそうだ。大柄なシルバさんは「この前みんなに甘すぎるって言われたから、次は砂糖を少し減らすよ」と笑っていた。
スリランカ出身のクマリさんが作るカレーも、最初に店員どうしで試食した時には、みんなが涙を浮かべるほど辛かったそうだ。最近はスパイスの量を調節して、日本仕様にしているという。
料理の話題から、クマリさんは「うちの子はスリランカの料理、全然好きじゃない」と嘆く。日本で生まれ育った中学生の一人息子は日本料理に舌が慣れ、スリランカ料理を食べようとしない。クマリさんは夕食時、自分用と息子用の2種類の食事を用意するという。最近になって息子が自作するようになった鶏肉と卵の炒め物の写真を、スマホでうれしそうに見せてくれた。
来店前は「難民」という言葉の重みに身構えていた私にとって、気の抜けるような平和なおしゃべりが続いたが、そこから話題は「仮放免」へ転じた。
クマリさんの息子は来月、中学校の宿泊学習で岐阜県へ行く予定だが、母子とも仮放免のため「また入管へ行って、許可を取らないといけない」という。仮放免とは、在留資格がないために入管施設で収容されるのを一時的に解かれた状態を指す。仮放免の間は、働くことができないし、住んでいる都道府県の外へ出るたびに入管の許可を取らなければならない。
イラン出身のシャハーブさんが「日本で生まれたのに、おかしいよね。他の国だったら生まれた場所の国籍をもらえることだってあるのに」と言う。お客の一人、トナリさんというおじさんも「ほんまにそうや」と憤っていた。
私も仮放免のことは知識として知っていたが、子どもの学校行事にすら入管行政が絡むという現実に、何も言えることがなかった。
そうしてカフェでの会話の端々に、何も言えなくなる瞬間があった。日常の暮らしに埋め込まれた、外国人ゆえの、さらに在留資格がないがゆえの困難――。
カフェが閉まる午後4時まで、そんなふうに1時間余りおしゃべりをして店を出た。この日は、いつもよりやや多い9人が来店したという。お客も店員もよく笑い、時々考え込みながら、会話が途切れることはなかった。
*書籍『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』
第6章「シナピスカフェ」から抜粋
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この日の出会いは、1年以上にわたる取材の始まりだった。本書には、その後の数々の対話と出来事も収められている。
【AERA Books MEMO】
『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』(玉置太郎、大瀧哲彰)
住民の2割超が外国籍(都市部の市区町村で最多)の大阪市生野区。戦前から在日コリアンが多く住み、近年はベトナム、ネパール、中国など約80カ国の人々が暮らす。ヘイトや差別が飛び交う日本で、生野の人々はそれをどう乗り越えているのか。市民・行政が街をあげて共生に取り組む生野の現場を長期取材したルポルタージュ。

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