Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/fcae69245f83e9d20240f4802238da37d8b6c9e7
日本人の応募が集まらず、外国人留学生を採用したコンビニで、商品の持ち出しが発覚した。続いて、信頼していた日本人スタッフの不正も明らかに──。セブン-イレブン・ジャパン本部に30年間勤務し、新刊『店長、パスタに箸をつけたらお客様がキレました。コンビニで働く外国人と店主一家の23年』を上梓した村尾信一氏が、人手不足と人間不信に直面したオーナーの試行錯誤と、それが新たな成長につなっがったエピソードを紹介する。
※本記事の人物名は仮名で、書籍では著者の経験と取材をもとに、出来事や会話に一部改変を加えている。(文/村尾信一)【コンビニオーナーの奮闘と挑戦・全3回の第3回】
日本人の応募を待っていては、店が回らない
共同通信が2024年5月に報じた調査では、コンビニ大手3社で働く外国人アルバイトは8万人を超えました。店舗によって比率は異なり、スタッフの8割が外国人だというオーナーの事例もあります。
外国人スタッフが増えた背景を考えるとき、見落とせないのは、日本人の働き手が集まらなくなったという現場の事情です。
私が著書で描いた東京・西麻布のオーナー、坂本哲郎さんも、その壁にぶつかりました。50歳で長崎の百貨店を辞め、妻の良子さんと開業しましたが、求人を出しても反応が乏しい。学生は授業や就職活動で勤務を減らし、フリーターは条件のよい店へ移っていきます。
ハローワークへ行き、大学にも求人票を貼ってもらう。そこで出会った学生には、コンビニの仕事は「忙しいわりに、大して残らない」と言われました。接客や発注を通じて学べることはあっても、その魅力が応募する側へ伝わっていませんでした。
ようやく面接に来た中国人留学生は、日本語で客とやり取りするには、まだ不安がありました。坂本さんは採用を見送ります。教えれば育つかもしれない。しかし、教える人も時間も足りない。人手不足が、人を育てる余裕まで奪っていたのです。
そんな夫に、妻の良子さんは言いました。
「でも、日本人だけで回すのは、もう無理なんじゃないの?」
すでに店で働く外国人スタッフは、日本語も接客も少しずつ覚えている。最初から外国人だからと線を引くのは違う。その言葉を受け、坂本さんは採用の方法を変えます。
功を奏した求人ポスターに外国人スタッフとの集合写真
訪ねたのは、日本語学校でした。求人ポスターには、坂本夫妻と、すでに働いていた外国人スタッフ5人の写真を載せました。時給と勤務地だけでは分からない、働く人の顔が見える。自分と同じような留学生が、すでにここで働いている。そのことが伝わる募集です。
電話は予想以上にかかってきました。最終的に、中国人2人、ネパール人2人、韓国人1人を採用。日本語が不安なスタッフには、レジで使う言葉を紙に書いて渡し、声に出して練習しました。
「温めますか」「少々お待ちください」「ありがとうございました」。声が小さければ、もう一度。相手の顔を見ていなければ、その場で教える。短い言葉から、仕事を覚えてもらいました。
シフト表の空白は減り、店内に若い声が交ざるようになります。ところが、その空気は、約1カ月後の棚卸しで一変しました。
50万円分の商品が消え、日本人スタッフも現金窃取
帳簿上の在庫は640万円。実際には590万円。差額は50万円でした。その月の利益が丸ごと消えるほどの金額です。
坂本さんが夜遅くまで防犯カメラを確認すると、勤務のない日に店へ来て、売場とバックルームを行き来するスタッフの姿がありました。入店時と退店時では、バッグの膨らみ方が違う。新しく採用した中国人スタッフでした。
数日後には、もう1人も商品を持ち出していたと分かります。乾電池、充電器、カードゲーム、化粧品。小さく、転売すれば金になる商品でした。
2人に辞めてもらうと告げた後、1人は「給料は、もらえるんですか?」と尋ねました。坂本さんは怒りを抑えられなくなります。
「お前たち、何をやったか分かってるのか!」
良子さんに制止されて我に返りましたが、店には重い空気が残りました。スタッフ同士の会話が減り、誰もが互いを疑う。坂本さんも、バッグの置き方やバックルームへ入る動きが気になって仕方ありません。
さらに、今度はレジの現金が合わなくなりました。調べると、返品処理を装って出金登録をし、現金を抜いていたケースが発覚したのです。
不正をしていたのは、真面目だと信じていた日本人の学生アルバイトでした。
外国人か日本人かで、誠実さを判断することはできない。不正をする人が悪いのは当然ですが、不正ができてしまう店の仕組みも、見直さなければなりませんでした。
疑い続ける代わりに全員が守るルールをつくる
「もう、人間不信だよ」
そう漏らす坂本さんに、良子さんは百貨店時代のことを尋ねました。大勢の従業員を、1人ずつ見張っていたのか。
もちろん、そんなことはできません。代わりに、出退勤時の手荷物検査や、商品管理の決まりがありました。誰かの人柄だけに頼って、売場が回っていたわけではなかったのです。
坂本さんは、出退勤時の手荷物確認、現金の精算手順、商品管理、欠勤の報告、作業の分担などを文字にしました。曖昧だった決まりを、全員に分かるものに変えたのです。
挨拶にも意味を持たせました。店へ来たとき、帰るときには、その場にいる全員へ聞こえる声で伝える。礼儀だけでなく、誰が出入りしたのかを互いに把握するためです。
ルールは、働く人を管理するためだけのものではありません。真面目に働くスタッフが、他人の不正のために疑われることを防ぐ意味もあります。店の空気は、少しずつ落ち着いていきました。
成長した外国人スタッフに助けられて
次に必要だったのは、坂本さんが抱えていた仕事を、人へ渡すことでした。シフトを埋めるために人を採るだけでは、重要な判断はいつまでもオーナーに集中します。
坂本さんは、中国人留学生の趙建民(チャオ・ジェンミン)さんを店長候補として育てると決め、金庫の鍵を渡しました。現金管理、発注、売上の集計、採用面接まで任せていく。損益計算書や貸借対照表も見せ、自分の頭で店の経営を考えてもらうのです。
鍵を渡せば育つわけではありません。廃棄が増えたのはなぜか。人件費が下がったのはなぜか。坂本さんは毎月、趙さんと数字を読みました。教える手間はかかりましたが、趙さんは次第に、数字と売場の動きを結びつけて話せるようになりました。
そして12月のある朝、疲れきった坂本さんは、発注の途中で眠り込んでしまいます。目を覚ますと午前10時20分。発注の締め切りは10時でした。
送信できていなければ、1日分の商品が入ってこない。焦る坂本さんへ、中国人スタッフの金麗香(ジン・リーシャン)さんが声をかけました。
「大丈夫です。私が送信しておきました」
確認も済ませたと伝え、静かに続けます。
「もう、少し休んでください。あとは私たちでやります」
趙さんは友人に声をかけ、新しいスタッフの採用や研修も手伝おうとしていました。オーナーが眠っている間も、店は動いていたのです。
人が足りないから自分が働く。その繰り返しを変えたのは、採用人数を増やすことだけではありませんでした。安心して働ける決まりをつくり、仕事と判断を渡し、育つまで教える。かつて人手不足を埋めるために迎えた若者たちは、坂本さんを休ませられる、店の担い手になっていました。
(コンビニオーナーの奮闘と挑戦・第1回から読む)
【プロフィール】
村尾信一/1967年大阪生まれ、龍谷大学経営学部卒。1995~2025年の30年間、(株)セブン-イレブン・ジャパンに勤務。オペレーション・フィールド・カウンセラー(OFC・店舗経営相談員)、ディストリクトマネジャー(DM・地区責任者)、ゾーンマネジャー(ZM・広域統括責任者/東北、北海道)などを歴任。多くの加盟店オーナーとかかわってきた。この他、販売促進部、商品本部、加盟店支援、お客様相談室など幅広い領域でマネジメント経験を積む。2025年7月11日にセブン-イレブン・ジャパンを退職。以後は(株)Hands UP 取締役としてZ 世代メンバーの育成を支援。併せて執筆活動との二刀流。著名人のインタビュー記事を得意とし、ビジネス誌に数多く寄稿。著書に『鈴木敏文の遺言』(ビジネス社)、『店長、パスタに箸をつけたらお客様がキレました。コンビニで働く外国人たちと店主一家の23年』(飛鳥新社)。

0 件のコメント:
コメントを投稿